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第14話 中村 華南

 華南にとって狭間は憧れの対象だ。女性の気を引きそうな、若くて見目のよい外見。いつもこぎれいな格好をしており、いかにも金がありそうだ。実際、彼の力を考えれば金に困ることはないだろう。

 あんな大人になりたい。

 華南がそんな話を母にしたら、最初へんな顔をされ、そのあと大爆笑された。そして華恵は、やれるもんならやってみればいいと答えたのだ。その言葉の裏には、どうやっても無理だろうという予想が見え隠れしていた。


 狭間の力は結界師のなかでも……それどころか、そういった人間離れしたものたちのコミュニティでも有名だ。記憶と感情、経験と知識を操る異色の力。同じような能力を彼以外で聞いたことがない。

 弟子がいると聞くので唯一ということはないだろうが、比較的数の多い結界師と比べればレアな存在だ。だからその全貌はよくわかっていない。記憶を自由に見て、出し入れ可能らしいということしかわかっていなかった。

 もっとも、それだけでもとんでもないことだ。華南が想像できないような、恐ろしい使いかたもあるだろう。


 狭間の店にほどこされた結界は、華南が知る中で一番強固で複雑なものだ。それだけのものが必要だと、一華は判断した。そういうことだと華南は認識している。

 だからそのメンテナンスは、一番気を使う仕事だった。憧れの相手に情けないところを見せたくないというのもあるけれど、緊張感がほかとは違う。

 店の周囲に展開されている特殊結界、店の外側を覆う結界、内側を保護する結界。店にある金庫には特に頑丈な結界が追加されており、さらにそれら結界を支えるために地面にも結界が敷かれている。

 よくこれだけのものを祖母は作り上げたものだ。見るたびに華南は、感心を通り越して呆れている。


「外側は問題ないですね……調整機能がほんの少しズレかけてますけど……」

「あァ、ちィとばかし乱暴にあつかっちまった」

「なるほど、次の定期メンテまで保ちそうですけど、念のため直しておきますね。こっちも……だいじょうぶ。さて問題の中を見ましょう」


 地面に敷かれた結界には、結界の本質である守る機能はいっさいない。ただただ、ほかの結界をサポートしフォローするための結界だ。そちらはまったく揺らいでいなかった。

 幻覚を見せ客を選別する特殊な結界にも、ほころびは見られない。もともと、ふつうの人間にしか効かないようなものだ。ふつうでない襲撃者には意味がない。

 狭間のいうように問題は中だけなのだろう。華南は建てつけの悪い扉を開けて中を覗き込んだ。まずは結界の外から確認する。特に気になる点はない。次に中へ入り、内側からも確認する。


「……術を抑え込んだ形跡がありますね」

「ハナさんも、あの道具は一度発動しているはず、とか言ってたヨ」

「はい、オレも聞いてます。あの道具の術は完成までに時間がかかるらしいです。結界が反応して抑えたことで、うまく術が完成しなかったんでしょうね」


 クマのあみぐるみは、華南の想像以上に多機能だった。まずは空間を支配し、外部へ転送する陣を作成開始する。その後、店内にあるもののうち、鉱石を選別して吸収。完成した転送陣で特定の場所へ転送。最後は爆発して証拠隠滅。

 クマの目というにしては多くがついていたボタンにはそれぞれ、空間支配・陣作成・選別・吸収・転送・爆発・干渉阻害の術がこめられていた。最後の干渉阻害は、各術が干渉しあわないように調整するものだ。

 ボタンひとつの解析でも華南がやったら、一週間はかかる。一週間かけて完全にわかるかも不明だ。華恵に結界の才能がないように、華南には道具の才能がない。


 華恵にいわせると、この道具を作ったひとは変人だ。小さなボタンに術をこめるだけでも疲れるのに、それがいくつもある。小型化するにしても、もっとやりかたがあったはず。

 華恵だって同じものを作れと命令されたら作れる。しかし作りたいとは思えない。材料を集めるのがまずたいへんだ。小型のあみぐるみに納めるのもめんどうで、やってられない。しかも最後は爆発してなくなってしまうなんて、コスト対パフォーマンスが悪すぎる。


「ま、失敗したんだから、いいきみよね。しかも私に解剖されてんだから、ざまぁみろ、って感じよ」


 そう説明を締めくくった華恵を華南は思い出す。華南の勘では、おそらく華恵知り合いが作った道具なのだと思われた。華恵のような仕事は細工屋、道具師などと呼ばれるが、彼女が解析に一週間もかけるようなものを作れる相手は限られている。

 ふつうでないものが集まりがちな隙間町には、華恵以外にもうひとり。沖縄の離島にひとり、京都にふたり。海外で有名なのはドイツにいる老婆で、一華とも交流があった。

 あの言いかただと、華恵と仲が悪い京都の双子道具師かもしれない。そんな想像をしながら結界をチェックしていく。

 あみぐるみの術は、鉱石を吸収する途中で止まっていた。おそらくアオガネが手に取ったせいだろう、というのが華恵の推測だ。なぜアオガネが手に取ると止まるのか華南にはわからないが。


 金庫にほどこされている結界には、なんの形跡もなかった。中にも追加で結界があるとは思わなかったのかもしれない。術は結界になんの影響もおよぼさなかった。

 とはいえ金庫の外にもディスプレイ用の宝石が置かれている。なんの変哲もない、ただの宝石で特別な効果はないらしいが。それでも高価なな石もあるから、盗られないにこしたことはない。

 内側の結界が抑えたのはおそらく、陣を作成しようとする最初の術だ。許可のないものによる術を阻害する機能が起動した跡があるが、この機能はひとつの術に対処中はほかの術に対応できない。


「このぶんだと店の中、かなり荒れてませんでしたか?」

「あァ、アオガネが片づけたから問題ないヨ」

「やっぱり。うーん、機能を追加しておくべきか悩みますね。でも多重で術を起動されたら、いくつ用意しても間に合わないですし……」


 内側の結界はふだん、そうそう起動しない。だから使ったあとはきちんと確認が必要だ。それを最初から最後まで順に見ていきながら華南はぼやく。

 結界は便利だけれど万能ではない。むしろできないことのほうが多かった。しかし制約が大きいからこそ、その効力は大きい。制約のなかでも、あらかじめ準備しておかなければいけないというのは、一番大きなものだ。


「でもつけ加えるところにも悩むし、安定性を取るなら今のままがベストだから……いっそ、もうひとつ結界を……」

「カナちゃん、カナちゃん」


 華南が考え込んでいたら、とんとんと肩をつつかれた。結界から顔をあげて呼びかけた狭間を見返す。


「どうだったィ?」

「あ、はい。特に問題ないです。結界そのものに影響はないですし、起動した機能の補修もすみました。全体チェックもオールクリア、再起動も予定通り、正常に稼働してますよ」

「そンならよかった、助かったヨ」


 再起動の際に臨時で敷いていた補助結界を片づけて華南が立ちあがる。店内をチェックするとき、狭間はいつも店の外で待っている。繊細な作業をじゃましないようにという配慮からだ。

 中へ入ってきたということは、終わったことに気づいたのだろう。すぐに言うべきだった。


「すみません、お待たせしました」

「そう待っちゃいねェ、それよりお代だ」

「あ、そうでした。母から伝言をあずかってます。質はそこそこでいいから、なるべく大きい水晶。種類はなんでもオーケー。それとなるべく靭性の低い宝石で、質のいいもの。でも劈開性はなしで。あといい感じのウォーターオパールとファイアーオパールがあれば……だそうです」

「カナちゃんのぶんは?」

「オレのぶんも、母の要望にふくまれてるみたいですよ。いつでも考慮されたことないので」


 華南の仕事料は安くない。一華のときから同じ水準だ。物価の変動で上下しているが、大幅な値上げも値下げもしたことがなかった。

 特に狭間の店にある結界は複雑なため、メンテナンス料金も高い。そういう意味で狭間は上客といえた。しかし現金で支払われたことは、ほとんどない。華恵がほしい宝石でもらうことがほとんどだ。道具を作るのに使う。

 おかげで華南もそこそこ宝石に詳しくなってしまった。オパールに水と火があるとか、たぶんふつうの男子高校生は知らない。劈開性という単語も最初はわからなかった。

 ちなみに劈開性というのは、結晶や鉱石が特定の方向に割れやすい性質を持っていることをいう。硬いことでおなじみのダイヤモンドなどがいい例だ。


「これはどうしてるんだィ?」

「メンテに使うダイヤモンドパウダーですか? 高いものでもないから、てきとうに買ってます。あ、もちろん経費で。お小遣いからは出してないから、だいじょうぶです」


 結界の補修にも鉱石を使うことがある。だいたい粉末にして利用するのだが、なかでもダイヤモンドパウダーは便利だ。汎用性が高くて手に入りやすい。

 そうはいっても高校生の小遣いで買うには安くないので、よくわからない言い訳を華南は口走った。後半少し慌てたせいで早口になってしまっている。

 華恵の愚痴をいうと、ときどき本人の耳に入り、あとから説教されるのだ。だから焦ってフォローをつけ加えたのである。それをわかっているのか、狭間はくくっと楽しそうに笑った。


「そうかィ。そんなら余ってるダイヤモンドパウダーをつけとくヨ」

「助かります」

「オパールは選びにきてもらわねェと」

「そうしたら、いつものように請求書だけ置いておきますね」

「精算は後日、ハナさんがきたときに」

「はい」


 封印箱の解除、道具の解析、封印箱を再度利用できるように調整。華恵の仕事に対する請求書は華南が預かってきている。

 その場で結界のメンテナンスにかかったぶんも、請求書を作成した。華南は祖母を手伝っているころからやっているので、慣れたものだ。


「あァ、そうだ。最近、情報屋は店に来るのかィ?」

「湯川さんですか? オレは見てないですけど……オレが店番してないときに来てるのかも?」


 湯川というのは喫茶店にくる客のひとりだ。会うたびに違う顔と声をしている、妙な人間だった。しかしキツいタバコをたくさん吸うので、顔や声が違ってもだいたいわかる。

 華南は彼(彼女)が吸うタバコの臭いが苦手だった。だから来たら覚えている。華南が最近の客を思い出していたら、ふと引っかかりを覚えた。


「……もしかして、今回のって」

「おつむが回りすぎるってェのも、困ったもんだ」

「ぁ、すみません。詮索無要でしたね」


 湯川は名の知れた情報屋だ。金さえ積めば情報を買える。どんな情報でも。たとえば、狭間の店に関する情報とか。

 狭間の店が襲撃され、相手は撃退された。ではなぜ、あのタイミングで、あの道具を使って襲撃されたのか。その疑問が残る。華南でもふしぎに思うのだから、当人である狭間はとうぜん気になっただろう。


 あの道具は狭間の店をあるていど知らなければ作れないはずだ。狭間以外で一番よく知るのは華南である。けれど華南は客の情報や、結界の情報をほかへ漏らさない。たとえ華恵であっても。

 華南以上の結界師が狭間の店を見れば、どんな結界がどのように使われているか、だいたいわかる。だから狭間は結界師を店に入れない。

 結界師でなくとも、そういった力に詳しければ、強固な守りが構築されていることを察することが可能だ。たとえば情報屋とか、そういう目端のきく者が見れば。


 湯川が狭間の情報を売ったとしても、湯川は湯川の商売をしただけだ。責めるのはお門違いである。それに、その情報は完璧ではなかった。だから襲撃は失敗している。

 わざと抜け漏れのある情報だったのか、それとも湯川はそこまでしか知らなかったのか。それはわからない。わからないが、結果として狭間は大量入荷の機会を得た。

 今回の仕事の裏にうずまく、めんどうな事情が見え隠れして、華南は首をすくめる。世の中には、知らないほうがいいことが多い。客の結界情報だけで、華南の手はいっぱいだ。これ以上はいらない。


「それはそうと、今日はアオガネさんどうしたんですか?」

「お遣いに行ってるンだが……そろそろもどるはずだヨ」

「それならオレはその前に」


 帰ったほうがいいのでは、と華南が荷物に手を伸ばしたところで、扉が開いた。そして、がたがたんと閉められる。

 のっそりと薄ぼんやりしたアオガネが立っていた。手には紙袋を持っている。


「おかえり、まんじゅうは買えたかィ?」

「ああ」

「まんじゅう……?」

「あァ、太福屋のまんじゅうだヨ。食っていきな。アオガネ、そば茶を」

「わかった」


 ぬるりとアオガネが動く。相変わらずきみの悪い動きだ。狭間はアオガネから紙袋を受け取ると、中からまんじゅうを取り出していく。

 透明なセロファンに包まれた、小ぶりのまんじゅうだ。机の上に、合計六個。請求書の横に二個、狭間がいつも座っている椅子の前に二個。そして客が座るための椅子の前にも二個。 どうやら、もともと華南と食べるために買ってきてくれたらしい。そう判断して華南は席についた。


「ありがとうございます、ごちそうになります」

「カナちゃんには世話になってるからねェ」

「こちらこそ」


 机の上にあるものが、端に寄せられていく。中央のふしぎな道具だけは、そのままだが。そういえば、この道具をだれが作ったのか華南は知らない。華恵だろうか。

 華南は狭間が力を使うところを見たことがあるけれど、派手さはまったくなく静かな能力だった。石ができるときに、小さくパチパチ鳴るていどである。

 道具がなくても力を使えるのだから、この道具はあくまで補助的なもののはずだ。取っ手は特殊な合金だが、中央のトレイはおそらくただのフェルトのはず。

 観察しているうちにマグカップが目の前へ置かれた。そば茶の香ばしい匂いがする。


「ありがとうございます」


 狭間はいつもひょうひょうとしており、つかみどころがない。そば茶とまんじゅうが好きらしい、ということも華南は今日初めて知った。

 それにしても、パリッとしたスーツ姿とまんじゅうの組み合わせは、なんだか微妙だ。狭間は見るひとによって、違う姿が見える。華南が見ている姿も本来とは違う。けれど狭間は華南に本当の姿を教えてくれない。華南も聞かないようにしていた。

 華恵はわざと本当の姿は見たくない、といって違う姿を見ている。だから華南にも見せてくれない。というのが華南の推測だ。実際は若い子の夢を壊さないように、という配慮である。


「あ、おいしい」

「だろゥ?」


 まんじゅうをかじった華南が思わずつぶやくと、狭間は嬉しそうに目を細めた。

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