思い出のくま①
「そういえば、これもずいぶん、くたびれちゃったなあ……」
ベッドに横たわるくまのぬいぐるみを眺めてつぶやく。
「随分経っちゃったしね」
我ながら物持ちが良いと言うか、よく持ってるなあと思う。こんな状態でも大切にしつづけたのはひとえに、これがもう唯一のつながりになっていたからだ。
「康貴がくれた……唯一の……」
ギュッとぬいぐるみを抱きしめながら思い出す。
「何歳だったかな……」
もう正確には思い出せないくらい前のこと。
はじめて二人で、親の付き添いなしで出かけた夏祭りのときの話。
◇
「こうきー! はやくー!」
「わわっ。こら待てって! はぐれちゃだめだって言われただろ?」
「わかってるよー!」
夏の夜。
きらきらした景色の中で、それでも絶対に康貴だけは見失わない、そんな不思議な自信があった。
神社の境内に設けられた屋台。
その屋台の間をごった返す人混み。
そしてお母さんに着せてもらったきれいな服。
何もかもがきらきらしていて、何もかもに夢中になった。
「つぎはあっちだよ! こうき!」
「気をつけないとすぐお小遣いなくなっちゃうんだぞ」
「大丈夫だってー! あ、わたがしだー!」
「こら! だからはぐれないようにって!」
そうやって康貴に怒られることすら楽しい、そんな、本当に夢のような日だった。
夜にこうして出かけられたことも、康貴と二人で出かけられたことも、自分たちで自由にお金を使えることも、何もかも新鮮で、最高で、間違いなくあの日、私は人生で一番楽しい瞬間を過ごしていた。
「はぁ……やっと追いついた……って、何見てるんだ?」
「わぁ……」
追いついてきた康貴には目もくれず、私は屋台の一つに目を奪われていた。
「射的かー。あっ! 俺もあのゲームほしい!」
康貴も気になるのがあったみたい。
「一回三百円だから……えっと……」
「三回! 私達千円ずつ持ってきたから! 三回できる!」
「いやいやあいさはもうここまででけっこう使っただろ」
「あ……」
言われて慌てて首にかけていたがま口を覗き込む。
そこにはたしかにもう、射的一回分の金額しかなかった。
「どうしよう……」
「どうしようって言われても……そもそもそんないっぱいやる必要あるのか? 射的」
「うん! ぜったい欲しい!」
「何が欲しいんだよ」
「あれ!」
康貴に伝えたのはくまのぬいぐるみ。
運命だと思った。
一目惚れだった。
あんなに可愛いぬいぐるみは、今まで見たこともなかった。
「どうしても……欲しい!」
「じゃあ行くか……?」
「うん!」
康貴と手をつないで屋台に向かう。
「おお、何だ可愛らしいねえ。やってくかい?」
「うん! あのね、くまのね、あの子が欲しいの!」
「そうかい。んじゃあちょっとそっちに踏み台置いてやるよ」
おじさんが私の身長に合わせて台を持ってきてくれる。
台の上に乗って、少し近くなったくまを見てまたワクワクしたのを覚えている。
「よーく狙えよー」
「うんっ! えっと……」
射的なんてやったことのない私は何からはじめていいかわからずおろおろする。
康貴の方を見たけど、それより先におじちゃんがこう言ってくれた。
「弾込めまではサービスしてやるか、ほら」
「わーい」
あとは引き金を引くだけ。
ぬいぐるみに当てるのはちょっとだけ嫌な気持ちになったけど、そんなことより早く落として持ち帰りたい気持ちが強かった。
「えいっ!」
「惜しいねえ!」
「むむむ……」
私の打った弾丸は見当違いの方向に飛んでいく。
「もっかい!」
「はいはい。三発あるからゆっくりな」
今度こそ……!
そう思って打ち込んだ弾は、今度はさっきと反対方向に飛んでいってしまった。
「あー……」
「最後だぞー。よく狙えよ?」
「むぅ……」
私は涙をこらえてなんとか狙いを定める。
これで最後だ。
当たって欲しい。
なんとしてでも欲しい。
「えいっ!」
ポンっと、勢いよく飛び出したコルクの弾は、くまのみみをかすめただけで落ちていった。




