第十話 過去、一
今回はハクの過去を掘り起こします!
では第十話です!
俺の過去を語る前に一つだけ言っておかなければいけないことがある。
この話は確実に誰も幸福にはしない。
バッドエンドというわけではないが、それなりに不幸が詰められている。
今考えればとても四歳児が耐えられるような環境ではなかったし、身体的にも精神的にも惨いものだっただろう。
だがそれを耐えたのは俺ではなく桐中白駒だ。
その結果があのような凶暴な人格を生み出すことになったのかもしれないが、その記憶を受け継いだ今ならそれも理解できてしまうかもしれない。
つまりこれは一般的な世界に蔓延っている家庭内問題や虐待という範疇の話に収まらない。
当然警察に見つかっていれば一瞬で逮捕されてもおかしくない事態だったのだが、それを言ったところで無駄な状況が出来上がっていたのも事実。
よって今から語るのはどうしようもないくらいに逃げ場がない絶対的な地獄の話だ。
これを聞いてどう思うかはわからない。
だが間違いなく何故俺がその環境を受けて生きていられたのか、疑問に思うだろう。
しかしそれはある意味リアに感謝しなければいけない事柄でもある。
では始めよう。
俺と黒菜、いや姉さんの話を。
小園家という家系は代々医師を多く輩出している家だ。
その結果それなりに大きな「小園病院」と呼ばれている病院も経営していた。
当然、その子供たちは親の言いなりになるように医学を専攻しその病院を継いでいく。それは仮に子供たちの学力が低くても社会の闇と精通するようなやり方を駆使し、全員を医師としての地位に押し上げるという状況が確立されていた。
そんな中、小園家に新たな子供が二人産まれることとなる。
それこそが小園黒菜と小園白駒であった。
この時の白駒はまだ桐中の名字にはなっておらず実の両親と姉に囲まれて生活していた。
否、あの光景を目にして生活という言葉を口に出せるかというところは疑問ではあるが。
病院関係の裏にはどの時代においてもそれなりの闇が存在する。
それこそ明らかに怪しい組織や議員との癒着。金にものを言わせる問題が確固として渦巻いていた。
もちろん全ての病院においてそれが行われているかと言われるとそうではない。むしろそのような裏事情があるところのほうが少ないだろう。
とはいえこの「小園病院」とその一族にはその全てが当てはまっていた。
だがこういった行為を繰り返しているといずれその化けの皮が剝がれ、自滅の道をたどる。
しかもそれは必ずしも油断や慢心からくるものではなく、神から与えられたような突然的な異分子によってかき回されることだってあるのだ。
そして今回、この「小園病院」と小園の家系は黒菜と白駒という姉弟によって崩壊した。
二人が何かをした結果壊滅したわけではない。
ただそこに存在しているだけで多くの問題と出来事を引き起こしてしまったのだ。
しかしその原因は小園白駒ではなく、大半が小園黒菜によるものだ。
この姉弟がごく普通の姉弟ならば何の問題もなかっただろう。
だが、現実は違った。
身も蓋もなく言えば。
小園黒菜という少女は神すら凌駕するレベルで天才だったのだ。
小園黒菜は天才。
幼き頃の白駒の脳内にはその事実が常に渦巻いていた。
かといってその事実を罵倒するわけでもなく否定するわけでもない。むしろそんな女性の弟として白駒は自分が誇らしかった。
だがそう思っていたのは白駒と黒菜の二人だけで、周りはまったく違う。
つまり。
「何度言ったらわかるんだ!!!これだから馬鹿は困る!!!」
「本当よ!!!なんで黒菜はこんなにも優秀なのにあなたはそうじゃないの!!!こんな子供産まなきゃよかったわ!!!」
という、本来誰よりも愛さなければいけないはずの両親がこのような有様だったのだ。
白駒と黒菜の両親は小園病院を経営している医者だ。何やら聞くところによるとこの日本でそれなりに権威がある医師のようで小園という家系は、業界においてかなり有名らしい。
それゆえに二人は自分たちの子供に相当な期待を寄せていた。
学力というものはある程度遺伝も関わってくると言われていたりするが、必ずしもそのようなことはなく結果的に本人の努力次第で変わってくるものだ。
普通の親ならばそれは絶対に理解しているし、いくら医者の家系だからといって子供に過度な期待をかけることはないだろう。
だがそれを狂わせた人間がいる。
それこそが。
「二人ともやめて!!!白駒は何も悪いことはしてないじゃない!!!コップを割ったくらいでそんなこと言わないでよ!!!」
小園黒菜という人物だ。
ここで振り返ってみても小園白駒という少年は同世代の子供たちと比べても特段劣ったところはなかっただろう。しかし隣にいる自らの姉と比べられてしまうと、さすがにどうしようもない。
小園黒菜という少女は天才だ。
生まれて間もないころはまだそうでもなかったが、時間が経つにつれその真価は目覚ましいものになっていった。
二歳の段階では既に大人と同じレベルの会話が可能となり、四歳のころには難関大学の入試問題を一度見ただけで解き去ってしまうというわけのわからない現象を叩きだしたのだ。
この天才っぷりは世間でもかなり評判となっており、多くのメディアから取材が殺到することもあった。
しかしそれゆえごく普通であるはずの小園白駒と言う少年は霞んでしまう。結果的に両親の普通というレベルは黒菜に設定されてしまい、白駒はいわれもない暴言を突きつけられているのだ。
すると白駒を庇うように目の前に立ちふさがった黒菜を見た父親はさらに苛立ちを湧き立てると、黒菜には優しい口調で言葉をかける。
「黒菜。下がっていなさい。お前は体も弱いんだから、こんなクズに関わっていたら馬鹿が移ってしまう。お父さんはお前が一番大切なんだ」
実の息子を蔑ろにし、優秀な娘だけを褒めたたえ大切にする。この事実だけでも十分に狂っているが、この過程の問題はこのレベルに留まらない。
「さあ、黒菜。お母さんが遊んであげるわ。こっちにいらっしゃい?」
母親は父親に続きそう呟くと、まだ五歳になったばかりの黒菜を抱きかかえ無理矢理外に連れ出してしまう。
「ま、待って!は、白駒!」
母親によって黒菜は白駒から引き離されてしまうと、発していた言葉すら最後まで言わせてもらえずに姿を消した。
それを歪んだ表情で確認した父親は当時三歳であるまだ小さな白駒に向かって拳を振り上げる。
「これで思う存分殴れるな。お前がもし仮に黒菜と同じレベルで頭がよければこうはならなかったんだ。精々自分の人生を恨むといい」
その瞬間、まだか弱い白駒の体に拳が付きつけられる。
一応この両親は権威のある医者だ。つまり人間のどの部分を攻撃すれば死に、苦痛を与えられるかを熟知している。
よってこの時の白駒は生と死の狭間を彷徨うようにただ只管その痛みを受け続けたのだ。
これは黒菜という人物が常識を超える天才だったがゆえに起きてしまった事態だ。
しかしそれは黒菜が悪いわけではない。
もちろん白駒が悪いわけでもない。
当然ながらこの場で悪者になってしまうのは実の両親であるこの二人だ。
とはいえ、黒菜という人物が持っていた驚異的な頭脳はそんな二人を狂わせてしまうほど甘い香りを放っていた。
その結果がこれである。
産まれてから三年しかたっていない少年に向かって拳を振り上げる親など、普通は考えられない。
しかしこの時の小園家はこれが普通の環境だったのだ。
だがここでもう一度言うが黒菜は天才だ。
五歳という年齢には見合わない頭脳を持ち合わせている。
よって実の弟を両親とは違い大切に思っていた黒菜はどうにかして白駒の身の安全を守ろうとした。
小園家はどうやら地域の警察とも強い繋がりを持っているらしく、交番に届け出たところですぐにもみ消されてしまう。かといってまだ五歳である黒菜には考えることは出来ても大の大人に敵うほどの力は持ち合わせていない。
そして黒菜が考えた末に導き出したのが、白駒を出来るだけ家の中にいさせないことだった。
つまり時間があれば黒菜が白駒を外に連れ出して時間を潰す。そしてご飯の時間になったらその都度一瞬だけ帰宅する。
このようなサイクルを黒菜は計画したのだ。
だがそれでも白駒につけられていく傷は減る気配を見せない。
そんな時、黒菜はいつも通り白駒の手を引きながら両親の目を掻い潜るように外出していた。
訪れたのは公園。
これも今まで何度も訪れた場所で二人には既におなじみの場所だ。
そこで黒菜は白駒をベンチに座らせ、体に刻み込まれている傷の様子を確認していく。
「ここ、痛くない?凄い内出血してるわ………。今の私に手当てすることはできないけど、今はここでしっかり体を休めなさい。いいわね?」
「うん………」
そう呟いた黒菜は白駒の隣に座り、その体を温めるように抱きしめた。
「温かい?」
「うん………」
「よかった。だったらまだ私もあなたも生きてるわね。人間はやっぱり冷たいものより暖かいもののほうが安心するもの。私に出来ることはこれくらいなんだけど、ごめんなさいね」
黒菜はこの歳でなぜ白駒が両親から虐待を受けているのかということをしっかり理解している。その原因は自分という存在にあり、ごく普通に生きていくはずだった白駒の人生を壊していることも全て把握していた。
だからこそ黒菜は白駒と二人っきりになると毎回一度は謝ってくる。
それは自分が白駒に何もしてやれないことに対してでもあるが、何より自分という存在が生まれてしまったことに対する謝罪の意味が込められていた。
自分さえ生まれなければ白駒をここまで傷つけることはなかった。
こんな地獄のような日々を植え付けられることはなかった。
その自責だけが今の黒菜には積もっていっている。
だがその謝罪はこれも毎度白駒の言葉によってはじき返されてしまう。
「姉ちゃんは悪くないよ………。悪いのは全部僕だ………」
それはまだ幼いなりに白駒がはじき出した答えであり、とても悲しい言葉だった。そしてこの言葉を吐きだす白駒はいつも何か魂を抜き取られたかのような表情を浮かべる。
その顔は黒菜の心をさらに締め付けることになるのだが、今の白駒にそれを理解しろと言うのは無茶だ。
だから黒菜はその言葉が返ってくると、出来るだけその体を温めるようにしっかりと白駒を抱きしめる。
そしてこれも既に日常化してしまっているのだが、黒菜はその後決まって少し長めの話をするのだ。
「ねえ、白駒。私はあなたを愛しているし、ずっと守っていきたいと思っているわ。でも今の私じゃあなたにしてあげられることがほとんどない。だから私はあなたに生きる術を説くわ。いつかあなたの役に立つと信じて」
「………」
こうなると白駒は何も言葉を発さなくなってしまう。
それは黒菜の言葉の意味をまったく理解できないからなのだが、それでも黒菜は話すことを止めない。
「白駒。例えばだけどあなたは四つある季節のうち一体どれが好きかしら?」
「………?」
「春、夏、秋、冬。日本にはこの四つの季節が存在しているわ。人によって好みは分かれるけれど、それには色々な理由がある。で、白駒はどの季節が好き?」
白駒はその言葉にしばらく考え込んでいたが、視線を黒菜の瞳に向けるとゆっくりと回答を返していく。
「夏…………かな」
「そう、夏ね。だったらあなたは夏に他の季節にない魅力を感じている。だからこそ私の質問に対して夏を選んだ。多分その理由は白駒の心の中を覗かない限り深淵まで読みとることは出来ないけれど、その隙という気持ちはあなたの中に確固としてある感情よ。そしてそれは季節だけに当てはまるものではないわ」
「?」
ここで黒菜は言葉を区切ると、空に上がっている太陽を眺め見るように手をかざす。
「好き、愛する。英語にすればライクとラブ。この二つは正直言って全く違うわ。私が白駒を愛しているという感情と白駒が夏を好きっていう気持ちは別物。だけどその中にある温かい温度だけは一緒なのよ。それは人に伝染すると心を温め、幸せにする。人によって幸せの形は違うし好意の押し売りだ、なんて面倒くさがられることだってあるわ。でもだったらまず、人を愛し好きになることを覚えなさい。そうしなければ相手の気持ちなんてわからないわ」
「人を好きに………?」
「そう。今のあなたは私のせいで氷の茨に囚われてしまっている。それは多分このまま待っていても壊されるどころか、むしろ増殖するだけ。だからあなた自身が内側からそれを破りなさい。そうすればあなたの人生、とても輝くものになるわ」
黒菜はそう呟くと家では絶対に見せないような眩しい笑顔を白駒に向けてくる。
白駒にとって黒菜が話していることはまったく理解できない。
しかしそれでも黒菜が、自分の姉がこうやって話をしてくれる時間は白駒にとって唯一心が休まる時間だったのだ。
「うん、わかった」
白駒は少しだけ表情を明るくして黒菜の言葉に頷く。
すると黒菜は本当に幸せそうな顔をして、言葉を返してきた。
「いい子ね。さすが私の弟だわ。ならまだ時間もあるし少しだけ遊びましょうか」
「うん」
そう言うと黒菜は立ち上がり地面に足をつけた。
しかしその瞬間、黒菜の体があらぬ方向にふらつく。
「姉ちゃん!」
「だ、大丈夫よ。少し立ち眩みがしただけだから。ほら遊びましょう?」
「うん………」
黒菜は産まれつき天才であるのと同時に体がかなり弱い。それは時間が経過していく度に深刻な状態になっていたのだ。
こればかりは白駒にも理解できる。ゆえに気を遣った言葉を投げかけるのだが、それは今のように全てうやむやにされてしまうことが多かった。
白駒も黒菜をとても大切に思っているのであえてそれ以上問い詰めることはなく、この日も姉と一緒に一日を生き抜いていく。
これがこの時の白駒にできる精一杯であった。
そしてこの姉との日々こそが白駒が耐えてきた地獄の中で見えた希望の光。
自分を大切にしてくれる姉との生活はこの頃の白駒の心を支えていた。
だがこれでこの地獄が終わったわけではない。
むしろここからが本番だ。
黒菜が六歳、白駒が四歳。
つまり現状から一年が経過したころには小園家は本当の、いや本物の地獄へ変化していた。
次回は正直言ってかなり残酷な過去を描きます。今回よりも酷い描写が多くなります。
ですがこれもこのシナリオを書くうえで大切なことだと思っていますので、応援していただけると幸いです!
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