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百人目の囚人  作者: 朝山 みどり


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16 ポーラの証言

 16 ポーラの証言


 ポーラは、父と母の顔を交互に見た。

 二人とも、もう立ち上がろうとはしなかった。母はハンカチを握り、父は膝の上に置いた手を見つめている。


「ポーラ嬢。証言台へ」


 役人が、もう一度呼んだ。

 ポーラは王太子の袖に指を掛けた。


「殿下……」


 王太子はその指を見下ろしたが、手を重ねてはくれなかった。


「説明してくればよい。何かの間違いなのだろう」


 ポーラはうなずきかけて、動きを止めた。


(そうよ。ガーベラが勝手にしたことにすればいい)


 袖から手を離し、立ち上がる。

 いつもなら裾を優雅に揺らして歩けるのに、今日は靴先が何度も布に引っかかった。


 証言台へ上がると、闘技場の広さが急に恐ろしくなった。どこを見ても、人々がこちらを向いている。


「先ほどのガーベラの証言は聞いていましたね」


 役人の問いに、ポーラは小さくうなずいた。


「はい」


「エミリー嬢の部屋へ隠すよう、毒の瓶を渡したのは、あなたですか」


 ポーラは胸の前で手を重ねた。

 目を潤ませ、首をかしげる。知らないと言えばいい。驚いた顔をすれば、誰かが助けてくれる。


「私は……渡しました」


 口から出た言葉に、ポーラ自身が目を見開いた。


(違う。そんなことを言うつもりでは……)


「衣装箱の奥へ入れておくように言いました。お姉様は、あまりそこを開けないので」


 慌てて唇を押さえた。

 指先が冷たくなっていた。


 役人は書記が書き終えるのを待ち、次の問いを発した。


「その瓶を、どこで手に入れたのですか」


 ポーラは息を止めた。


(それだけは言ってはいけない)


 貴賓席へ目を向ける。

 王太子の隣にある、王女のための椅子は空いたままだった。


「答えてください、ポーラ嬢」


 役人の声に、ポーラは首を横に振った。

 けれど、口は開いた。


「王女殿下から、いただきました」


 闘技場が静まり返った。


 役人はポーラを見つめたまま、しばらく動かなかった。書記の筆も止まっていた。


「……王女殿下から?」


「はい」


 短い返事が、客席の隅まで響いた。


 ポーラは台の縁をつかんだ。


(取り消さなければ。聞き間違いだと言わなければ)


「殿下が、ご自分で私にお渡しになりました」


 言葉を重ねるほど、逃げ道がなくなっていく。

 貴賓席で王太子が立ち上がった。


「ポーラ。何を言っている」


 その声に、ポーラはすがるように顔を上げた。


「殿下、私……」


「王女が、そのようなものを渡すはずがないだろう」


「でも、いただいたのです」


 王太子の顔がこわばった。

 ポーラは泣きそうになりながら、首を振った。否定したいのに、同じことしか言えなかった。


 役人が一歩近づいた。


「渡されたとき、中身について何と説明されましたか」


「毒だから、栓を開けないようにと……」


 ポーラの声が震えた。


「それを、エミリー嬢の部屋へ隠すように言われたのですか」


「はい。お姉様が持っていたことにするために」


 客席から、低いどよめきが起こった。

 役人は杖を鳴らし、静粛を求めた。


「あなたは、その目的を承知して受け取ったのですね」


 ポーラは、母を見た。

 母の唇が動いたが、声は聞こえなかった。


「……はい」


「何故、引き受けたのですか」


「お姉様がいなくなれば、殿下のお傍にいられると思ったからです」


 ポーラは口を押さえた。

 しかし、声は指の隙間から漏れた。


「お姉様が殿下の婚約者でなければいいと、ずっと思っていました」


 王太子が、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。

 ポーラが証言台へ向かう前に握っていた袖を、彼はもう片方の手で払った。


「お姉様……」


 ポーラは中央へ顔を向けた。

 エミリーは椅子に座り、静かにこちらを見ていた。


 いつもなら、父や母がポーラの代わりにエミリーを叱った。泣けば、誰かがそばへ来てくれた。

 今日は、誰も動かなかった。


 役人が書類を置いた。


「毒の入手先は王女殿下。エミリー嬢の部屋へ隠すために受け取り、ガーベラへ渡した。間違いありませんか」


 ポーラは台の縁を握りしめたまま、答えた。


「……間違いありません」


 書記が筆を動かし始めた。

 ポーラはその音を聞きながら、空いた王女の椅子を見つめていた。

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