第五話 【後輩キャラと妹キャラは紙一重なのかも知れない。】
「き、えた……のか、、?」
思わず手で顔を覆うほどの爆風がほんの一瞬だけ周りに吹くと、残ったのはバカでかい玄関とそこに残された煙かも分からないような不確定なものだけ。
煙やら土煙やら、一日にこう何度もモクモクされると早く風呂に入りたい衝動に駆られてしまう。
そもそもこの家に《風呂》があればなの問題なのだが。
だが、そんなごく普通の日常的な心的描写さえ、この世界は俺にそれを許してはくれなかった。
邪魔は付き物、面倒は曲者、厄介は除け者に。
これをラノベの三原則と命名したいのだが。特許は取れるだろうか?
「嫌ですね、消えただなんて酷いじゃないですかぁ゛」
___奴はいた。
現在の俺の170cm(引きこもってたから定かではないが)くらいの身長では気にもとめない所に、奴は座っていた。
いや、これは立ってるのか?立ってこのサイズなのか? と問い詰めたくなるようなサイズ感。
手のひらサイズの可愛らしい熊がそこにちょこんと立っていた。
◆
「か、可愛いじゃないですか!!」
どうやらコラーはこの熊(?)がお気に召したらしく、さっきまでの驚きと恐怖を忘れ去ってしまったのかというように目の色を変えて、熊に突撃した。
突撃した、といってもコラーが熊に当たりにいったのではなく、《突進していった》という表現が正しいかもしれない。
なぜならコラーの体が当たるほど熊の表面積は広くない。詳しく言うなら、一般の人が持っているストラップの4、5倍といった大きさ。俗に言う『ス○ホ』と呼ばれるものと、大きさはそう差異はないと思われる。
ちなみにいえば、よく使われる『ス○ホ』といった伏字の方法は、この
『ス○ートフォン』
という単語において果たして必要なのだろうか。理由として、この世界には
『異世界はス○ートフォンとともに』略して『イ○スマ』と呼ばれるアニメ化までした超有名ラノベ原作作品がある。かくして、この作品の題名には本来伏字は使われていない。
──ならば構わないのではないだろうか?
という俺の素朴な疑問はさて置き、物語は進む。
「もふもふ、もふもふです!! この可愛らしい顔立ちに、サラッサラの茶色い毛並み……これぞまさに可愛らしいの権化! この世界の正義! たとえどんなことがあろうと、人間はこの可愛さの前には無力……」
___サラッサラの茶色い毛並み。
自分のことを言われているのでは? と一瞬ビックリしたが、そんなことを顔に出したりはしない。それは自分の髪を人からどうこう言われることに慣れてしまっているせいかもしれない。皮肉な事だ。
俺の子供の頃から見た目だけで不良扱いされてきた諸悪の根源は髪だった。
目つきが悪い、目が死んでいる、いつも怒っていて、喋りかけると、睨まれる。
そんな俺にしか対応不可の方程式が周りでたち始めたのは、たしか小学四年生くらいの頃だったと思う。
その頃の俺は、当然歳もまだ幼かったから髪だって短髪に切りそろえていた。
だが、それが逆効果だったのかもしれない。短髪、茶髪で目つきが最悪だなんて、見るからにDQNだ。
かくして俺は、自然な流れで引きこもり始めた。そこからだったか、俺は髪を短髪ではないようにした。少しは見た目が変わるかと思ったが、効果のほどは期待できなかった。
元から別に友達は多い方ではなかったし、そもそも友達だったかも今となっては分からない。くわえて、不幸中の幸いと言うべきか、俺の通っていた学校は中学校時代まではエスカレーター式だったため、何不自由なく中学校に進学することが出来た。
が、それはよく考えたら不幸中の幸い中の不幸だった。
エスカレーター式ということは周りの人間も環境も変わらず、また俺のいつも通りの引きこもり生活が流れ始めた。
勉強は学校に言っていない間も家ではしていたし、元から頭の出来は悪くなかったように思える。だが、やはり授業を受けている生徒達との格差は、徐々に姿を現しはじめた。その事に対しての不安と焦りが自分に芽生え始めた頃、俺は保健室登校なるものを始めていた。
《保健室登校》といっても、実際は相談室で勉強や
ほかの不登校の人とゲームなんかをしていた。皆は昼前には家に帰っていたが、俺は夕方まで勉強をすることを日課としていった。
が、やはり下校中の名前も分からぬ同級生達と鉢合わせるのも癪だったので、ある程度は時間を早めて帰っていた。
___あれは、中二の夏だった。
その日俺は少し勉強に熱中しすぎてしまい、いつもの下校時間を大幅に上回ってしまっていた。逃げるように相談室をあとにした。
___いや『逃げる』というより、『追いかけた』という表現の方が正しいかもしれない。俺は急いで、生徒達を追いかけた。が、『追いつく』ということは相手は自分よりも『先』にいるということだ。
外は既に下校途中の生徒達でごった返していた。
──スクランブル交差点ってこんな感じか。
と、どうでもいいことを考えているうちに、今日は学校全体で部活動を休みにしている曜日だったことを思い出し、ますます憂鬱になっていった。
下校時間をずらそうとも考えたが、何故自分が彼らのために無駄な労力と時間を費やさねばならないのか、と気と癪に触ったためそのまま帰ることを決意した。
生徒玄関ではなく、職員玄関側に置いた靴を履き、そのまま騒がしい声と視線をすり抜け、学校の敷地を出た。歩きで登下校しているのは軽い運動もかねての事だったが、それが今回裏目に出てしまった。早くこんな場所走り去ってしまいたいのに___
周りの視線など気にするだけ無駄だ、と自分に言い聞かせながら歩いた。どうせ明日のクラスの話題にもなりやしない。夜の空に浮かぶ雲みたいに、誰にも気付かれず、見つけられず、朝になれば消えてしまってさえいればいい。
___そんな時、彼女を見つけた。
『見つけた』というより、『居た』というのが正しいのだろうか。
下校の時間をずらすだけでこんなに世界が変わるのか、と感心したが残念ながら、世界が変わった訳ではなく、彼女が変わっていた。周りとは、何かが違っていた。よくよく考えれば、俺が変わっていた可能性も無きにしも非ずだ。
周りを赤く染めるいつもより大きめの夕日と、長く伸ばした綺麗な髪が病的にマッチしていたし、夏だというのに涼しい風が吹いたのだって、彼女のせいかもしれない。
なら、彼女は_____
《ねぇ、君はさぁ…………》
◆
「………さ、」
「…イ…ん…」
「…か、…ん! カイリさん!!!」
「……えっ?」
「なにぼうっとしてるんですか!?クマさんがご飯作ってくれましたよ」
「たーんと召し上がれ゛?」
目の前にコラーがドアップでいるのはさておき、後ろからの地獄の囁きが聴こえ、
「あ、あぁ、ありがとうございます。」
と、曖昧な返事をしてまだ眠っている目をこする。
気味と後味の悪い夢を見ていた、という感覚だけが、頭の中に残っていた。が、その感覚は別段不愉快でもなかったが、違和感として俺の心に居座っていった。
──異世界なんだ。こんなもんだろ。
そうして俺は、ここで自分の心に妥協し、蓋を閉めた。
◆
事の顛末を説明するなら、あの巨大熊はマスターの部下(?)のようなものらしく、俺たちの世話をしてくれるそうだ。全くツンデレなマスターは困る。
事情の説明が終わったあと、そのまま《だだっ広い》玄関を通り抜け、リビングにやってきた訳だが、そこに現れたのはビジネスホテルほどの《小さな》部屋だった。入念に見てみたが、他に部屋がある様子もなく、トイレがあるだけで念願のお風呂場なんて見る影すらなかった。
それから俺は夕飯を食べ、風呂に入らず(入れず)リビングの床で寝ることにした。備え付けてあったソファーはファンとコラーに譲り、クマさんは必要用途が謎だったあの無駄に広い玄関で巨大化して寝るのだそうだ。あれは玄関というより、クマさんの部屋になってしまった。
ちなみにいえば、クマさんの料理は見た目も後味も素晴らしく、初の異世界料理も何不自由なくクリアすることが出来ていた。
そして、俺たちはこれからこの、《小さな》家で暮らしていくことになった。
なんやかんやで寝る時間になった訳だが、そんな時に《ヤツ》は現れた。
「___カイリお兄………ちゃん?」
妹だ。