23 王室の家族会議
23 王室の家族会議
王宮の執務室で、役人は両手で頭を抱えていた。
机の上には、先日の裁判記録が積まれている。読み返すたびに、報告すべきことが増えた。
犯人だとわかりきった令嬢の冷酷さを、人々に知らせる。そのための裁判だったはずだ。
ところが、証言台に立った者たちは、次々に自分の嘘や企みを話した。王女に毒を盛ろうとした犯人として連れてこられたエミリーは無実で、毒を用意したのは王女だった。
王太子と令嬢の妹の関係まで、観客の前で明らかになった。
「なぜ、闘技場だったんだ」
役人がつぶやくと、向かいで書類を整理していた同僚が手を止めた。
「人々に見せるためでしょう」
「それはわかっている。誰が決めた」
同僚は、机の端に置かれた通知を手に取った。
「こちらには、闘技場で行うとしか書かれていません」
「私のところへ来たものも同じだ。日時と会場と、担当者の名。決定した者の名はない」
「ですが、準備は整っていました。証人にも連絡が届いていましたし、騎士も配置されていました」
「殴るしか能のない騎士。今はそう呼ばれているな」
役人は額を押さえた。
「会場については、皆、誰かが決めたのだと思っていたんだ」
会場の設営を担当した者も、警備の責任者も、同じ答えだった。連絡を受けたので、その通りにした。証人を呼び出した部署にも、すでに日程が決まったものとして指示が届いていた。
いつのまにか町に大きな看板が立っていた。誰が手配したのかわからない。
誰も、自分が裁判を決めたとは言わなかった。
「陛下へのご報告は、どの部署が?」
同僚の問いに、役人は顔を上げた。
「……それも、わからない」
国王も王妃も、裁判が開かれることを知らなかった。
王女毒殺未遂事件の裁判が、闘技場で大勢の観客を集めて行われていたこと。その席に王太子が、被告の妹を伴って出席していたこと。
二人がそれを知ったのは、すべてが終わったあとだった。
役人は裁判記録の束をそろえた。言葉を整えて済む報告ではなかった。何が語られたのか、誰が何を認めたのか。そのまま、お見せするしかなかった。
そのころ、国王の私室では、王太子と王女が床にひざまずいていた。
国王と王妃の前にある机には、詳細な裁判記録が広げられている。国王は一枚ずつ読み進め、王妃は読み終えた紙を手元に重ねていた。
紙をめくる音が止まると、王太子の肩がわずかに動いた。
「顔を上げなさい」
国王の声に、二人はおそるおそる顔を上げた。
「まず、誰が裁判を開くと決めた」
王太子が答えた。
「私は、裁判が行われると連絡を受けましたので、出席いたしました」
「誰からだ」
「担当の者からです」
「その担当者は、誰の命令を受けていた」
「私は聞いていません」
王太子は答えてから、顔をしかめた。
次に国王は王女へ目を向けた。
「お前は?」
「私も、裁判でエミリーの罪を明らかにすると聞いておりました」
「誰から聞いた」
「それは……わかりません」
嘘をついているようには見えなかった。
国王は椅子の背にもたれた。
「役人たちも、連絡を受けただけだと言っている。闘技場を開けた者も、警備を出した者も、証人を呼んだ者もだ。これほどのことが、誰の決定かもわからぬまま進んだというのか」
王妃が、記録の一枚を机に置いた。
「私たちには、その連絡さえなかったのですね」
王太子が身を乗り出した。
「お父上もお母上も、ご存じだと思っておりました」
「確かめたの?」
王妃が尋ねた。
「……いいえ」
「王女の命が狙われた事件です。あなたの婚約者が犯人だと断定されて牢に入った。その裁判について、私たちに何も話さなかったのですね」
「ご自身の侍女とか侍従から知らされているかと……王宮内で皆が忙しく動いておりましたので、すでにお耳に入っているものと……」
「確かにそうだ。そう思うだろうな」
国王はため息をついた。
「エミリーの容疑だが、その侍女、ガーベラは、ポーラから毒を受け取り、エミリーの部屋に置いたと認めている。お前は、何を確かめた」
王太子の唇が動いた。
「部屋から毒が見つかったと聞きました」
「聞いただけか」
「ですが、ガーベラが……」
「今、そのガーベラの証言を読んでいる」
国王は言葉を切った。
王太子はうつむいた。
王妃は別の紙を取り、王女を見た。
「ロザリーは、あなたが毒を用意したと話しています。ポーラも、あなたから受け取ったと証言しています」
王女の指が、膝の上で絡み合った。
「エミリーが王宮にいるのが嫌だったのです」
「殺したいほど妬んでいたのね」
王妃の言葉に、王女は首を振った。
「本当に誰かを死なせるつもりはありませんでした」
「そうなの?」
王妃の声は静かだった。
王女は答えなかった。
「王女を毒殺しようとした罪で、あの娘は牢に入れられていた。裁判で有罪となれば、どうなると考えていたのですか」
「それは、役人が……」
「役人に何をさせるつもりだったのです」
王女は唇をかんだ。
国王が、机に手を置いた。
「お前の命を狙った者として、無実の娘を裁かせる。しかも、人々の前で、その娘が冷酷だと知らせる。そういうつもりだったのだな」
「私は、あの人が王宮にいるのが嫌だっただけで……裁判については、連絡を受けただけです」
王女の声が小さくなった。
王妃は娘を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
やがて、手元の記録へ視線を落とした。
「そのために、あの娘は殴られたのですね。今や極悪人扱いされている騎士に殴られた」
血のついたドレスについての記述があった。取り調べで何度も無実を訴えたことも、誰も聞かなかったことも、書き留められていた。
王太子が顔を上げた。
「殴るように命じたわけではありません」
国王は息子を見た。
「では、調べるように命じたか。本人の話を聞くように言ったか」
王太子は、また目を伏せた。
王妃の手が、次の紙の上で止まった。
「あなたは、ポーラを隣に座らせていたのですね」
「……はい」
「エミリーが牢にいる間も?」
王太子は答えなかった。
王妃は記録を読み返したあと、息子へ目を戻した。
「侯爵家の部屋でのことも、ここに書かれています。エミリーが証言した内容です。違うところがあるなら、今、言いなさい」
王太子の顔が赤くなった。
「そのようなことまで、裁判の記録に残す必要は……」
「あるでしょう」
王妃は紙を机に置いた。
「婚約者が捕らえられたとき、あなたがなぜ、疑いもせずに見捨てたのか。それを考えるうえで、必要なことです」
王太子は何か言いかけ、口を閉じた。
部屋の隅に控えていた役人は、記録を抱える手に力を込めた。国王に呼ばれ、机の前へ進み出る。
「この証言は、闘技場にいた者たちが皆、聞いたのだな」
「はい、陛下」
「どれほどの人数だ」
「観客席は、ほぼ埋まっておりました」
国王は目を閉じた。
王女が顔を上げた。
「ですが、皆がすべてを覚えているわけでは……」
「都では、昨夜から裁判の話が続いております」
役人は答えた。
「証言の内容だけでなく、騎士の取り調べや、エミリー嬢への処遇についても、人々が話しております」
王女は役人を見た。役人は一度ためらってから、続けた。
「寝取りという言葉も、繰り返されています。王家や侯爵家について、卑怯者、間抜け、ずうずうしい、何をやらせても駄目だと。王女殿下の妬みが事件の発端だという話も広まっております」
王女の顔がこわばった。
「誰かが忘れても、別の者が覚えています。それぞれが聞いたことを話しておりますので、忘れられるのを待つのは難しいかと」
国王は目を開き、ひざまずく二人を見た。
「人々に見せたかったのだろう。エミリーが、どれほど冷酷な娘かを」
二人は動かなかった。
「人々は見た。お前たちが何をしたのかを」
国王は役人へ向き直った。
「裁判を決めた者と、連絡が回った経路を調べよ。それとは別に、毒の入手から、令嬢の拘束と取り調べに至るまで、関わった者をすべて確認する。記録を失わせるな」
「承知いたしました」
役人が頭を下げると、王妃が尋ねた。
「エミリーは今、どこにいるのですか」
「国境を越えられたところでしょうか?」
王妃は、机の上に重ねられた記録から顔を上げた。
「何ですって? あの娘は出ていったの? 誰も止めなかったの?」
「本人の希望でございます。侯爵家からの除籍も済んでおります。罪のない平民を留め置くことはできません」
王妃はしばらく役人を見つめていたが、やがて視線を落とした。
もう一度、最初の紙を手に取る。
王太子が膝を動かしたが、国王は立ち上がることを許さなかった。
「まだ、聞くことがある」
国王は次の記録を二人の前に置いた。
「最初からだ。エミリーが捕らえられた日、お前たちは、何を知っていた」




