森の土地台帳
小鳥たちのさえずりが響く森の中、ミホとリリは今日何をするか話し合っていました。
「今日はガロンさんのお店に行こうよ!」
「うん。この前頼んでいた木の箱、できてるかな?」
二人が雑貨屋へ向かう途中、小さな木の小屋の前で誰かがほうきを動かしているのが見えました。
「こんにちは!」
声をかけると、振り返ったのはゲンでした。
「あっ、ミホちゃん、リリちゃん!」
ゲンは汗をぬぐいながら笑います。
「ここを片付けてるんだ。ガロンさんから譲ってもらった小屋なんだよ。」
小屋の中には、工具や棚が運び込まれ、きれいに整理され始めていました。
「わあ、もうお店みたい!」
「これから道具を作る場所にするんだ。」
ゲンはうれしそうに話しました。
そのときです。
「……ちょっと待ってください。」
後ろから落ち着いた声が聞こえました。
振り向くと、年配のタヌキ、ブンゾウが立っています。
「その小屋は、私が譲ってもらう約束をしていたはずですよ。」
「えっ?」
ゲンの笑顔が止まりました。
「そんな……。ガロンさんは、僕に譲るって言ってくれました。」
「私も同じ話を聞いております。」
二人は顔を見合わせます。
ミホは慌てて言いました。
「ガロンさんに聞いてみよう!」
四人は雑貨屋へ向かいました。
店ではガロンが棚を整えていました。
「あれ? みんなそろってどうしたんだい?」
事情を聞いたガロンは、しばらく考え込むと、大きく目を見開きました。
「しまった……。」
頭を抱えます。
「思い出したよ。」
「ずいぶん前に、ブンゾウさんに『もう使わないから譲ろう』って話をしていたんだ。」
「でも、そのあとゲンにも『使うなら譲るよ』って約束してしまった……。」
店の中が静かになります。
「じゃあ、どっちが持ち主なの?」
リリが尋ねました。
ガロンは困った顔で首を振ります。
「どちらにも約束してしまった。本当に申し訳ない……。」
みんなが言葉を失っていると、店の前を通りかかったルツが、不思議そうに足を止めました。
「皆さん、どうかなさいましたか?」
ガロンはほっとしたような表情になりました。
「ルツさん、実は困ったことになってしまって……。」
ガロンは、小屋を二人に譲る約束をしてしまったことを、最初から順番に説明しました。
ルツは最後まで静かに話を聞くと、うなずいて言いました。
「なるほど。土地や建物に関わるお話ですね。」
「それでしたら、一度、村役場の『森の土地台帳』を確認してみましょう。」
事情を聞いたルツは、みんなを村役場へ案内しました。
役場には、ナナが大切に管理している大きな本があります。
「これは『森の土地台帳』です。」
ルツが本を開きます。
土地や建物を誰が持っているのかを書き残しておく帳面でした。
ミホがのぞき込みます。
「この小屋は……。」
ページには、まだガロンの名前だけが書かれていました。
「誰にも譲ったという記録はありませんね。」
ルツは静かに言いました。
ゲンが首をかしげます。
「でも、ガロンさんとは約束しました。」
ブンゾウもうなずきます。
「私もです。」
「お二人とも、そのようなお話を聞いたのでしょう。」
ルツは優しく続けます。
「約束そのものは、それぞれ当事者の間では大切なものです。」
「ですが、土地や建物のようなものは、ほかの人にも『誰のものか』が分かるように記録しておかなければ、後から争いになったときに、自分の権利を主張できないことがあります。」
ミホは少し考えました。
「みんなが見られる記録が必要ってこと?」
「その通りです。」
ルツは微笑きます。
「もし記録がなければ、後から現れた人は、本当のことが分かりません。」
ナナもうなずきました。
「だから、この土地台帳は森のみんなが安心して暮らすためにあるのです。」
ガロンは深く頭を下げました。
「私の不注意でした。本当に申し訳ありません。」
ブンゾウは穏やかに言います。
「責めたいわけではありません。」
ゲンも続けました。
「僕も、みんなが納得できる形がいいです。」
ルツは少し考えてから提案しました。
「まずは、どちらへ譲るかを改めて一つに決めましょう。そして決まったら、すぐに土地台帳へ記録します。」
「そうすれば、誰が見ても持ち主が分かります。」
話し合いの末、ブンゾウは笑顔で言いました。
「私は今の店で十分です。若いゲンが使ったほうが、この小屋も役に立つでしょう。」
「本当ですか?」
「ええ。」
ゲンは何度も頭を下げました。
ナナは土地台帳を開き、新しい持ち主としてゲンの名前を書き込みます。
最後にガロンとゲンが確認し、記録は正式に残されました。
帰り道、ミホは空を見上げながら言いました。
「約束しただけで終わりじゃないんだね。」
「うん。」
リリも大きくうなずきます。
「みんなが分かる形で残しておくから、あとで困らないんだ。」
ルツは二人の横をゆっくり歩きながら微笑みました。
「大切なものほど、当事者だけでなく、周りの人にも分かる形で残しておくことが、安心につながります。」
森の風が静かに吹き抜けます。
今日もまた一つ、森のみんなは安心して暮らすための大切な約束を学んだのでした。




