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百人目の囚人  作者: 朝山 みどり


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14 侍女ガーベラの証言

14 侍女ガーベラの証言


 ガーベラは、名前を呼ばれて立ち上がった。

 淡い水色のドレスの裾を持ち上げ、証言台へ向かう。朝から何度も整えていた袖口のレースが、震える指に引っかかった。


(見つけたことだけ話せばいいのよ。それは、本当だもの)


 先ほどから、証言者たちの様子がおかしかった。言わなくてもよいことまで口にし、慌てて自分の口を押さえていた。

 けれど、ガーベラは瓶を見つけた。そのことだけなら、嘘ではない。


「名を申せ」


 進行役の役人に促され、ガーベラは顔を上げた。


「ガーベラと申します。ハーヴェイ家で侍女をしております」


 自分の声が闘技場いっぱいに響き、肩が跳ねた。客席から無数の目が向けられている。

 ガーベラは胸の前で手を重ね、練習した言葉を思い浮かべた。


「エミリー嬢の部屋で、毒の瓶を見つけたというのは、そなたか?」


「はい。私でございます」


 そこまでは、すんなりと言えた。

 ガーベラは小さく息を吐いた。


「どこにあった?」


「衣装箱の奥です。畳んだ衣類の下に隠してありました」


 役人は手元の書類に目を落とし、うなずいた。


「誰にも見つからぬよう、隠してあったのだな」


「はい。私が、そう置きましたので」


 言い終えた瞬間、ガーベラは口を押さえた。

 役人の指が、書類の上で止まった。


「……そなたが?」


 ガーベラは首を横に振ろうとした。

 ところが、口から出たのは別の言葉だった。


「はい。衣装箱を開けて、衣類を持ち上げ、その下に瓶を入れました」


 ざわめきが、客席を駆け上がっていった。

 ガーベラは両手で唇を押さえたまま、貴賓席を見た。ポーラが王太子の隣で、こちらを見つめていた。その顔から、いつもの柔らかな笑みが消えている。


(違う。こんなことを話しにきたんじゃない)


 役人が一歩、証言台に近づいた。


「その瓶は、どこから持ってきた?」


 ガーベラは唇を強く結んだ。

 知らない。そう答えればいい。受け取った相手のことなど、話してはいけない。


「ポーラ様からいただきました」


 指の隙間から、はっきりと声が漏れた。


 役人が顔を上げた。

 客席のざわめきが、一瞬、途切れる。


「エミリー嬢の妹君、ポーラ嬢からか?」


「はい」


 ガーベラの膝が震えた。証言台の縁につかまらなければ、立っていられなかった。


「何と言って渡された?」


「エミリー様の部屋に隠しておくように、と……」


 ガーベラは息を詰まらせた。

 あの日、ポーラは小さな瓶を差し出し、衣装箱の奥なら普段は誰も見ないでしょう、と言った。

 ガーベラは、その言葉どおりにした。


「それから、部屋を調べることになったら、私が見つけるように言われました」


「最初から、見つける役まで決まっていたのか?」


「はい。場所を知っているのは私だから、すぐに見つけられるでしょう、と」


 ガーベラの声は細くなっていた。それでも台の仕掛けは、一言残らず客席へ届けた。


 貴賓席で椅子が鳴った。

 ポーラが立ちかけ、王太子の袖を握り直した。王太子はその手を見下ろし、それから証言台へ目を戻した。


「中身が毒だと知っていたのか?」


 役人の問いに、ガーベラは激しく首を振った。


(知らなかった。私は、何も知らなかった)


「……知っていました」


 口にした言葉に、自分で息をのんだ。


「ポーラ様が、毒だから栓を開けてはいけないとおっしゃいました。手につけないように、気をつけて運びなさいと」


 役人の顔が険しくなった。


「毒だと承知して、エミリー嬢の部屋へ置いたのだな」


「あの、置くつもりはなくて……はい」


 ガーベラはうつむいた。

 水色の布が、目の前で細かく震えていた。


「エミリー嬢は、その瓶を知っていたか?」


「知りませんでした」


 その答えだけは、ためらう間もなく出た。


「嘘を述べたのか?」


「はい」


 客席のどこかで、低い声が上がった。続いて何人もの声が重なったが、役人が杖を鳴らすと、静まった。


「何故、そのようなことをした?」


「ポーラ様に頼まれたからです」


 ガーベラはすがるように役人を見た。


「私は侍女です。お嬢様に言われたことですから……」


 そこで言葉を止めたかった。

 しかし、口はまだ動いた。


「でも、断ったら何をされるか、確かめたわけではありません。断ろうとは、思いませんでした」


 頬を涙が伝った。


「ポーラ様のお役に立てば、可愛がっていただけると思いました。エミリー様より、ポーラ様に気に入られたほうが、屋敷では暮らしやすいので……」


 ガーベラは袖で涙を拭いかけ、白い小花の刺繍を見て手を止めた。

 

 役人が、もう一度尋ねた。


「確認する。毒の瓶を渡したのはポーラ嬢。エミリー嬢の衣装箱へ隠したのは、そなただな」


「……はい」


「エミリー嬢がその瓶を持っていたところを、見たことはあるか?」


「ありません」


「毒を使ったところは?」


「見ておりません」


 ガーベラは、もう顔を上げられなかった。


「私が見つけたのは、私が隠した瓶です」


 その声が響き終わるまで、役人は次の問いを発しなかった。

 書記が慌ただしく筆を動かす音だけが、証言台のそばで続いていた。


 ガーベラは、そっとエミリーのほうを見た。

 エミリーは椅子に座ったまま、まっすぐにこちらを見ていた。


「エミリー様……」


 ガーベラは呼びかけ、それきり言葉に詰まった。


(許してほしい。でも、今ここで許すと言ってくださらなければ、私は……)


「私、罰を受けるのが怖いんです」


 また、言いたくなかった言葉が出た。

 ガーベラは顔を覆った。許しを求める言葉さえ、取り繕えなかった。


 役人が背後の騎士に合図した。


「この者を別室へ。ほかの証言者とは接触させるな」


 騎士が証言台へ上がってきた。

 ガーベラは促されるまま一歩踏み出したが、足がもつれた。水色の裾を握り、どうにか転ばずに台を降りる。


 証人席へは戻れなかった。

 ポーラのほうを見る勇気もなかった。


 入場口へ向かうガーベラの背後で、役人の声が響いた。


「ポーラ嬢。今の証言について、説明していただきたい」

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃおもしろい! 証言のために一人でリハーサルをする者、着ていくもののことばかり考えるもの。 いうはずのない、だけど真実の言葉が競技場に響き渡る、この雰囲気もいい。 次は誰の証言になるのか、…
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