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百人目の囚人  作者: 朝山 みどり


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15 両親の申し立て

15 両親の申し立て


「ポーラ嬢。証言台へ」


 裁判官が名を呼ぶと、貴賓席で椅子の動く音がした。


 立ち上がったのは、ポーラではなかった。エミリーの父だった。


「お待ちください」


 父は片手を上げ、裁判官を見下ろした。上げた手の指先が、わずかに震えていた。


「娘は、証言を要請されておりません」


 王太子の隣で、ポーラは座ったまま父を見た。それから、そっと王太子の袖をつかんだ。


 裁判官は手元の書類から顔を上げた。


「それは、ポーラ嬢に出廷を求める書状が届いていない、という意味ですか」


「そのとおりです。私と妻には届きました。しかし、ポーラには何の要請もありませんでした。ここには、証人として来ているのではありません」


 父は言い終えると、ポーラへ視線を向けた。


 その隣で、母も立ち上がった。黒いベールを持ち上げ、握っていたハンカチを胸元へ押し当てる。


「私からも申し上げます。ポーラは証言を要請されておりません。何も知らされずに、突然呼び出されては困りますわ」


 先ほどまで涙声だった母の声が、闘技場にはっきりと響いた。


 観客席のざわめきが、少しずつ静まっていく。


 裁判官は二人を見比べた。


「確認します。お二人は、家門の名誉にかけて、そう申し立てるのですね」


 父の手が下がった。


 母はハンカチを握り直した。布の端についた細いレースが、指の間でつぶれる。


「……はい」


 父が答えた。


「ポーラには、証言の要請は届いておりません。家門の名誉にかけて申し上げます」


 裁判官の視線が、母へ移った。


「奥方も、同じですか」


「ええ。同じですわ」


 母は顎を上げた。


「私どもは、届いてもいない書状を、届いたと申し上げることはできません」


 裁判官はうなずき、書記へ顔を向けた。


「今の申し立てを記録するように」


 書記の羽根ペンが動いた。その音を待つあいだ、父は立ったまま背筋を伸ばしていた。母も席に戻らず、裁判官を見つめている。


 エミリーは、膝の上で重ねた手に目を落とした。


(私のときには、誰も立ち上がらなかった)


 何をしたのかも聞かれず、言い分を最後まで話すことさえ許されなかった。けれど、ポーラが名前を呼ばれただけで、父も母も立ち上がった。


 エミリーが顔を上げると、裁判官が書類を置くところだった。


「事前の要請がなかったことは承知しました」


 父の肩が、わずかに下がった。母もハンカチを胸元から離した。


 しかし、裁判官は続けた。


「先ほど、ガーベラは毒の瓶をポーラ嬢から受け取ったと証言しました。その証言を確かめるために、お呼びしたのです」


 母の手が止まった。


「ですが、あの子は……」


「奥方」


 裁判官は母の言葉を遮った。


「今、答えていただきたいのは、ポーラ嬢です」


 父が口を開きかけた。裁判官はその顔を見たまま、静かに念を押した。


「お二人の申し立ては記録しました。今度は、ご本人の話を聞きましょう」


 ポーラは王太子の袖を握っていた。呼びかけを待つように彼を見上げたが、その手に王太子の手が重なることはなかった。


「ポーラ嬢、証言台へ」


 裁判官がもう一度告げた。


 父も母も、立ったまま動かなかった。その二人の向こうで、ポーラがゆっくりと袖から手を離した。

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