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通じる思い


 嵐が去り、夜の静けさが戻ってきた。 



「姫様」



 ふと耳元で声がした。

 そういえば……


(今私、ブレイドに抱きしめられたままだった!?)


 自分の置かれた状況を思い出すと、途端に顔に熱が集中する。


「――私たち、話し合いが必要みたいですね」


 いつの間にか口調が元に戻ったブレイドは困ったように笑い、そう言った。

 確かにお互いすれ違いというか、いらぬ配慮をしていた。


 話し合った方がいいというのは賛成だ。


 私は頷き、近くにあったガゼポまで移動することにした。


 ◇


 ガゼポに来ると、涼しい夜風が吹き抜けた。

 高台にあるこの場所は風がよく通り、髪が乱れてしまうため今は誰も利用していない。


 けれど景色は素晴らしく、街を見下ろすことができた。


「……キレイね」

「ええ」


 先ほどからお互いに口数が少ない。

 けれど嫌な沈黙ではない。


 何から話そうか、いつ話すか。そんなことを考えているのがよくわかる。


「……ねえ、ブレイド」


 だから私はブレイドより先に口を開いた。

 なによりもまず聞きたいことがあったから。


「……何でしょうか」

「あのさ、さっきの話だけど……本当なの?」


 先ほどの話。

 ブレイドが私を一番大切に思っているという話だ。


「ええ、本当です」

「私を攫うつもりだったというのも?」

「……はい」


 ブレイドは私がブレイド以外の人と結婚するのを阻止すると言った。

 絶対に許さないと。そうなったとしたら攫ってくれると。


「……身勝手な願いだというのは重々承知しています。姫様のことを想えば身を引くべきだということも分かっている。……それでも嫌なんです」


 ブレイドはすがるような眼差しを向け、手を取った。


「姫様。どうか私を選んでください。私を貴方のものにしてほしい。お願いです」

「……私は」


 手に頬を寄せて懇願してくるブレイドに、胸が切なくなる。

 そんなの、そんなの私の方がふさわしくないのに。

 だって私は……。


「……私は剣の腕も、魔法の腕も中途半端だ。英雄となったお前の隣に立てるような実力などない」

「姫様?」

「何か一つを極めることもできなければ、傷だらけで淑女らしいこともできない。……そんなないない尽くめの私でも、いいというの?」


 そんな何もかも中途半端な女より、もっと素敵な人は他に五万といるだろう。

 私のように面倒な女ではなく、他の誰かの方が――


「――きっと幸せになれると思う。それでもブレイドは」


 ――私でいいの?


 そう問おうとした唇は、いつの間に顔を寄せたブレイドに塞がれていた。


 唇に残される温もり。

 それに気が付くよりも先に、私はブレイドに引き寄せられた。


 破裂しそうなほど主張する心臓の音が耳に伝わってくる。


「……貴方でいいではなく、貴方がいいんです。こんな風になるのは、貴方が隣にいるときだけなんですから」

「ブレイド……今……」

「っすみません。あまりのいじらしさに、自制が効きませんでした」


 思わず顔を上げると、首まで朱に染め上げたブレイドがいた。

 目が合うと潤んだ瞳は鼓動と同じくらい揺れて、それでも私だけを映している。


「恰好つきませんよね。……でも、それでも伝えたい」


 そっと頬に手が伸ばされた。


「……貴方は自分に魅力がないというけれど、違います。むしろ逆ですよ」

「逆……?」

「ええ。私は貴方ほど魅力的な人を、他に知りません。剣の腕が中途半端だというけれど、貴方の剣の太刀筋は誰よりも美しい。無数の傷を受けても、血反吐を吐いても辞めずに、努力をしてきた結果の賜物だ。魔法の訓練も何度も気絶するまで追い込んでいたのを知っています」

「……見ていたの?」


 誰にも見られていないと思っていたのに。

 姫であり、騎士団長であるならば、皆が思い描く理想の姿を崩してはいけない。


 その一心でずっと努力を続けてきた。


 私には国を、民を守る義務がある。

 そのために強くなる。当たり前のことだ。

 だから影の努力など誰も知らなくていい。そう思っていた。


「貴方は皆が思い描く姿になるため努力を惜しまない。どれだけ辛くとも誰にも弱さをみせずに、人前ではいつもの姫様として振る舞う。……それを知っている者は皆貴方に好意を抱くでしょう。……オルター様のように」


 オルター様の名を呼んだとき、ブレイドは僅かに眉をひそめた。

 頬に添えられた手が、先ほど触られた部分を上書きするかのように動く。


「姫様のその姿勢は、国を守りたいという思いは、何より美しい貴方だけの魅力です」

「私の、魅力?」

「はい。姫様は姫様が思うより、いえ、もっとずっと美しい生き方をされています。そんな貴方だからこそ、私も惹かれたのです」


 その言葉は何よりも重く、そして甘く私の耳に届いた。

 ずっと抱いていたコンプレックスを全て、魅力だと言ってくれたのだ。


 ジワリと涙が浮かび、頬を伝う。

 それを拭ったブレイドは、困ったようにほほえんだ。


「貴方の抱える葛藤も、矜持も、矛盾すら、愛おしい。けれど貴方はいつも一人で背負おうとしてしまう。だからこれからは私にだけ、弱さすら見せてください。私は強く美しい貴方を信奉しているのではない。その弱さすら愛し、包み込みたいのですから」

「っ!!」


 こんな情熱的な告白があるだろうか。

 心の底から歓喜がこみあげ、打ち震えた。


 涙がとめどなくあふれてきて、止められない。

 それでも。


「――はい。私こそブレイド、お前を愛しています」


 言い終わるとすぐに唇を奪われた。

 何度も角度を変え、飲み込まれるようなキスが贈られる。


 息が上がるほど深くつながった後、ブレイドはそれはもう幸せそうな顔を浮かべた。


「……やっと捕まえた。もう離さない」

「ええ、私も」


 そうして私たちはほほえみあった。

 きっともう何があっても二人離れることはないだろう。


 それほどまでに愛し合っているのだから。


 Fin



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