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第13話 中村親子

 隙間町の片隅に、ひっそりと寂れた喫茶店が存在する。その扉を定年近そうなサラリーマンが開けた。店内はカウンターとテーブル席が二卓のみしかなく、狭い。そしてカウンター内には、やる気のなさそうな様子の女が暇そうにしていた。

 女……中村華恵(はなえ)は四十代にも五十代にも見え、ふけた顔をしている。白髪が混ざる髪を雑にまとめており、服は店員とは思えない普段着だ。清潔ではあるが、それだけだった。


「ハナさん、そば茶ひとつ」

「コーヒーひとつね」

「まんじゅうもあれば最高なンだがねェ」

「ケーキは売り切れよ」


 噛み合わない会話をしながらサラリーマン……狭間はカウンター席に座る。そして持っていた紙袋から木箱を取り出した。寄木細工が美しい、大きめの箱だ。


「それが依頼ってことかしら」

「ここでケーキなんて見たこたァねェが、メニューにはあンのかィ」

「我ながらほれぼれするほど完璧な封印箱だけど、これ解くのたいへんなのよね」

「お代はてきとうな石で頼むヨ」

「これ、中身は?」

「どうせ聞いてンだろゥ、最近また大量入荷があったンだ」


 すれ違ったまま会話が進む。華恵は寄木細工の箱を手に取り、しげしげと眺めながら。狭間はだるそうに頬杖をつきながら。



★★★



 華恵がコーヒーを用意することもなく、箱に集中してしばらくたったころ、もうひとりがやってきた。華恵の息子である華南かなんだ。店の奥は自宅につながっており、そこから出てきた華南は、店をぐるっと見渡した。

 まずは母親である華恵を見て、それから狭間を見る。狭間……年若い青年実業家風の男は、カウンターに突っ伏して寝ていた。


「母さん、コーヒーも出さずになにやってんの」

「うるさいわねぇ、ちょっと静かにしてて」

「狭間さんも寝ちゃってるし……まったく、仕方のない大人たちだな」


 近隣にある進学高校の制服をブレザーだけ脱いで、華南はコーヒーを淹れ始めた。ふわりといい香りが店内に満ちるころ、狭間がのっそりと顔をあげる。そしてしばらく、ぼーっとした表情でぼーっとしていたが、ややあってからぼーっと華南を見た。

 その前へコーヒーがさしだされる。狭間はカップを手に取り口元へ運んだが、飲まずにソーサーへ戻した。


「……カナちゃん、おじゃましてるヨ」

「いらっしゃいませ、狭間さん」

「相変わらずハナさんの子とは思えないほど礼儀正しいねェ」

「はは……それで本日のご用件は? ウワサになってる大量入荷と関係してますか」

「おつむがいィ子は話が早くて助かるヨ。結界のメンテと、そいつの処理だ」


 そいつ、といって狭間は寄木細工の箱へ視線をやる。華南はそちらを見もせずに、自分のぶんのコーヒーを注ぐと、カウンターを回り込んで狭間の隣へ座った。


「結界は先月確認したばかりだと思いますが、なにがあったんです?」

「そいつが中に入っちまったンでね、内側に問題がないか見てもらいてェのさ」


 そいつ、といって狭間が指さしたのは華恵が見ている箱だ。


「なにが入ってるんでしょう?」

「しちめんどくせェ術だってことしかわかンねェから、ここへ持ってきたんだ」

「なるほど、母待ちですか。母さん、開けるなら部屋でやってよ」

「んん〜これは……あん? なんだって?」

「中身が危険そうだから、部屋行けって言ってんの。店番はオレがするから」

「あ、そう? それじゃ頼んだわよ」


 箱を持って奥へ消えていく華恵を見送ってから華南は、すみません母が、と苦笑いした。狭間は少し冷めてきたコーヒーを飲んで答えないが、その表情は気にしていないように見える。

 中村一家と狭間のつき合いは、そこそこ長い。華南の祖母であり華恵の母である中村一華(いちか)が存命だったころから世話になっている。一華は国内有数の結界師で、華南の師匠でもあった。

 狭間の店にほどこされている結界は一華の手によるものだ。その存在を薄れさせ、来店者を選別し、敵を排除する。本人の出入りに応じて自動で強度を変更するほか、結界に詳しくない狭間でも多少は調整可能だ。


「あの子にはアタシのすべてを教え込んである。華恵に結界の才能はなかったが、その子どもである華南は天才さ。いずれアタシを追い越すだろうよ」


 一華が亡くなる前、体調が思わしくなくなってきたころに狭間が聞いた言葉だ。狭間はそのときのことをよく覚えている。そのとき華南はまだ中学生だった。にもかかわらず、一華は仕事を華南へ引き継いだ。

 もっとも華南当人は、未熟者が金をとって仕事するなんて、と恐縮していた。狭間からしてみれば、どちらも凄腕の結界師に見えるのだが違うらしい。一華の言葉を華南に伝えても、


「いつかばあちゃんを追い越せるって言われても……そのいつか、って何十年後の話ですか?」


 と情けない顔をするばかりだ。


「オレなんてまだまだです。あの結界だってメンテナンスがせいいっばいで、一から作るなんて無理な話です」

「ハナさんはメンテすら無理なんだろゥ?」

「母はたしかに結界に関してはあんまりですけど、狭間さんだって道具は母に頼むでしょ?」


 結界師の子どもは結界の才能はなかったが、術のかかった道具を理解し、作り改造して解体する才能はあった。一華は華恵に結界の才能がないことを嘆きはしたが、責めることなく別のことをさせたのである。

 ちなみに一華も華恵もそして華南も、コーヒーを淹れる才能はイマイチだ。まずくはないが、とびきりおいしくもない。今いる喫茶店は華南の父が親から引き継いだものである。

 華南の父は残念ながらコーヒーへの情熱も喫茶店の夢も持ち合わせていなかったので、ふつうの会社員だ。華恵たちの事情はあるていど知っているものの、深く関わろうとしない。だが実は、中村家のなかで一番コーヒーを淹れるのがじょうずだ。


 狭間は華恵が去っていった奥を見てから、オレンジ色の目を隣へ移した。華南はコーヒーを飲みながらスマートフォンをチェックしている。


「すみません、行くのは来週末でもいいですか? ちょっと試験があって……それにたぶん、あの調子だと母の結果が出るのも一週間くらいかかりそうですし」

「そうかィ、そんじゃ来週の土曜に待ってるヨ」


 華南の本業は学業だ。結界師の仕事もしているが、それは仕方なくやっている面も強い。狭間のように、一華の残した結界をメンテナンスしてほしいという者が多いのだ。

 まだ結界師を本業にするつもりはないが、そういった客に迷惑をかけたくない。長期間仕事から離れると腕がなまる。結界の作成は時間がかかるけれど、メンテナンスならそうでもない。そういった理由から華南はアルバイトていどに結界師をやっていた。

 だから狭間も無理は言わない。子どもは、子どもであれるうちは子どもであるべきだ。狭間はそう考えている。すでに華南は子どもの枠からはみ出しつつあるが、だからこそ、できる範囲で子どもでいてもらいたい。


 出されたコーヒーをすすりながら、狭間はぼんやりと隣を見る。成長途中の身体はやや細めだけれど、顔立ちは整っているといえた。進学校で上位の成績を維持しているとも聞く。結界師でなければ、もっと違う青春が送れただろう。

 だから若すぎる結界師にあまり負担をかけるのは本望ではない。とはいえ、結界のメンテナンスは必要だ。結果、なるべく最小限にしたいという結論になる。

 本来なら定期メンテナンスはもっと後のはずだった。思わぬ来客で迷惑をかけてしまうのは申し訳ない。


「カナちゃん、毎回すまねェな」

「……狭間さん、いつもオレに謝りますよね。母さんにはなにも言わないのに」

「ハナさんには謝る必要がねェだろゥ」

「オレにもないですよ」

「そうかィ? ま、こっちの事情ってェやつサ」

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