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第12話 狭間

「準備はいいかィ?」

「仕方ねぇなぁ」


 嫌そうな顔をする竹下を無視して、狭間は質屋の扉に手をかけた。パチンとなにかが弾ける。そして中からすごい勢いで扉が開けられた。アオガネの仕業だ。


「さっさと出て閉めな」


 狭間の言葉と同時に竹下が動く。正確には竹下が待機させていたカラス三羽とイヌが動いた。カラスのうち一羽は飛んできた何かを弾き飛ばし、残り二羽が飛んできた方向へ向かう。イヌは扉の前に滑り込み、中へ入ろうとした若い女の足に噛みつこうとした。

 そこでようやく狭間が追いつき、振り返る。しかし狭間が次のアクションに移る前、アオガネが先に動いた。外へ飛び出してくると、後ろ手に扉を閉めながら、もう片手を女の頭へ伸ばしたのだ。

 がたん、と扉が引っかかってまた隙間ができる。そこへ女の腕が差し込まれ、扉に挟まれた。痛みに顔をしかめたのは女ではなく、見ていた竹下のほうだ。見るからに痛そうだったので。


「くっ……!」

「おいたが過ぎるヨ」


 狭間が挟まれて動きが鈍くなったところを狙い、女の腕をつかむ。だがそれより早く、女の手は中へ目的のものを放り込んでいた。


「アオガネ、中に入っちまったモンを持ってきな」

「わかった」

「くそっ、ヒッ?!」


 女が悲鳴をあげたのは、アオガネが小さな鳥の姿になって扉の隙間から中へ入ったせいではなかった。狭間に掴まれた腕が、ぼろりと崩壊したせいだ。


「な、にを」

「おや、知ってたろゥ? これが……お求めのモンだ」


 そんなことを言う間にも、女の腕はどんどん壊れていく。正確に言うなら、細かい石屑になっていく。腕だったそれらは空中でうずを巻き、狭間の左手に集まっていく。

 痛みも音もなかった。血が溢れることもない。ただただ、服もふくめて女の腕がなくなっていくだけだ。

 竹下は嫌そうに顔をしかめているが、なにも言わない。敵対者に情けをかける必要はないからだ。しかもこの女はおそらく、動物を支配していた本人である。竹下にとっても許しがたい相手だ。


「あ、あぁ、あっ……!」


 女が我に返り、足元のイヌを振り切って逃げたのは、右腕が半ばまでなくなってからだった。女は軽くなった腕を反対の手で押さえながら狭間をにらみつける。

 そこへ、のっそりとアオガネが出てきた。がたがたん、と今度こそ質屋の扉が閉められる。とたん、キィン、と空気が張り詰めた。


「これがあった」

「こりゃァめんどうな術がかけられてるねェ……おまえが持ってな。離すんじゃァないヨ」

「わかった」


 アオガネが差し出したのは、クマのあみぐるみだった。大きなアオガネの手に乗るていどのものだ。形はかわいらしいが、目に相当するボタンがふたつ以上つけられている。大きさも色も違うボタンには、それぞれ術が込められていた。

 おそらく店内のものを奪うための術だろう。あとで対処すればいい、と狭間は判断した。


「さァて、お嬢さん。これを返してほしいかィ?」

「おい、悪趣味だぞ」


 これ、というのは砂利になってしまった右腕のことだ。なにをするか察した竹下がとがめる。だが狭間は悪びれない。くくっと楽しそうに喉奥で笑うだけだ。明るいオレンジの瞳がにたりと細められる。


「……」


 女はふたりのやり取りを見て、返事をためらっていた。本音をいえば返してほしい。しかし竹下の言葉は、よくないことが起こると予想させた。

 とはいえ沈黙が落ちた時間は、ほんの数秒である。狭間は返事を待つつもりがなかったからだ。左手に渦巻くたくさんの石粒が女の左腕へ襲いかかった。


「?!」


 それらはすべて女の左腕へ吸収され……跡形(あとかた)もなくなった。痛みも音もなく、すっと吸い込まれてしまったのだ。なにか起こるに違いないと身構えていた女が、とまどいの表情を浮かべた。

 その表情はすぐに、別のとまどいに塗り替えられる。女の左腕は半分になった右腕をおさえたまま、震えていた。


「ぁ……な、んっで!?」


 目を見開き驚愕したまま固まっている女に、狭間がゆっくり近づく。それでも女は逃げなかった。いや、逃げられなかった。動けないというべきだろう。

 今、女の左腕には右腕の記憶が植え付けられている。ないはずの右腕が動こうとしていた。それだけでない、右腕としての経験が左腕を動かそうとすればどうなるのか。あらぬ方向に曲がろうとしたり、ささいな力のかけかたひとつとっても左右反対なのだ。

 動きたくても動けない、動こうとしてもうまく動けない。自分の身体が自分のものではない感覚だ。それに混乱して女は正常な思考を失っていた。


 かわいそうに、という竹下のつぶやきがもれる。動物を悪用するとんでもない相手ではあるが、狭間のやりかたは悪趣味としか言いようがなかった。そして同時に、とんでもなく悪辣で有用だ。

 竹下は自身の役目が終わったことを察して、動物たちに帰る指示を出し始めた。精神安定を求めるのであれば、これ以上は見ないほうがいい。竹下はそれをわかっていた。

 狭間が気を失わせるための道具を女に使う。ふだんであれば、かんたんに抵抗できる、ささいな道具だ。けれど混乱して正常ではない女にはあっさり効いた。倒れる前に狭間が抱きとめる。


「シュウちゃん、助かったヨ」

「ちっ、利用しやがって」

「つれないねェ……気をつけて帰ンな」

「わかってる。またな」

「あァ、また」


 竹下が去るのを待たず、狭間はアオガネに向き直った。アオガネはまだ先ほど言われたことを忠実に守っている。


「処置室の準備をしてきな」

「わかった」


 アオガネが走り去る。狭間は女を抱え直し、ゆっくりとその後を追った。



★★★



 翌日、隙間町の脇道通りの裏にある質屋では、大量の石を前に狭間がルーペを手にしていた。並べられているのは、道端に落ちている石にしか見えないものから、美しい宝石までさまざまだ。


「どんなやつでも初恋の記憶ってェのは、やっぱり特別だァね」


 狭間がまず選んだのは大きな灰簾石かいれんせきの塊だ。原石のままだと微妙な色の水晶のようだが、きちんとカットして磨けば美しいタンザナイトになる。


「こっちのフローライトは、ちっと加工してやらねェと」

「動物を憎む感情か……シュウちゃんには言わねェでおこゥ」

「このあたりも、まァ使えるな」


 時折、独り言で品評をはさみつつ、狭間は石をいくつかに分類していく。


「あァ……これこれ。こればっかりは慣れねェなァ」


 そして雑多な砂利にしか見えないなかから、ひとつの黒く濁った石をつまみあげた。それは女が狭間を憎む記憶と感情だ。右腕を奪い、左腕をおかしくし、その結果狂わせた。その結果がこの石だ。宝石とも鉱石とも呼べない、雑多ななにか。

 女は狭間の命より重たいものを狙った。おそらく狭間の命を取ることも躊躇しなかっただろう。それを狭間は撃退した。その結果、女は大小様々な石になったのである。ただそれだけだ。

 理屈ではそう割り切っているが、感情がついていくかどうかは別問題だった。それは長年記憶と感情を操ってきた狭間も同じだ。


「やれやれ」


 手袋に包まれた狭間の指に、ぎゅっと力がこもる。すると、その石は砕けて消滅した。

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