渡せない荷物と、交換
森の街の工房通りでは、タクトの大工仕事の音が響いていました。
「よし、これで完成です」
タクトが丁寧に磨き上げたのは、丈夫な木で作られた特別な道具箱でした。
その道具箱は、道具を長く大切に使うブンゾウのために作ったものです。
「タクトさん、すごく立派な箱を作ってくれましたね」
ミホは感心したように言いました。
「はい。ブンゾウさんは長く道具を使う方ですから、丈夫で使いやすいものになるように考えました」
タクトは嬉しそうに答えました。
そこへ、ブンゾウがやってきました。
「タクトさん、完成したと聞いて来ましたよ」
ブンゾウは道具箱を見ると、目を細めました。
「これはいいものですね。大切に使わせてもらいます」
ところが、タクトは道具箱を渡そうとせず、少し困った顔をしました。
「申し訳ありません、ブンゾウさん。ですが、代金を先にいただいてからお渡ししたいのです」
すると、ブンゾウも首をかしげました。
「おや? 約束では、道具箱を受け取ってから代金をお支払いすることになっていたはずですが」
「ですが、もし渡したあとに代金を払ってもらえなかったら困ります」
「私も、代金を払ったのに道具箱を受け取れなかったら困ります」
二人はお互いの心配を話し合いましたが、どちらも譲ることができません。
道具箱は完成しているのに、ブンゾウの手には渡らないままになってしまいました。
その様子を見ていたミホとリリは、相談所へ向かいました。
「ルツさん、大変です」
ミホが事情を話すと、ルツは静かにうなずきました。
「なるほど。お二人とも約束を守ろうとしているからこそ、困ってしまっているのですね」
ルツはタクトとブンゾウを相談所へ呼び、話を聞きました。
「お二人は、最初にどのような約束をしましたか?」
すると、ブンゾウが契約書を取り出しました。
そこには、
『道具箱の引き渡しと代金の支払いは、同時に行う』
と書かれていました。
ルツは契約書を確認して、二人に説明しました。
「今回のように、お互いが約束をする契約では、一方だけが先に約束を果たさなければならないとは限りません」
「どういうことですか?」
ミホが尋ねます。
「相手が約束を果たす準備をしていないのに、自分だけ先に約束を守ることを求められると、不公平になってしまいます。そのため、相手が約束を果たすまで、自分の約束を待つことができるのです」
リリが首をかしげました。
「じゃあ、ずっとお互いに待っていたら、いつまでも終わらないんじゃない?」
「その通りです。だから大切なのは、相手を疑って待つことではなく、お互いが同時に約束を果たせる方法を見つけることなのです」
ルツはそう言いました。
そして、森の広場で交換することを提案しました。
「タクトさんが道具箱を渡す準備をし、ブンゾウさんが代金を渡す準備をする。同じ場所、同じ時に行えば安心できます」
二人は納得しました。
「それなら安心ですね」
「ええ。私もタクトさんを疑っていたわけではありません。ただ、大切な道具箱だったので慎重になっていました」
「私も、ブンゾウさんを信じています。ただ、仕事の約束としてきちんとしたかったのです」
二人は笑いながら、約束通り同時に交換しました。
ブンゾウは道具箱を受け取り、タクトは代金を受け取りました。
「すばらしい道具箱です。これから大切に使います」
「ありがとうございます。そう言っていただけると作ったかいがあります」
ミホはルツに話しかけます。
「今日のことは、どちらかが悪かったわけじゃないんだね」
「はい。約束を守りたい気持ちは、どちらも同じでした」
ルツは優しく答えました。
「法律は、誰かを責めるためだけにあるものではありません。お互いが安心して約束を守れるようにするためにもあるのです」
ミホは完成した道具箱を思い浮かべながら、うなずきました。




