第十一話 過去、二
今回はかなり惨いお話となります。
できるだけ直接的な描写は避けましたが、苦手な方はブラウザバックを推奨します。
では第十一話です。
白駒の年齢が四歳になってしばらく経ったころ。
小園家で起きていた虐待は以前よりも増して強いものになっていった。
いや、もはやこれは虐待という範疇には収まらない。
完全な犯罪。
それも人が超えてはいけない一線を確実に越えてしまっていた。
虐待というものは基本的にまだ人間の心を保っている状態だ。何かに不満があるからこそ暴力を振るい、ストレスを発散させる。本来親であれば誰もが持っている子供への愛が欠如しているだけ。
これならばまだ救いようがある。
何故ならまだ人間の心を有しており、化け物ではないのだから。
しかしこのころの両親はもはやその心さえも持ち合わせていなかった。であればその化け物は一体何になってしまうのか。人間が人間を捨てた場合、その矛先は一体どのような場所へ行ってしまうのか。
その結論は多種多様にあるだろうが、その中でも白駒に向けられていたものは最悪の極みであった。
それは。
「あああああああああああああああ!!!」
部屋の中には白駒の声が轟いていた。
その姿は至る所に痣が出来ており、見ているだけでも苦しくなってしまうほどだ。
さらにその四肢は鎖で拘束されており、その近くには何やら見たこともないような色をしている点滴のようなものがぶら下げられていた。
その点滴は今この瞬間も動き続けており、気味の悪い液体を白駒の体内に流し続けている。それは雫が落ちる度に白駒の体に激痛を走らせ、同時に叫び声を発生させた。
その空間には、大量の機器が置かれておりに鈍い光を発しながら輝いている。それらはリアルタイムで白駒の健康状態を監視しているようで、理解できる人間が見ればその情報を読み取れるような形になっていた。
そしてその様子を観察しているのは、黒菜と白駒の父親と母親。
部屋には鍵がかけられており外部からこの部屋に侵入することは出来ない。
二人は何やらマスクと手袋をしながら手に持っていた紙のようなものにペンを走らせて行った。
「………これは、駄目だな。体が自然に抵抗できてしまう。もう少し濃度を上げなければ効果的とは言えないな」
「そうね。このままじゃ、無駄に体を刺激してしまう可能性すら出てきそう。計算し直すわ」
実の両親である二人はそう呟くと、苦しんでいる白駒のことなど気にも留めず黙々と作業を進めていった。
そこには一切の心がなく、まるで何かの道具を使っているような雰囲気が醸し出されている。流れている空気に温度はなく、言葉や動作に温かみは一切感じられない。
それはまるで極寒の大地に投げ出されたような寒さを充満させていた。
拘束されている白駒はもはや顔に感情は浮かんでおらず、荒い息を発しながら口を開けてしまっている。
「はあ、はあ、はあ……………」
見るとその体には確かに暴力によって作られてしまった傷も確かにあるのだが、それ以外にも体を内部から侵食するような斑点や内出血が多く浮かんでいた。
その全ては幼い白駒の精神を一瞬で崩壊させ絶望の渦に突き落としていく。
四肢を縛られている白駒は両親に抵抗することすら出来ず、生きがいだった姉の顔すら見ることが出来なくなっていた。
当然それを仕向けているのは両親であり、間違っても黒菜ではない。
ここまで言えばある程度わかるかもしれないが、両親の心は白駒を完全に道具としてしか見なくなっていたのだ。
以前まではまだ白駒に暴力を振るうことはあっても一人の人間として認識していた。黒菜という天才と比べるだけの価値を見出していたのだ。
しかし今は違う。
そこにかける気持ちも愛情も心もない。
それは果てなき地獄としてかつてないほどの痛みと苦しみを幼い白駒の体に打ち付けていた。
これが完全に無視するなり、捨てるということに繋がっていればまだよかったかもしれないが、この二人はあることに白駒を利用しようとしたのだ。
二人が今、白駒を実験台にして行っていること。
実際の人間を使って、新たなる薬を作り出す実験。
つまり身も蓋もなく言ってしまえば、新薬開発の臨床実験だ。
本来新薬の臨床実験というものはよっぽどのことがない限りマウスやモルモット等を使って行われる。
新薬というものは基本的に生み出された時点で、どのような作用を人間に齎すかわかっていない。もちろん主となる効果は判明しているが薬というものは絶対に副作用が存在する。
つまりそれがどの程度の確率で起こり、人間に害がないかを確認するために悍ましい話ではあるが、マウスやモルモットに実験台になってもらっているのだ。
だがそれは必ずしも完全な回答を返してくるとは限らない。なにせどう頑張ってもマウスやモルモットは人間とは違う。大きさも違えば体内に宿している組織自体が根本的に異なっているのだ。
よって医者や研究者にすれば時差際の人間を使ってそのデータを収集したいというのが究極の理想になる。
しかしそれは倫理的に間違っているし、そんなことをしてしまえば確実に犯罪者になってしまう。そもそも人間を代償にして新薬を生み出そうとしていること自体禁忌に触れてしまうことなのだ。
まともな心を持っている者であればそもそもそのような考えにすら至らないだろう。
だがこの二人は心が普通ではなかった。
新薬は一度開発し、その安全性が保たれてしまえばかなり大きな金が動くことになる。ここまで医療が進歩している時代において、新薬を作り出すということは基本的に医学界に新たな風を呼び込む。それは結果的に各地の病院や診療所で使用され、開発者の下に多額の金が転がり込んでくるのだ。
白駒の両親は大きな病院を経営している医者である。
それはつまり医学界に大きな影響力を持っていることを示し、その知識を生かし白駒を新薬の実験体をして使っているということだ。
はっきり言ってしまえば親が子供を生贄にするような行為自体、許されることではないのだがこの二人にそのような気持ちはない。
あるのは白駒という便利な道具をいかに利用するか、ということだけ。
それがさらにこの地獄を加速させていくことになり、白駒に苦痛を与えていった。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
新たに付け替えられた点滴から今度は濁っている黄色の液体が白駒の体に注がれていく。それは一瞬で体内にまわり、体中の神経を破壊するかのような痛みを白駒に走らせた。
このようなやり取りがここ数か月続いているのだが、ここで毎回その光景に涙を流している人物がいた。
それは当然。
「やめて!!!お願いだからこれ以上白駒を傷つけないで!!!も、もうお願いだからやめてよ………!!!」
部屋のドアを外側からドンドンと叩きながら叫び声を上げているのは白駒の姉の黒菜だ。
その顔は既に大量の涙で濡れてしまっており、綺麗な黒色の瞳は赤く充血してしまっている。
そもそも白駒の両親が白駒を実験体にして新薬の開発をしようとした原因は黒菜の身体的な問題が原因だ。
黒菜は生まれつき体が弱かった。これは医者である両親が見ても治すことの出来ないもので、生活にはそこまで支障はないが確実に黒菜の体を蝕んでいたのだ。
それは黒菜が六歳になったころからかなり深刻な状況に発展していき、両親はその体質を改善させるための新薬開発に乗り出すことになった。
結果、元々白駒のことを良く思っていなかった両親は白駒を実験台に選び、次々と効果を示しそうな薬を投与しながらそのデータを蓄積させていったのだ。
新薬の臨床実験はごく普通に自給の高いバイトとしても出回っているように、よほどのことがない限り痛みや命の危険が伴うことはない。
しかし今、白駒に投与されている薬の数は尋常ではない量になっている。塵も積もればという言葉があるように既に満身創痍になっている白駒にとって、もはやどのようなものが体内に入ってきても痛みを伴うようになっていたのだ。
これは普通の人間なら既に死んでいてもおかしくないレベルの惨劇なのだが、何故だか疲弊はしているものの白駒という少年の命は潰えなかった。
だがそのせいでさらに実験に拍車がかかってしまう。
「ほう。これはなかなかいいかもしれないな。よし、このデータを下にさらに研究を進めるぞ」
「ええ。わかったわ」
そしてこの臨床実験は両親が病院の経営と同時に行っていることなので、一応休憩時間というものがある。両親も普通に表では働いている以上、どうしても空いてしまう時間は存在するのだ。
つまりその時間こそが黒菜が白駒に寄り添える瞬間ということになる。
今日もその実験が終わると両親はその実験室から早々に出て行き、仕事に行ってしまった。
その隙を見計らって黒菜は鎖で縛り付けられている白駒の下に駆け寄る。
「白駒!!!」
黒菜は涙を拭いながら急いでその体に刺さっている点滴を抜き取り、四肢を縛っている鎖を取り外した。鎖の鍵は一応部屋の壁にぶら下がっているため、黒菜であっても使用可能だ。おそらく白駒にさえ触らせなければいいという判断の下設置されているのだろう。
地面に投げ出される体はもはやどこに力を込めていいのかすらわからないような雰囲気を滲ませており、そのまま黒菜の体に倒れこんできた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………。私がもっと元気だったら、私が天才じゃなかったら、私が生まれてこなかったらあなたにこんな辛い思いはさせずに済んだのに。本当にごめんなさい!!!」
体を投げ出してきた白駒の体を黒菜は涙を流しながら抱きしめる。
黒菜は聡明だ。
それはつまり今のハクがどれだけの痛みと苦しみを味わっているか理解しており、両親がいかに非道なことをしているのかということも把握している。
しかし今の黒菜にとってそれを打開する手段は持ち合わせていなかった。いかに天才であっても自分の体が弱い上に地域の警察まで牛耳られていては動けるものも動けない。
以前であればまだ両親の隙をついて外に出かけるということも出来たのだが、今はそれすら出来ない状況が出来上がってしまっている。
この部屋は四六時中監視カメラが作動しており、白駒が妙な動きをすればすぐに警報が鳴る仕組みになっているのだ。
それはつまりずっと傍にいる黒菜の行動を制限しているものでもあり、もはや二人に自由というものは与えられていない。
するとここで黒菜の言葉を体温を受け取ったハ白駒が返答を返すように首を小さく横に振ってきた。
それは何の罪もない黒菜を庇うような動作で、それがさらに黒菜の心を締め付けた。
本来であれば声を出して自らの姉と話したいところなのだが、先程から受けている臨床実験の痛みによって喉から湧き出てくる絶叫のせいで喉がつぶれ声が出ない。
それさえも理解してしまった黒菜はもはやこの環境に絶望しながら白駒を只管抱きしめることしかできなかった。
逃げ場のない地獄。
これこそが小園白駒だったころの桐中白駒に襲い掛かった理不尽な現実だ。
人間とは認知されず、道具として使われる日々。
そして自分が愛していた姉が泣く姿。
この全てが白駒の心を苦しめていった。
この永遠とも思える日々はまだまだ続いていく。
だがここで思いがけないことで急にこの日々が中断されたのだ。
それは小園白駒という少年をさらに孤立させるものであったが、この地獄の日々から抜け出せたことを考えればかえってよかったのかもしれない。
そのような考えを抱いてしまうほど、小園家という場所は腐りに腐りきっていた。
では一体この家族に何が起きたのか。
連日連夜投与され続ける新薬。
それに使われる点滴や医療器具。
これらの血液経路から齎された、油断と希望。
簡単に言えば、使いまわされた注射器によって白駒が後天性免疫不全症候群、つまりエイズを発症してしまったのである。
次回はハクと黒菜の過去が終了します。
もう少し掘り下げてもいいかも、と思ったのですがただでさえ戦闘描写が少なくテンポが悪いので、先にお話を進めることにします!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




