看病 中編
「じゃ、康貴にぃ、私達お風呂に入ってくるから」
「おう、そしたら俺は帰るか」
「「え?」」
「え?」
愛沙とまなみに揃って信じられないという顔でこちらを見てくる。
なんでだ。
「康貴にぃからお風呂入る……?」
「いやいや」
「じゃあ……一緒に……?」
愛沙までおかしくなっていた。
「もう大丈夫だろ? 明日も来るからさ?」
「もう、布団出した」
「病人が何してんだ……」
「ほらほら、お母さんたちからもメッセージ来てたじゃん? 康にぃ?」
「いや……飯まではそうだけど……」
「……」
無言で見つめてくる二人の瞳が不安そうに揺らいでいる。
「はあ……とりあえず風呂から出るまではいるから……元気なうちに行ってこい」
「「うん!」」
結局勢いに負けて二人を送り出した。
俺はリビングのソファでテレビを見て待つことになった……。落ち着かないから洗い物でもしたいんだがそうすると風呂場に近づくことになるのでなんとなくそれは避けたい。
「いたたまれない……」
バラエティ番組にもほとんど集中できずにいたが、それでも意外と時間は経ったようで風呂の扉が開いた音がした。
「久しぶりだったねー、一緒に入ったの」
「そうね」
洗面所から声が漏れてくる。
「お姉ちゃん、ほんときれいな身体だよねぇ」
「ひゃっ! ちょっとまなみ⁉」
「ふふふ……良いではないか良いではないかー!」
「ちょっと! こら!」
「だってさー、私は全然育たたないのにおっぱいもこんなに……」
「ひゃんっ! ちょっと⁉」
テレビの音量をあげた。
「あ、康貴にぃー!!!」
「ん?」
「ごめんー、着替え忘れちゃったの! 取ってきてくれる?」
「は?」
今なんて言ったこいつ……?
◇
洗面所の扉越しにまなみが叫ぶ。
「早くしないと風邪悪化しちゃうよー!」
「わかったわかった! なんだどこにあるんだ?」
「えっとねー、私のはいつものタンスの三段目! 二段目に下着!」
まさかこいつ……下着も持って来させる気じゃないよな?
「待て、下着ももってこいとか言わないよな……?」
「え? だって下着がないと」
「康貴! 下着は洗濯機に乾燥したのが入ってるから! そっちはいいから!」
「あ、ああ、わかった」
良かった……。愛沙がいてくれて……。
「ほんとにごめんね……私のはベッドの下の引き出しの右側にあるんだけど……」
「けど……」
「あ、お姉ちゃんパジャマと下着同じところに入れてたもんねー」
おいおい……。
「ごめん……康貴……」
「いや……見ないようにするから……」
「うん……」
やりづらいことこの上ないが、早くしないと確かに風邪も悪化する……。
心を無にして二人のパジャマを取りに行った。
まなみの方はあっさり終わったんだが問題は愛沙だ。
そもそも部屋に勝手に入るのもためらわれるのに……いやまあ言ってる場合じゃないから入るけど……。
「これか……」
綺麗に畳まれすぎていて見えている部分に下着感がないのは助かった……。
ただなぜかタグだけがちらっと見えてるのがあってより一層心を無にする必要ができたのは愛沙を恨まざるを得ない……。
Dとか見えた気がしたけど気にしない。
「俺は何も見ていない。見てないんだ……」
選ぶ余裕もなく手にとったパジャマっぽいものを持って階段を降りた。
足音で気づいたらしいまなみが待ちきれないと言わんばかりに声をかけてくる。
「ありがとねー!」
「ああ、ここに置いて俺が離れるからしばらくしたら」
必死に二人が一番不安にならずに済みそうな方法を説明しようとする。
だが――
「え?」
「え?」
待ちきれなかったのか意思の疎通が測りきれなかったのかわからないが、まなみが扉を開けてしまった。「バスタオル巻いてるから大丈夫」とか言いかねないけど……。
いやまあ全開というわけでもないし角度によっては大丈夫だと思ったのかもしれない。ただその角度も絶妙にダメな位置関係だったし、いずれにしてもまなみの頭に愛沙の状況を確認する余裕はなかったのは間違いない。
「あ、ごめんお姉ちゃん!」
そこには顔を真赤にした愛沙がいた。救いは身体が向こうをむいていたことだろう。ただそのせいできれいな背中とお尻がバッチリ見えてしまっている。
素早く着替えを渡して俺はその場を離れた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!」
「わー! お姉ちゃんごめんって! 大丈夫! 康貴にぃはいい人だから見てないよ!」
洗面所から聞こえる声にならない叫びと虚しく響く慰め。
ごめんまなみ……今回のもしっかり、目に焼き付いてしまってる……。
「もうお嫁に行けない……」
「そのときは康貴にぃがもらってくれるから!」
「ほんとに……?」
「うんうん! 康貴にぃなら大丈夫!」
今の出来事で熱が上がったのか、愛沙がまた幼児退行してしまっていた。
◇
しばらくソファで待っていると二人がようやくでてきた。
出てきたのは良いんだがなぜか正座させられて二人の前に座らされていた。
「康貴にぃ、お姉ちゃんの裸を見た罪は重いです」
まなみが前に立ち愛沙が後ろでコクコク頷いている。
というか愛沙はなんでダボダボのTシャツ一枚だけなんだ……裾を必死に引っ張って伸ばしているが色々際どすぎる……。俺、ちゃんと下も持ってきたよな? あれ? ちゃんと確認してないから自信はないな……。
「ちゃんと聞いてますか! 康貴にぃ!」
「はい!」
「お姉ちゃんに見惚れてる場合じゃないよ! こんな際どいのしか持ってこないなんて!」
「いやわざとじゃ……」
愛沙が裾を引っ張ったまままなみの後ろに隠れるように一歩下がる。やっぱり俺が持ってきてなかったせいらしい……。いやわざとじゃないんだ。
「とにかく! 康貴にぃは私達の要求をのむ義務があると思います!」
一歩下がったものの愛沙もコクコク頷いて参戦してくる。
「えっと……今度埋め合わせをするので……」
「だめです!」
「だめなのか……」
どうすればいいんだ……。
「康貴にぃはさっき何故か帰ろうとしてましたが今日は帰しません」
コクコクうなずく愛沙。いいのか? 裸を見た罪は重いとかいうなら普通、遠ざけるものなんじゃないのか……。
「というわけで、康貴にぃはお風呂に入ってくること!」
「いや、着替えとかさ」
「キャンプのときの荷物、うちに置いたままでしょ! 洗濯してあるよ!」
そういえばそうか……。帰りは愛沙もまなみも家の車で帰って荷物を高西家の車に積んだんだった……。
「いや……えーっと……」
俺としても愛沙の裸を実質二回も見ておいて平常心が保てる自信がない。
「康貴、いや……?」
それまで後ろに下がって裾を引っ張るだけだった愛沙が声をかけてくる。ほんとに愛沙、ずるいよなぁ……。
「いやでは、ないけど……」
「はい! じゃあお風呂に入ってきてくださ―い! あ、シャンプーとか説明するね!」
まなみに引っ張られるままに風呂場に向けて歩き出す。
去り際になぜか知らないけど何か言わなきゃと思って愛沙にも声をかけた。
「愛沙! 暖かくするんだぞ!」
「ふふ……ありがと」
なんだ今の、おかんか。
「はいはい行くよ康にぃー!」
引っ張られるようにまなみに風呂場に連れて行かれた。
「これがボディソープだけど、こっちに普通の石鹸もあるよ」
「どう使い分けてるんだ?」
「さぁ……?」
まなみは適当である。
「で、シャンプーとコンディショナーはこれがお姉ちゃんので、これが私とお母さんので、これがお父さんの」
「え? なんで三つもあるの?」
「さぁ……?」
まなみは役に立たない。
「で、どれ使って良いんだ?」
「どれでもいいんじゃないかなぁ? あ、お姉ちゃんの使ったらお姉ちゃんと同じ匂いが一日楽しめるかも⁉」
「なんだそれ……」
その理論でいくとまなみとも同じことが言える。そう思うとやたら距離の近いまなみの髪からの匂いも意識させられてしまった。
いやでもこれ、絶対シャンプーだけじゃないよなぁ……。同じもの使ったってこうはならないだろ。なんで女子ってこう、不思議といい匂いになるんだ……?
「康にぃ、流石に風呂上がりでもちょっとはずい……」
「あっ、わるい……いや別に他意があるわけでは……」
しどろもどろになるが他意がないっていいのか? この場合悪いのでは⁉
「私の匂いが良かったならこれ使えばいいと思うよー!」
「あ、あぁ……」
「はーい。じゃ、出たらお姉ちゃんの部屋に来てねー!」
「わかった」
そう言って洗面所から出るまなみ。
すこし頭を冷やす意味で、一人になれたのはありがたかったかもしれない。
「あ! 康貴にぃ!」
「おい! もう脱いでるから⁉」
「あっ、ごめんごめん」
「なんなんだ……」
ほんとに自由だな、上半身だけでよかった……。
「お背中、流しましょうか?」
「早く上に行ってくれ……」
「むふふー! はーい! また後でねー!」
ほんとにまなみは……。
あいつはやりかねないしブレーキ役の愛沙はいま動けない……。
襲撃に怯えながらの風呂はあまり落ち着かなかった。




