庭園にて
「……はあ。いったい何をやっているんだろう、私は」
パーティー会場を抜けてきた私は、その先にあった庭園へとやってきた。
夜の静けさが満ちるそこにいると、だんだんと冷静さを取り戻していく。
落ち着きを取り戻すと、自分が滑稽に思えてきて思わずつぶやいてしまった。
「勝手に婚約を破棄したくせに、人に言われると傷つくなんて……」
自分勝手にも程がある。
いったいいつの間にこんなにわがままになってしまったのだろうか。
呆れて大きなため息が出てしまう。
「そんなに大きなため息をつくなんて、珍しいね」
「!」
驚いて振り返ると、オルター様が付いてきていたらしい。
心配そうにこちらを見つめていた。
(まったく気が付かなかった……!)
騎士として鍛錬を積んできたので、気配には敏感なはずなのに。
もしかして、それすらも気取れないほど落ち込んでいたのだろうか。
「何か悩みがあるんだろう? 僕で良ければ相談に乗るよ」
「……でもご迷惑では」
「僕にとって君は妹のようなものだからね。迷惑なことなんてないよ」
「オルター様……」
オルター様の優しい笑みは、こわばった心をじんわりとほぐしてくれる。
気遣いに感謝しながら、私はいつの間にかお言葉に甘えて口を開いていた。
「実は――」
―――
「なるほど。自信を無くしちゃったわけか」
「……私は役目すら全うできなかった。騎士団長としての価値はもうありません。それに姫としても半端な存在です」
精霊の加護を継いだ者は、国を守るため強くならざるを得ない。
当然訓練は厳しく、体には無数に傷ができていた。
「そんな私に、女性としての魅力などあるわけがない」
ブレイドの周りにいた女性たちのようにふるまうことも、滑らかな肌もない。
比べるのもおこがましいほどかけ離れた存在だ。
私が勝てるところなど、どこにもない。
「ああいう女性の方が好まれるのは分かっているんです。ブレイドもきっと……。だから今は良くても、いつか失敗したと思われるんじゃないかって」
「だから婚約を結び直すか迷っている、と」
「はい……」
頷いてみせると、オルター様は首をひねった。
「うーん。魅力がないとは思わないけどなぁ。でもさ、君自身の本音はどうなの?」
「え?」
「さっきからブレイドにとってって言っているけど、君はどうしたいの? ブレイドが他の人と結婚してもいいの?」
「……っ」
考えた途端に胸が痛んだ。
いやだ。
そんなところ見たくない。
言葉に詰まる私に、オルター様は困ったようにほほえんだ。
「もう答えは出ているんじゃない?」
「……それは」
「……これでも迷っちゃうんだ」
未だに口を閉ざす私に、オルター様は諦めたようにため息をついた。
「ねえララフィーネ。それなら一度僕と付き合ってみる?」
「……はい?」
予想外の言葉に、素っ頓狂な声がでてしまった。
そんな突然……。
一体どういうことなのだろう。
「冗談ですよね?」
「残念ながら、本気だよ」
そう言うとオルター様は私の肩に手を置いた。
「……君が思い悩む姿を見ていたらさ、そんな思いをさせるやつよりも僕の方がいいんじゃないかって思っちゃった。だって――僕はずっと、君のことが好きだったから」
静かな夜の庭でひそりと告げられた言葉は、少しだけ揺れていた。
肩に置かれた手からジワリと熱が伝わり、真っ直ぐに見つめられる瞳に偽りの色はない。
(オルター様が……私を……?)
「だからダメかな」
頬を撫でられ、びくりと肩が跳ねた。
ゆっくりと上を向かされる。
まるで――キスをするときのように。
「っ! ダメ!」
「――ダメですよ」
私が拒絶を示したのと、後ろから声が聞こえてきたのはほとんど同じだった。
伸びてきた腕がオルター様から引き離すように抱き寄せる。
この力強さは――
「ブレイド……?」
後ろを見上げると、やはりブレイドが立っていた。
けれどそこにはいつもの柔らかい笑みはなく、明らかな敵対心だけが滲んでいる。
「姫様はダメです。絶対に」
もう一度、拒絶の言葉が告げられた。
オルター様は少しだけ眉を上げたけれど、にこやかな笑みで対峙した。
「やあブレイド。久しぶり。ドラゴンの討伐お疲れ様。見事だったって聞いているよ。英雄になれたのだから、君には好きな相手と結婚する権利もある。もうララフィーネのわがままに付き合うことはないんじゃないかな」
「残念ながら私は昔から姫様だけを愛していました。好きな相手と結婚する権利があるのだとしたら、それは姫様以外にありません」
「そう? でもそれっていろんな女の子を知らないからじゃない?」
「知りたいとも思いませんね」
お互いの視線が交差し、火花を散らす。
辺りが緊張した空気に包まれた。
「ふうん、思いは変わっていないんだ? でも君のせいでララフィーネは悩んでいたんだよ。君がララフィーネを放って女性たちに囲まれて笑顔だったから」
「笑顔だったのは姫様の騎士なのだから当然です。変に尖った態度でいれば、姫様の評判に傷がつきますから。……ですが」
ブレイドは一瞬だけ目を閉じた。
そして開けると、不敵な笑みを浮かべる。
「ララフィーネ様にそんな思いをさせるのなら、外面なんて捨ててやりますよ」
浮かんだ笑みは、今までの柔らかいものではない。
挑発的で、執着の滲んだ笑みだ。
「オレにとって一番大切なのはララフィーネ様だ。それ以外にはない。ララフィーネ様が他の誰かと結ばれるなんてことになったら、攫ってでも奪いにいく。絶対に譲らない」
「ブレイド……」
あのブレイドがいつもの笑みを捨て、敵対心をあらわにした。
私を得たいが為に……。
「っ」
ジワリと涙が浮かぶ。
こんなにも想われていたなんて。
こんな覚悟をしていただなんて。
これでは私が悩んでいたことが馬鹿らしく思えてくるではないか。
胸が熱い。
私はその想いのまま、口を開いた。
「……オルター様。私のことを好きと言ってくれて嬉しかった。でもごめんなさい。私、あなたの想いには応えられない」
腰に回された腕に、手を重ねた。
「だって……ブレイドを愛しているから」
「姫様……」
ブレイドは信じられないものを見るかのように目を見開いていた。
それがおかしくて、なんだか笑ってしまう。
「……どうしてもダメなのかな」
「……ごめんなさい」
「そう……。よかった」
「ごめ……え?」
よかった?
聞き間違いかと思い、思わずオルター様を凝視してしまう。
目が合うと苦笑いが零された。
「ごめん。こうでもしないと決断できないかと思って、一芝居打たせてもらったよ」
「し、芝居?」
「うん。君のことが好きなのは本当だよ。ブレイドといる君を見るのが、だけど。僕はさブレイドとララフィーネのセットで好きなんだ」
「セ、セットで……」
「そう。だから後押しさせてもらった」
オルター様はからかうような笑みを浮かべた。
「まあもしもブレイドが来なかったり、君が受け入れてくれたりしたら、そのまま婚約を打診するつもりではあったよ。そのくらいの情はあったしね」
「!」
「でも結果的にその必要はなかった。二人は思いを通じ合わせられたし、僕は推しの絡みを再び見ることができる。最高の結末になっただろう?」
にっこりと笑みを浮かべるオルター様に、なんだか脱力してしまう。
何というかもう、いろいろありすぎて頭が痛くなってきた。
「僕は君の幸せを心から願っているよ」
オルター様はそういうと、幸せそうにほほえんだ。
そして踵を返して去っていく。
嵐のようなひと時だった。




