看病 後編
風呂上がりに冷蔵庫から勝手にお茶をもらって愛沙の部屋へ向かう。
扉が閉まっていたのでノックをしたら中からバタバタという音が聞こえてきた。
「康貴にぃ! 早くない?」
「男の風呂なんてこんなもんだろ」
「そかそか、ちょーーーっと待ってね! 片付けるから!」
何をやってるのか知らないがバタバタと聞こえてしばらくして、向こうから扉を開いてくれた。
「ようこそ……」
「ああ……」
愛沙はあの際どいパジャマのまま俺を出迎えた。
「何やってたんだ……」
「えへへー。お姉ちゃんの下着の枚数がちゃんとあってるか確認をと思って」
「こらまなみ。馬鹿なこと言わない」
なにか隠したいことがあるらしい。まぁいいか。
「えっと……その、まなみがね、一番かわいい下着とパジャマを選ぶ! って、ひっくり返しちゃって……」
「えへへー」
反省の色が見られない。そして愛沙の服があれということは何も進展はなかったということだろう。
「病人に変な苦労をかけさせるな」
「あいたー!」
まなみを小突いて部屋にはいった。
「だいぶ良くなったんだな?」
「うん……康貴のおかげで」
愛沙の顔色は来たときに比べれば断然よくなっていた。まぁまなみがいたとはいえ風呂に入れるくらいだからな。この分だと今日しっかり寝れば大丈夫だろう。
「それでね、もうここまできたらうつさないと思うんだけど」
「まぁそうだな」
というかそれに関しては今更だ。まなみあたりは俺が来るまでもひどい状況の愛沙につきっきりだっただろうから、そう考えると明日辺りやばい気がする。
念の為まなみを呼んで近くにこさせる。
「まなみ」
「んー? なーにー?」
「ちょっとおでこ」
「ふふ……はーい」
手を触れて熱を見る。今の所大丈夫そうだな。
「康貴、私は?」
「え? 愛沙は体温計を……」
「……」
なんだこの無言の圧力……。熱があったのがわかってるのだから正確に計れたほうが良いと思うんだが……。
なぜか愛沙の目に涙が溜まってきた気がしたので慌てて近づく。
「えっと……じゃあ、触るぞ」
「ん……」
「んー……これ、どうなんだ……?」
やっぱり熱が出てた相手を触ってもよくわからなかった。
「康貴にぃ、よくわからないときはおでこ同士くっつけるんだよ!」
「いや、体温計を」
「おでこ!」
「康貴……」
なんなんだ! 愛沙が体調を崩すと常識人もブレーキもなくなるのが痛すぎる。
「わかったけど……さすがにそれは……」
「……」
潤んだ目で見つめる愛沙……。
こうなった愛沙は本当にずるかった。
「えっと……じゃあ、いくぞ……」
「んー」
なんで目をつむるんだ……。なんというかこう……キスを意識させられるような体勢で困る。
あまり時間をかけてもこちらの精神が持たないのでおでこをくっつけにいく。
「んっ」
頼むからいま変な声を出さないでほしい。というかこれ、俺も熱が上がってよくわからなくなるだけだ……。
「だめだ……結局わからん……」
「ふふふ」
目的は達成できなかったがおでこに手を当てて微笑む愛沙は満足そうだった。
◇
風呂に入れられはしたが、なんとかして帰ることを諦めていなかった。
理由はこれだ。
「で、康貴にぃ、どっちの部屋で寝る?」
まなみも愛沙も自分の部屋がある。普通ならどちらかの部屋に固まってもらって俺が空いた部屋で、となるはずだ。
だがなぜかどちらかとの相部屋を求められている。
「いや、えっと……」
「私としては心配だからお姉ちゃんと一緒にいてあげてほしいんだけど」
「私は……うつしたら嫌だからまなみといてくれたら安心なんだけど……」
困った……。なんだこれ、二人とも遠慮しているようで俺の逃げ場を塞ぐことだけはかなり高い団結力を見せている。
「例えばだけど、別の部屋で寝るというのは……」
「「ダメ」」
もう一部屋おじさんたちの部屋はあるにはあるが、あそこは実は子供の頃から足を踏み入れたことのない空間だ。俺自身入るのは抵抗があるし、二人の頭にもないだろう。
あとはリビングだが、ここは多分二人が絶対に認めないし、俺としてもここで寝るなら寝心地を考えて家に帰りたいのが正直なところだ。
「ほら、熱が悪化しないようにさ?」
「康貴にぃが一日看病しなきゃ!」
「私が体調崩すと絶対次の日まなみも体調崩すから……いて欲しいな?」
二人に詰め寄られる。
「いや……んー……」
愛沙が泣きそうな目で俺の服の裾を掴み、上目遣いで見つめてきた。
「布団……出したのに……」
「康貴にぃー」
「わかった、とりあえずそうだな……二人が寝るまではいるから」
結局なし崩し的に延長に応じる形になってしまった。
「あと! 俺がいる間は下履いてくれ、愛沙……」
「あ……」
今も手を上げただけで下着がチラチラ見える状態だ。これはまずい。
ちなみにまなみは普通に可愛らしいピンクのパジャマだった。油断すると「暑い……」と言ってボタンを外そうとするので気をつけないといけないがそれ以外は今の所大丈夫そうだ。
「じゃ、お姉ちゃんの着替え中は私の部屋ー!」
「はいはい」
手を引かれて愛沙の部屋をでる。
「あ! お姉ちゃん! 赤がいいと思う!」
「赤……?」
「まなみっ! 内緒っ!」
愛沙の焦る様子をみて察してしまった……。
下着の話だな、これ……。
◇
「あ! 康にぃ明日ひま?」
「ん?」
愛沙の着替えを待つためにまなみと二人になったところで突然思い出したように声をかけてきた。
「暇だけどなんだ?」
「明日ねー、私ソフトの助っ人やるんだー! お姉ちゃんと見に来てくれないっ?」
「お、そうなのか」
愛沙の体調も見る限りだいぶ良くなってるし、良いかもしれない。
「じゃあ行くか。愛沙にも聞いてみるか」
「わーい! おねえちゃーん!」
俺を部屋に残して愛沙の部屋に走り込むまなみ。追いかけると良くないことになるのは学んでいるので大人しくまなみの部屋で待ったがもう着替えは終わっていたらしい。
「康貴にぃー! はーやーくー!」
まなみの声に応えて愛沙の部屋に向かうと、そこにはなぜか白いネコ耳パーカーの愛沙がいた。
「な……なに……?」
愛沙の「なに?」を久しぶりに聞いた気がする。いつもと違って鋭さがまったくないが。
なんか言えとまなみが目で訴えかけてきていたので絞り出す。
「えっと……可愛い……?」
「……っ」
白いパーカーに顔を隠しているせいで赤くなった顔が際立っていた。
「えへへー! これ可愛いでしょ!」
「まなみの仕業か……」
パジャマを選んでたときに出してきたんだろうなあ。
「康貴にぃ、こういうの好きでしょ?」
見透かされているようで悔しい。というか愛沙くらい可愛い子ならそりゃこんなことしたら誰でも喜ぶと思う……。
「あ、そうそうお姉ちゃん! 明日康貴にぃも来てくれるって!」
「そうなの」
「だから二人でこのまま一緒に来ればいいと思うんだー!」
このままと来たか……。
「明日があるなら一回帰って準備したほうが良いから……」
二人に無言で服をつままれた。
「布団もお姉ちゃんの部屋だし、私は明日頑張らなきゃだから寝ます!」
「えっ? まなみ⁉」
確かに布団はいま愛沙の部屋に敷かれているんだが愛沙も驚いているところを見るとまなみが独断で言ってるんだろう。
なにか言おうとする愛沙を遮って、まなみが追い打ちをかける。
「私、寝てる間にパジャマ絶対脱いじゃうんだよね」
突然何を……?
「だから康貴にぃと一緒に寝るとちょっと恥ずかしい……」
ちょっとで済むのか……? いや待てまなみのペースに乗せられてる! このままだと――
「というわけでお姉ちゃんのことは康にぃに任せたので! しっかりお願いします!」
遅かった……。
「じゃ、おやすみー」
「おやすみ……?」
「あー……」
取り残された愛沙と俺は固まるしかなかった。
◇
「えっと……」
どうしたものかと固まっているとベッドの上の愛沙から不安そうな声が漏れた。
「康貴は、一緒にいるの、いや?」
「嫌なわけじゃないけど……」
「けど……?」
それ以上は勘弁してほしい……。俺もその先の言葉がなんなのかはうまくでてこない。
「今日だけで、いいから……寝るまででも……いいから……」
縋り付くような声に目を向けると、潤んだ目で見つめる愛沙がいた。
「体調、まだ悪いのか」
「え? う、うん……そうかも?」
「明日やめとくか?」
「それはだめ! だめ……なんだけど……」
まぁ、体調悪いときってなんか人恋しくなるよな……。
「わかった……寝るまではって約束したしな」
「あっ」
ベッドにもたれるように座ると愛沙の声に喜色が浮かぶ。顔は見れないけどこのほうがお互いのために良いと思う。
「えっと……康貴?」
「ん?」
「上、来て」
「え……」
上? ベッドの? それは……。
「あ! あの! 座るだけでいい、から」
「あ、あぁ……」
拍子抜けしたような、安心したような不思議な感覚に襲われたせいで言われるがままに従ってしまう。
すると愛沙がぎゅっと腰の方にしがみついてきた。
「ふふ……ありがと」
「……」
「寝るまで……ね?」
不安げな声だが、その反面表情に小悪魔な微笑みを感じさせている。ああ、ほんとにこのあたり、まなみと姉妹だなと思わされるな。
「寝るまで……だからな」
「うん」
そう言って目を瞑る愛沙。
なんとなく髪を撫でると気持ちよさそうにしていた。
「これ、またやってほしい……かも……」
「はいはい。とりあえず元気になってくれ」
「うん……ありがと、康貴……」
そこからはどちらも声を上げることはなかった。
あ、まずい……俺もうとうとしてきたぞ……。
愛沙が寝るまではいることにしたが俺は帰ることを諦めていない。
と、言うよりこのまま一晩というのは色々厳しい。猫耳の愛沙はいつもとのギャップで心臓に悪すぎるし、昼間のこともある。まなみが言っていた「脱いじゃう」というのが、愛沙にないとは言い切れない……。
そうなったときに俺の理性で持つかどうかの自信がなかった。
「愛沙……?」
「んぅ……」
だめだ、しがみついたまま寝てる……。離れない……。
眠い……。
「康貴、おいで」
その言葉が愛沙の寝言だったか、俺の夢だったかわからないまま、身を委ねてしまった。
包み込まれるようにベッドに崩れ落ちてしまった。
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