<3>
男が連れ去られ燦然とした空気の中、一行は宿へ移動し、イヴンはすぐに部屋のベットに倒れた。
部屋の灯をつけないまま、うつぶせになって風に揺らめくレースのカーテンを見つめる。
この街一番の高級宿。
だだっ広い部屋に、高そうな家具が並んでいる。
広い部屋は好きじゃない。
なんだか落ち着かなくて不安になる。
高級家具だって別にいらない。こんなところにお金を使うくらいなら平民に寄付する。
しかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「悪魔の手先・・・」
無意識にそうポツリと呟き、左腕で枕を引き寄せて顔をうずめるイヴン。
今度は強い意識を持って一人呟いた。
「悪魔は根絶やしだ」
それから1時間後、19時になった頃。
ゼノンとビルマが、イヴンの部屋の前に来ていた。
コンコンと扉を叩き、声をかける。
「シャリオン殿。
少々お時間いただけますでしょうか」
・・・
返事がない。
「寝てるんじゃないっすか?
疲れてたみたいだし」
ビルマ自身はまったく疲れていないようで、のんきに手を頭の後ろに回して壁に寄りかかっている。
「そうだろうな。
だが、起きてもらわなければシャリオン殿自身が困るはずだ」
ゼノンは、「失礼」といって部屋の扉を開けて中に入った。
すると、続けて部屋に入ってきたビルマが真っ暗な部屋に驚いた。
「うわっ。真っ暗・・・。
イヴンさんじゃ何も見えないんじゃないっすか?」
自身は暗い中でもはっきり家具が見えているようで、普通に部屋の奥へと進んでいく。
そして、月明かりで照らされた部屋にイヴンを見つけた。
その部屋の主は、ベットにうつぶせになってピクリとも動かない。
二人はしばし硬直し、勝手な想像を膨らませた。
「え?っえ??
死んだ!?死んでる!?
『悪魔の手先』って言われたのがそんなにショックだったのか!?
イヴンさん!ちょっと!!」
起きろぉ!とビルマは叫び、イヴンを揺れ動かした。
すると、揺すられて目を覚ましたイヴンが慌てて飛び起きた。
「わっわ!なんですか!?
悪魔ですか!?」
爆睡していたらしく、かなり寝ぼけて、黒守岩の武器を魔法陣から取り出した。
「のわぁ!!あぶねぇ!!」
大げさに飛びのくビルマ。
かなりビビッて、ベットの反対側の壁まで遠ざかる。
そんな部下に、何をやっているのかという視線を送ったゼノンはイヴンに剣をしまわせた。
「お休みのところ、申し訳ありません。
10分程お時間いただけませんでしょうか。
王との謁見が行われますので、シャリオン殿も同席していただいたほうが良いと思いまして」
「魔法で通信するんですね。
もちろん行かせてもらいます」
自分はまだ王にきちんと謝罪もしていない。
謝罪しても今の状況は変わらないが、何もしないでわだかまりを抱えているよりましだ。
「参りましょう。
謁見は私共の部屋で行われます」
ゼノンはいつも通りの笑顔で立ち上がり、「行きますよ」と今だ壁に張り付いている部下に声をかけ、部屋を出た。
「イヴンさん!
すみませんお疲れのところ謁見だなんて。
やはり、休んでいただいたほうが良かったかもしれません。
今日はたくさん小休憩をおとりしましたし・・・」
ゼノンたちの部屋の前に着くと、心配そうに駆け寄ってくるテオティがいた。
後ろには眠そうにうとうとしているメアリが壁に寄りかかっている。
しかし、イヴンはまたもや彼女の言葉を誤解した。
「申し訳ありません。
明日は早く進めるようにしますので」
「いえ!そうではなく!
休憩は何度とっていただいてもかまわなくて、その・・・」
噛み合わない二人。
この二人は、なぜこうなる?という顔でゼノンは二人に声をかけた。
「お二方、部屋の中へどうぞ。
王がお待ちしていることでしょう」
「「あ、すみません」」
二人がゼノンに対して同じ反応をし、なぜか重なったことに謝りあいはじめた。
へこへこしあう横で、いつのまにかメアリを背負ったビルマが顔をしかめる。
「あれを見て殴りたくなるのは俺だけかなぁ。
な、ネコちゃん?」
それに対して、少女はうとうとしながらも反論した。
「イヴン殴っちゃだめ~・・・」
「ですよねー」
ビルマはケタケタ笑ってから、部屋に入ろうとするゼノンに「先にこの子に夕飯食べさせてきまーす」と告げて食堂のある下の階に降りていった。
ビルマたちは王との謁見を許されていないようだ。
ゼノン達の使う部屋は、イヴンの使う部屋よりも少しばかり狭かったが、普通の宿の部屋に比べれば2倍の広さという十分謁見に適した場所だった。
テラスに面した窓が開け放たれ、白いレースのカーテンが緩くなびいている。
部屋の中央に目を移すと、テラスの方を向いている椅子が一つだけ設置してあった。
それは、姫であるテオティが座る場所であり、他に椅子は見受けられない。
ゼノンとイヴンには、席が設けられないのだ。
護衛官であるゼノンは、姫の斜め前右の壁よりに立ったままの姿勢で待機し、姫の護衛官でもなく王族と関係のないイヴンは、その斜め後ろに控え、床に方膝を立てた姿勢で待つことになっている。
そして、王の許可があるまで決して顔を上げてはならないという掟があるので、かなり辛い姿勢になる。
だが、そんな態勢で待たされるのにも関わらず、イヴンは方膝をついたまま自分は寝てしまわないだろうかと心配していた。
それほど疲れているのだ。
すると、突然テオティが声をかけてきた。
「イヴンさん、椅子をお出しできなくて申し訳ありません。
早めに終わらせるようにしますので、しばしの間ご辛抱くださいね」
心配そうに見てくるその瞳は、本当にイヴンに申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
そんな彼女にイヴンは微笑んで返した。
「ご配慮いただき、ありがとうございます。
できれば謝罪のお時間もいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「イヴンさんがお父様に謝罪をなさるのですか?なぜ?」
『なぜ』?
自分は、ガーディアンのくせに、守るべき国と姫を窮地に追いやったんだぞ。
罰さえも受けていないのだから、せめて謝罪はしておくべきではないだろうか。
イヴンは以上の事をテオティに述べたのだが、当事者である彼女は真剣な面持ちで、首を左右に振った。
「謝らなければいけないのは、私の方です」
そう言って、白く細い指をイヴンの瞳に近づけた。
「え?」
イヴンは彼女の意図がわからず、思わず身を引いて避けてしまった。
その行動はいけなかったらしい。
突如、彼女がひどく傷ついた表情をしてその手を自分の胸の前まで戻し、澄んだ瞳が波打ち始めた。
泣かせた。
女の子を泣かせてしまった。
白い頬に一粒の涙がこぼれている。
「申し訳ありません!
姫様、え、あ・・・。
姫様が嫌で避けたわけではなく!
その・・・う・・・」
うろたえまくるイヴンは今この瞬間、全世界を敵に回してしまったような心地だ。
彼女が泣くと、不安で不安でしょうがなくなってきた。
そんな異常事態に、後から部屋に入ってきたゼノンが気づき、驚いた様子でテオティに駆け寄った。
「どうされました!」
彼は、彼女がどこか怪我を負ったのではないかと誤解してきょろきょろと顔や腕を見たのだが、当然どこにも傷や打った後は見当たらない。
そして、ふいて泣いている彼女の顔を心配そうに見てから、イヴンに目で問いかけた。
「す、すみません。
俺が避けてしまって」
こちらもかなり動揺していて、まったくゼノンに状況説明ができていない。
ゼノンは仕方なく、テオティに尋ねてみた。
「シャリオン殿に何かされたと?」
直後、彼女は首を左右に大きく振って答えた。
「違うのです!ごめんなさい。
私が勝手に泣いているだけで・・・」
結局何が起きたのかわからないではないか。
これ以上二人に問いを投げかけても、答えは見出せないと判断したゼノンは、とりあえず涙を拭くことを提案した。
「涙をお拭きください。王が心配されます」
「はい。すみません。
もう大丈夫です」
白いハンカチを受け取り、涙を拭ったテオティは強くそう答えて席に移動した。
そして、彼女は席に座る前にイヴンに一言告げた。
「ごめんなさい」と。
イヴンは困惑して何も言えなかった。
姫は何を伝えたいのか・・・。
しかし、それ以上考えている時間も与えられず。
「シャリオン殿」
ゼノンに早く床に膝をつくように言われてしまった。
「はい!すみません。
お願いします」
イヴンは王との謁見のことだけを考えるようにした。
ゼノンがテオティの斜め前に立ち、短い呪文を言い終わると、先ほどまで緩く揺れていたレースのカーテンに魔法陣が出現し、そこに肩より少し長めの黄色い髪を一つに束ねた青年が現れた。
その人物は実際にイヴン達のいるところに現れたわけではない。
青い軍服は所々が透き通り、ここには肉体がないことを知らせている。
これは王の間の映像だ。
ゼノンはその青年に軽く会釈をしてから、声をかけた。
「ミラさん、遅くなりました。
テオティ様とシャリオン殿をお連れ致しました」
王の護衛官であるミラは、その声に気づき、いつも通りの生真面目そうな顔で振り向いた。
そして、テオティを視界に入れると深々と頭を下げ、軽い会話を交わす。
「テオティ様お元気そうで喜ばしい限りです」
テオティはそれに微笑んで答えた。
「ミラさん、こんなお時間までご苦労様です。
城に異常はありませんか?」
「はっ。
城に異常はなく、王の体力も順調に回復しております」
「一安心しました。
ミラさんにはいろいろと頼りすぎで申し訳ないです。
お忙しいのに、いつも父のわがままにつき合わさせていてお休みもしっかり取れないのでは?
無理はなさらないでくださいね」
「ありがたきお言葉。
しかし、王の少々無茶なご命令は、ほどよく受け流していますのでご安心を」
最近の王の無茶というのは大抵、『テオティと一緒に旅にでる準備をしろ!』とか『ずっと床にいるのは疲れた!旅行・・・他国の視察にいこう!』とかだったりする。
テオティは、それをミラが『賛同しかねます』『お元気でなによりです。では早速仕事を』などといって冷たくあしらっているところを想像して笑ってしまった。
そんなテオティを見て、ミラもかすかに口元を綻ばせたが、部屋の隅にいるイヴンを見つけると一気に表情が暗くなった。
まだイヴンには謝り足りないくらい、負い目を感じているようだ。
「シャリオンさん、謁見が終わりましたらゆっくりとお休みになってください。
ゼノン、ご苦労。
王をお呼びする」
「はっ」
さっとやり取りを終わらせ、ミラが踵を返して後ろの方に歩いていくと、玉座に座った王の映像が映し出された。
ミラは、なんでか玉座で前のめりになっている王の隣に待機した。
「テオティーーー!!」
王の第一声がこれ。
よっぽど娘に会いたかったのか、目をキラキラさせている。
そんな父親にテオティは少し困った顔をした。
「お父様・・・お体が順調にご回復されているということで安心いたしました」
「あぁ!ダウトにつきっきりで診させたし、テオティの顔を見るだけで力がわいてくるとも♪」
話を聞く限り、ダウトとは王室つきの医者の名前で、王が姫をかなり大切にしていることがわかった。
ノーザンの妃はテオティを生んで他界している為、王はその分娘に愛情を注いでいるのだろう。
イヴンは、そんな大事な姫を魔本に入れて、王と引き離してしまった。最悪だ。
「テオティ、辛いことはないか?
足りないものがあったらなんでも送らせるぞ?」
相変わらず目をキラキラさせて、前のめりになったまま娘に話しかける父親。
しかし、娘から発せられた次の言葉で一気に表情と雰囲気が冷めてしまった。
「大丈夫です。
ゼノンさんとイヴンさんがついていてくれますし、足りないものはありません」
「・・・」
『イヴン』というキーワードがいけなかったらしく、王は壮大に顔をしかめた。
「ゼノン、なぜ奴まで同室させている。
不愉快だ」
部屋の隅に控えている銀髪の人物に目を向けて、顎で退室を命じた。
そんな正直に言われると何もいえない。
イヴンは、部屋を出ようか出まいか迷っていたが、ゼノンが王の言葉に反応した。
「はっ。
しかし、王からもシャリオン殿におっしゃりたいことがあるのではないかと思いまして」
チラッと両者を見たがどちらも動かない。
イヴンは謝罪をしておきたかったが、顔を上げていいという指示がでていないので動けないでいる。
「余計な気を回すな。
・・・部屋に戻れ」
王が口を開いたかと思ったら、やはり退室を促されてしまった。
ここはおとなしく引き下がるべきか・・・そう思い、イヴンは立ち上がろうとしたのだが、今度はテオティが眉間にしわを寄せてイヴンに味方してきた。
「お父様。
イヴンさんはひどくお疲れの中、お父様に謝罪をなさりにいらっしゃったのです。
追い返すなどと・・・」
娘からの反論に少し驚いた王だったが、『謝罪』という言葉を聞いて、前のめりになっていた体を背もたれにあずけ、鼻で笑った。
「謝罪?っは!そんなもの無用。
しかも、ガーディアンの地位につくものが一日の旅路ですでに疲労しているなど、地位剥奪も考えられるな。
疲れているのなら部屋に戻られよ。
これ以上私の気分を害すな」
もうイヴンの存在自体を認めたくないのか、目を背けてハエを追い払うように手をパタパタさせている。
この行為は、テオティの逆鱗に触れた。
いきなり椅子から立ち上がり、ドレスをぎゅっと掴んで叫ぶ。
「気分を害しているのはお父様の方です!
イヴンさんに謝ってください!
イヴンさんは、いきなり右目を失明して苦労なさっているのです。
ノーザンのシールドも張ったまま旅をしていますし、国のために尋常ならざる魔力を払っているのですよ?」
イヴンには、テオティがどうして親に反発してまで自分をかばってくれるのかがわからなかった。
自分は魔本の主で、こんな旅につき合わせてしまっている張本人なのだから、恨まれるのが普通だろう。
どうしてこんな必死に・・・。
こうしてイヴンが不思議に思っている一方、王は、愛娘がいけ好かない野郎の味方をしていることに一層機嫌を悪くしていた。
「シールドを張るのはガーディアンの役目で、当たり前のことだ。
右目とて、己の力のなさで光を失ったのだろう。自業自得だ。
そんなガーディアン失格な奴にこうして魔本封印の機会を与えてやっているのだ。
逆に感謝してほしいものだ」
冷たい物言いだが、まさにその通り。
イヴンも同じ考えだった。
「はい。
ノーザン王には多大なるご迷惑をおかけしているのも関わらず、このように機会を与えていただき、その寛大なお心に身にしみる想いでございます」
言葉を発していい許可を得ていなかったが、顔をうつむけたままイヴンは王の言葉に答えた。
師匠から声を奪ったのは許せない。が、ガーディアン失格の自分にチャンスを与えてもらったことには本当に感謝している。
「ふん。
今更私に媚を売ってもなんにもならんぞ。
お前はそこそこ人望が厚いようだが、所詮魔法貴族。
いつ本性をあらわすことやら。
魔本封印を成功させるまで私の前に姿を現すな」
素直なイヴンの言葉に片眉を動かした王だったが、話を続ける気はなく、勝手に喋られたことに少し腹を立てて、さらに愚痴を重ねた。
これがまたもやテオティの地雷を踏んだ。
「ひどいです。
お父様、ひどいです」
先ほどより強くドレスを握り、小刻みに震えだしたテオティ。
「テ、テオティ?」
娘の異変に同様を示し、微動だにできなくなった王。
テオティはそんな父を強いまなざしで見つめ、泣くのをこらえているような震えた声で叫んだ。
「イヴンさんはそんな人ではありません!
何も知らないで、いろいろ決め付けるなんて・・・最低です。
お父様なんて嫌いです!!
イヴンさん行きましょうっ」
え?行きましょう?
イヴンがわけがわからないまま、顔を上げることができずにいると、ハイヒールの音がカツカツと近づいてきた。
そして、床しか見えていなかったところに空色のドレスが現れ、白い腕がイヴンの腕を掴んで立ち上がらせて部屋の外までひっぱりだした。
「え!?ちょ、ちょっと、あのっ!?」
もっと円満に話を終わらせたかったのだが、腕を振りほどくわけにもいかず、イヴンはそのまま部屋を退室した。
部屋に残されたゼノンはあっけらかんとしてその場から動かず、ミラは眉間にしわを寄せて横で放心状態になっている王に目を向けた。
「き、嫌い・・・テオティが私を?
なんであんな奴と手をつないで??」
仕舞いに笑い出して、完全に壊れた。
ゼノンがそんな王を気遣い、声をかける。
「王、お気を確かに・・・」
控えめな声でそう告げると、王がバッと表情を険しくしてゼノンを指差し始めた。
「お前にそんなこと言われたくないわ!!
あんな奴をお前がここに連れてきたからこうなったのだぞ!
ミラ!なんとかしろ!」
王は頭にくると、すぐにミラに頼む癖がある。
ミラは嘆息し、謝罪をしようとするゼノンを手で制した。
これもいつもの光景。
「ゼノン、いい。
今の王には何を言っても無駄だ。
もうお前も休め」
「はっ。お手数おかけします」
二人の間で話を終了させ、ゼノンは低頭してからテオティの使用していた椅子を元の位置に戻し始めた。
王はもちろん、この光景を見てさらに激怒。
「お前ら、勝手に終わらせるな!!
聞いてるのか!!おっ・・・」
映像も消して強制終了。
こんな失礼なことをしても、ミラが王をなだめてくれるので心配ない。
「姫様はどちらへ行かれたのやら」
ゼノンは苦笑してから、テオティを探すために自分達の部屋を後にした。




