<4>
謁見の途中で部屋を強制退室したイヴンは、テオティに手を引かれて宿の廊下を足早に歩いていた。
先を歩く姫は、相当頭にきているらしく、歩く速度を変えずにどこかへ向かっている。
「姫様、どちらへ?」
イヴンがおずおずと尋ねると、彼女は前を向いたまま返事をした。
「お部屋です。
もう今日はお休みになってください」
「え、しかし・・・」
自分の部屋はさっき通り過ぎたが?
イヴンが頭上に『?』マークを浮かばせながらついていくと、テオティが廊下の一番はしにあった扉に手をかけてイヴンと一緒に中に入った。
そこは、イヴンの部屋と同じつくりの内装なのだが一体どこなのだろうか。
部屋の奥の方は、明かりが燈してあるようで明るい。
しかし、テオティは奥に進まずに扉の前に立ち止まったまま、イヴンの手を両手で包んだ。
「イヴンさん、申し訳ありませんでした。
父があんなひどいことを言うと思わなくて・・・。
気分を害されたでしょう」
彼女が上を向くと、悲痛な表情をしていることに驚いた。
姫は、王から自分への罵りを己のことのように心を痛めている。
「王のおっしゃっていたことは、どれも正当です。
自分がガーディアンの使命を全うできなかったのが悪いのですから。
姫が心を痛める必要はどこにもありませんよ」
そう言って重ねられた彼女の手を握り返した。
「では、余計なことをしてしまいましたか?」
不安そうに尋ねるテオティに率直な意見を述べた。
「いいえ、嬉しかったです。
というか・・・驚きました」
まさか魔本に入れた張本人をかばうとは思わないではないか。
だが、テオティは首をかしげた。イヴンの心情をわかっていないようだ。
「何に驚いたんですか?
案外簡単に二人っきりになれたからですか?」
「え?は??」
前半の問いは正しいが、後半がおかしいだろ。
しかも、その声は扉とは反対側から聞こえた。そちらにソロソロと視線を送ると見慣れた青年が壁に寄りかかっていた。
「!?
ビ、ビルマさん!」
「にひひ。
12分と35秒ぶりっすね、イヴンさん☆」
なんでか、この部屋にはビルマがいて、なんでか、彼は実にさわやかな笑顔でイヴンの驚き顔に応えた。
「大丈夫☆
テオティ様と二人きりで手を繋いで見つめ合ってたなんて、ゼノンさんや王には内緒にしておきます★」
「なにが大丈夫なんですか!?
誤解です!」
イヴンはテオティに握られていた手を解いて左手を顔の前でぶんぶん振って否定した。
「妙に焦っててますます怪しいですな~。
テオティ様も否定しませんしー?」
はっはっは!と景気よく笑い飛ばすビルマはかなり楽しそうだ。
本当に人をからかうのが好きらしい。
テオティはほどかれた手を握ったり開いたりして、きょとんとした顔でビルマとイヴンを見ている。
「手を握って目線が合っていたのは事実ですし、何かおかしなことが?」
決定的に天然だ。
そうじゃないでしょ。そうだけど。そうじゃないだろ!
こうしてイヴンが一人焦っていると、部屋の扉が三回ノックされた。
訪問者らしい。
直後、ノックの音を聞きつけたのか、部屋の奥から城の召使らしき女性が小走りでイヴンたちの前に躍り出た。
そして、イヴンと召使が互いに困惑した表情を浮かべる。
「召使の方がどうしてここに?」とイヴン。
ゼノンが魔法でここに呼び寄せたのだろうか。
でも、なぜこの部屋に?誰の部屋?
まさか・・・
「テオティ様謁見はもうおすみなのですか?
しかし、今のノックの仕方はゼノンさんのものだと・・・」と召使。
やはりテオティの部屋らしい。
気が動転して、自分の部屋にイヴンを連れてきてしまったのだろう。
でも、なぜビルマがここにいるのだろう。
姫の部屋は護衛官であるゼノン以外、男子禁制のはずだが?
ここで再び扉がノックされた。先ほどと同じで三回叩かれる。
召使いわく、この扉の叩き方はゼノンだというので、一番扉に近いイヴンがドアノブを回した。
ガチャ
「!
シャリオン殿、なぜこのお部屋に?」
扉の前には少し驚いた顔をしたゼノンが立っていた。
ゼノンの手が、ノックする形で止まっている。
「あの、決して自分から入ったわけではありません・・・が、すみません」
姫自身に部屋に連れてこられたのだが、入ってはいけない部屋に入室したのは事実。
謝っておくべきだろう。
イヴンが低頭すると、ゼノンは困ったような表情で薄く笑った。
「なるほど。テオティ様に連れてこられたのですね。
でしたら、シャリオン殿を咎めたりはしません。
テオティ様。
シャリオン殿には違うお部屋を借りております」
そう言うと、扉を全開してイヴンの部屋の方を指し示した。
すると、テオティは口元に手を当てて目を見開く。
「まぁ!すみません、私ったら!
イヴンさんは違うお部屋でした!」
えぇ!?本気で間違えてたのか!?
勘弁してくださいよ・・・と、イヴンはうなだれた。
しかし、軽快に笑い飛ばす者もいる。
「もう、テオティ様はおっちょこちょいだな~☆」
なぜか姫の部屋に堂々といたビルマが、自分には非がないかのようにケタケタ笑っているのだが、当然ゼノンに怒られるわけで。
「ビルマ、お前は『おっちょこちょい』で入室していたのではないのだろう?」
いつまでも廊下に立っているわけにもいかず、部屋に入ってきたゼノンは、テオティとイヴンの間を通り抜け笑い死にしそうな部下に声をかけた。
声音はいつも通り穏やかだが、顔が相当怒っているのだろうかビルマが顔をひくつかせる。
「そ、そんな怖い顔しないでくださいよ。
食堂に着いたら、ネコちゃんが部屋で食べたいって言いまして、ネコちゃんの部屋ってテオティ様と同じ部屋じゃないっすかー。
だから、ここに来たわけですよ。
それでぇ、『メアリ、一人で食べたくない。お兄ちゃん一緒にいようよ』ってつぶらな瞳で言われたもんですから、ネコちゃんが食べ終わるまで待っているわけです」
『だから無実!』と両手を上にあげる。
それを聞いたゼノンは、『しょうがないか』と首を軽く横に振り、ビルマに退室するよう指示をだそうとした。
しかし、部屋の奥から飛び出してきた少女によってそれは妨げられた。
「テオちゃんおかえりなさっ・・・
イヴンだ!!お話終わったの?
あっ!メアリに会いに来てくれたの?」
白いフワフワの寝巻きに着替えた少女が、黒い尻尾をひらひらさせてイヴンの衣服にしがみつく。
すでにお風呂に入ったのか、いい香りがする。
たしか、食事をとっていると聞いた気がするのだが?
「ごはん食べ終わったのか?メアリ」
少しかがんで目線を合わせるとメアリはニコニコと笑った。
「うん、食べたー♪
お風呂にも入ったよ。
今ね、せんせいにお手紙かいてるの」
穏便に済みそうだった場に嵐が上陸しそうだ。
「・・・ほう。
入浴まで済ませたと」
ゼノンはそういいながら、冷や汗をかきはじめているビルマの方に冷たい視線を送った。
その視線を受けて、ビルマはわざと視線をはずしてわたわたと手を動かし、言い訳をはじめた。
「あ、あぁ!
それがですねぇ、食べ終わった後にネコちゃんがアダムさんの話を始めたものですから、メイドたちが食いついちゃって☆
ま、テオティ様が帰って来てから退室すればいいかなーなんて・・・あだ!!」
お約束。
壮大に後頭部をはたかれた。
「何がいいものか!
まったく、お前達も仕事をしろ!」
ゼノンが拳を震わせながら、部屋の奥で待機していた召使たちにも怒鳴りつけた。
初日からこんな事態がおき、頭にきてしまったのだろう。
召使たちは、あたふたとテオティの食事の用意や着替えの準備をしはじめ、ビルマはゼノン自らに首根っこをつかまれ退室。
メアリは、自分が怒られたわけでもないのに怯えてテオティの後ろに隠れ、ゼノンが退室するまで震えていた。
イヴンはそんなメアリの頭を、手袋をした手で撫でてから、姫の部屋を後にした。
―その翌日、テオティとメアリは部屋のテラスで優雅に食事をとろうと席についた。
「いいお天気ですね。メアリちゃん♪
今日も沢山歩きますから、朝からいっぱい食べて元気つけましょうね」
青空の下、召使達が食事を運び終え、白いカップに紅茶を注ぐ。
街の人々も少しずつ動き出し、活発な掛け声が聞こえてくる。
テオティは食事を摂らなくても平気な体になっているが、味だけ楽しむことにしたらしい。
「おいしそうなのいっぱいだねぇ」
メアリは心なしか元気がなかった。
それもそのはず。
そばにゼノンが立っていたのだ。
そわそわと落ち着かないメアリの様子を見て、ゼノンは苦笑した。
「テオティ様、本日は9時にはこちらを出立いたしますので、それまでに食事をお済ませください。
では、私は出立の準備をしてまいりますので、失礼いたします」
本当は準備など昨晩のうちに終わらせておいたのだが、そわそわする少女が可愛そうだったので部屋を退室することにした。
だが、テーブルを背にして歩き出すと同時にテオティが声をかけてきた。
「ゼノンさん!
よければイヴンさんにも朝食をご一緒していただきたいので、お呼びしていただけますか?」
目をキラキラさせて頼まれたのだが、それを叶えることはできなかった。
「申し訳ありません。
シャリオン殿は1時間ほど前に食事を済ませておいでです。
今はご自分のお部屋で荷造りをされています」
イヴンは6時には起床し、すでに一人で食事を済ませていた。
荷造りだって昨晩のうちにほぼ済ませており、今は魔法書を開き、勉学に励んでいる。
テオティは感心してしまった。
「お早いのですね。
では、私も明日は早く起き、ご一緒させていただきましょう☆」
あくまでポジティブな姫だ。
だが、そんなにうまくいかない。
「テオちゃん。
イヴン、きっと一緒に食べないよ。
片手で食べるのはお行儀悪いから、みんなの前で食べたくないってよく言ってるもん」
「まぁ!でしたら、私が食べさせて差し上げますからなんの問題もありません♪」
どこが問題ないのだろう。
イヴンはそれが嫌だからさっさと一人で食事を済ませたのかもしれないな。と思うゼノンだった。予定通り、姫一行は9時に街を出発した。
今目指している隣国イースティックの首都には、あと街を6つほど巡らなければならない為、昨日より歩みをペースアップしていた。
「今日は早いね〜」
メアリは笑顔で隣を歩いているビルマに声をかけた。
しかし、帰ってきた返事&声は意気消沈していた。
「そうだね〜、早すぎだね〜…。
お兄さんはもう死ぬかもしれないよ。
低血圧なんだよねー。
血が足りないんだよねーぇ…」
喋るたびに語尾が消えていく。
最後の方などほぼ聞き取れないので、メアリは一生懸命ネコ耳をビルマに近づける。
「まだ歩き出して30分しか経っていないのに弱音を吐くな。
シャリオン殿を見習え。
見ろ、あの軽い足取りを」
昨日とは打って変わって、青白い顔でフラフラと歩き、目が半分しまっている頼りない部下にゼノンが叱責を浴びせ、前方を指差した。
そこには、腕を組んだ男女がいる。
「どこを見習うんすかぁ。
『逃げるような足取り』の間違いでしょぉ…」
その男女とは、つまりテオティとイヴンのことであり、彼女が一方的に彼の腕を掴んでいる形になる。
イヴンはその腕から逃れるように足早になっていたのだ。
手を繋ぐならまだしも、腕にひっついてくるのでかなり落ち着かない。
今まで女性に、こんなに近寄られたことがなく、免疫がない。
顔がほてってしまう。
「イヴンさん、あまりそちらに行かれたら道を外れてしまいますよ?」
逃げるように遠ざかるイヴンの腕を、テオティはすかさず捕まえて自分の方へ引き寄せる。
「はい。
わかってはいるのですが…うわわ」
この姫は男性に触れることにまったく緊張しないのだろうか。
あんまりくっつかないで!と思い、少し身じろいだ。
これがまたテオティに勘違いされるとも思わずに。
テオティはこの避けるような反応に一人傷つき、人知れず瞳に涙を浮かべていた。
そんなに自分と一緒にいるのが嫌なのだろうか…と大いなる勘違いを抱いて。
しかし、すぐに涙を拭って声をかけてくるので、イヴンは気づけなかった。
「イヴンさん!見てください、綺麗なお花です♪」
くっつきすぎることを避けていたイヴンだったが、テオティが自分から近寄ってきて黄色い花を指差しはじめる。
「え、えぇ、はい。
そうですね。はははは」
もう笑うしかない。
きっと、テオティは自分のことを男と思っていないのだろう。
そう思うとなんだか悲しい。
互いに落ち込む二人だった。
出発から2時間後の小休憩に入った時、テオティがイヴンの隣に座って質問を投げかけた。
「イヴンさん、最初にお会いするガーディアンさんは、2年前に首都ルディーンを救った英雄様なのですよね?
私、知識が少なくてそういう噂しか知らないのですが、どのようなお方なのですか?
厳しい修行のせいで顔に傷があったりするのですか?」
昨日の出発前に、最初にイースティックガーディアンに会うことを聞かされていたテオティは、どんな人物なのか想像を膨らませていたようだ。
この会話の裏には、イヴンと親密になるために会話を弾ませようとするテオティの意図が窺えるのだが、やはりイヴンは気が付かない。
「おそらく姫様の想像とは違います。
61代目イースティックガーディアン。
名はミレトス=メディチ。
平民出身で、その2年前の事件後からガーディアンに就任しています。
彼は、働きに行く時以外は家でもくもくと勉強しているか、趣味を昼寝と公言するほど寝るのが好きな性格です。
インドア派の隠れた努力家ですね。
親想いのいい奴です」
イヴンは、テオティの想像している間違ったガーディアンを想像し、眉根を寄せながら説明した。
そして横を見ると、この回答に彼女がニコニコと笑っているので、いいイメージを伝えられたのがわかった。
本当は、イヴンがたくさん喋ってくれたことに気をよくしているみたいだが…。
すると、テオティと目が合い、直後彼女は顔を曇らせた。
「その方と親しいのですね。
お顔がほころんでいます」
いけ好かない表情でもしていただろうか?
言葉にもなにやら棘を感じる。
イヴンは彼女の顔色を窺いながら言葉を返した。
「ミレトスとは魔法学校時に、4年間寮の部屋が同じだったものですから、特に仲がいいんです。
励ましあったり、張り合ったり…背中を預けられる最高の友です」
『最高の友』。
その台詞を言った後、イヴンは後悔した。
テオティの表情が泣きそうな顔になって、声もワントーン下がってしまったのだ。
「素敵ですね…」
全然素敵そうに聞こえない。
「お気に触ることを言ってしまいましたか?」
なぜ彼女がこんなにしょげてしまったのかわからない。
顔を覗き込むと、彼女はパッと明るく答えた。
「い、いいえ!なんでもありません!
私もその方と仲良くなれますでしょうか?」
「えぇ。姫様でしたら、きっとすぐに親しくなれると思います」
イヴンは彼女の反応を不思議に思いながらも、優しく微笑んで返した。
「メアリもね、ミレトスのこといっぱい知ってるよ!」
話題が一区切りしたかと思いきや、メアリがテオティの目の前に座ってニコニコと話を広げてきた。
遊び相手と化していたビルマが、まだ本調子ではないらしくつまらないらしい。
テオティは微笑んで聞き返す。
「メアリちゃんもお友達なのですか?」
「うん♪
ミレトスはねぇ、いつ見ても本もってお勉強してるんだよ。
学校にいたときは、夜、お部屋に戻ってくるとすぐに机にいって宿題やって、10時くらいになるとえーと…あるばいと?にいっちゃうの。
帰ってくるのは朝の4時くらいだったよ。
そんでねー、4時間くらい寝てからいつも学校行ってた!」
なんでも知ってると言わんばかりに、いろんなことを進んで話してくれる。
だが、どうして寮での生活をこの少女が知っているのだろう。
テオティは疑問に思ったが、それよりもさらに気になる質問をした。
「1日4時間しか寝ないのですか??
学費をご自分で稼いでいたのでしょうか」
4時間しか寝ないことに大層驚いた。
自分はいつも10時間くらい寝ている。
生きていけるのだろうか?と真剣に考えた。しかし、メアリは質問に対して首を横に振り否定する。
「んーん。
ミレトス、『とくたいせい』ってやつで学校に入ったから、お金は全部学校から出てたんだって。
あるがいと?(アルバイト)でもらったお金は、おうちにいるお母さんにあげてるって言ってた。
どんなに疲れたときでも、お母さんの笑顔見たら元気になるんだって♪」
「特待生…頭の良い方なのですね。
お母様のためにご自分の時間を割くなんて、すばらしいです」
テオティの中で、ミレトス=メディチの好感度メーターが急上昇した。
『根暗くん』から『親孝行者』に大出世。
「どんな方なのでしょう。
早くお会いしたいですね♪」
ワクワクした思いでイヴンに声をかけた。
しかし、反応は想像していたものとちがった。
「え?は、はい。
まぁ…一応」
会いたくなさそう?
先程まで嬉しそうに話していたのに、今はテオティと反応が入れ替わったように表情が曇っている。
しかも、どこか遠い目をしてため息をついてから、立ち上がった。
「姫様、そろそろ出発いたしましょう」
イヴンは瞬時に表情を明るくし、テオティの手を掴んで立ち上がらせた。
なぜあんな表情をしていたのか皆目検討もつかないが、きっと聞かないほうがいいのかもしれない。
表情をきっぱり元に戻したということはそういうことだろう。
テオティも笑みをつくり、再び二人は腕を組んで歩き始めた。
まぁ、テオティが一方的にだが。




