離れた心【前半愛沙視点・後半康貴視点】
きっかけは本当に些細なことだった。
「やーい。高西ブース」
「ブスじゃないもん!」
また始まったと思った。
男子たちのからかいは毎日のようだったし、当時の私はむきになって言い返してくるちょうどいい相手だったんだろう。
だけどその日は、いつもと違った。
「康貴もそう思うだろ?」
康貴は他の男子と違うと思っていた。
仲良しで、いつまでもずっと一緒で、だから最近ちょっと話してなくっても、康貴ならって。
でも康貴は……。
「あー……どうかな……」
曖昧に笑うだけだった。
◇
愛沙との仲が急速に悪くなったのはいつだったかと思い返したけど、多分俺が愛沙から離れる原因になったのは中学生のときだろう。
「まじでうけるんだけど!」
「きゃはは」
愛沙は小学生の頃からモテていて、構ってほしい男子にいつもからかわれていた。
そんな生活に嫌気が差したのかどうかはわからないが、中学生になって愛沙は少し男子と距離を置くようになった気がした。いや男子が置いたのか?
いずれにしても小学生の高学年辺りから家族間の付き合いも薄れていき、愛沙との距離も開いた。
「あ? なんか見てるんだけど……きも」
愛沙が所属するようになったのはクラスでも一番目立つ女子グループだった。
で、見てたらこんなことになってしまったわけだ……。
「あれ? えっと……藤野だっけあれ?」
慌てて目をそらしたがもう話題は俺に移ってしまっていた。
「愛沙のこと見てたんじゃないー? 愛沙可愛いし」
「え? そうなの……かな?」
「でもきもいよねぇ。身の程をわきまえろっていうか……」
「あはは……」
聞こえるように言わなくてもと思いながらも、今俺が愛沙にどう思われているかがわかると思うと、耳をそばだててしまっている俺もいた。
愛沙は可愛い。クラスでも人気だった。
その愛沙と幼馴染で、幼い頃から何度も遊んでいたというのは、ある意味当時の俺にとってステータスだった。
多分俺は、盲目的にだけど、あの頃愛沙が好きだった。
「ま、愛沙にはあんなモブみたいな男似合わないって! そうでしょ?」
そう尋ねられた愛沙。
心のどこかで、否定してくれると信じていた。
今は少し距離が開いていたって、お互いの気持ちは通じ合っているのではないかと、そう思い込んでいた。
だからこそ、その後に出てきた愛沙のセリフは、受け入れがたくて、俺の中にあったかすかな自信のようなものが打ち砕かれたのだ。
「まあ……そうかも?」
「だよねー!」
たったそれだけ。
その後愛沙たちがどんな話をしていたのかも、どんな表情をしていたのかも思い出せない。
いや、思い出したくないから、記憶から消していたわけだ。
「甘え……か」
プールでの愛沙の言葉を思い出して、少しだけあの頃のような、淡いなにかが胸の中に生まれたような気がしていた。
ただもうあのときと同じ思いはしたくはない。
あくまで愛沙の感情は、家族としての甘えだ。そうじゃないと、そう言い聞かせておかないと、また崩れてしまう気がして……。
「寝よう」
考えるのをやめた。




