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第97話 今はフリーだそうです

 ……各々が何か用事があってリビングにいると言い張っているが、こっちに聞き耳を立てているのはバレバレだった。


「すみません部長。見ての通り、騒がしい連中でして」

「ううん全然! こっちがご迷惑おかけしているわけだし……」


 それと、と言って部長が苦笑気味に俺を見る。


「もう部長じゃなくなったし、諏成(すなり)くんもあたしのことはまどかって呼んでほしいな。もう上司部下でもないし、敬語もナシで」

「……いきなり名前呼びですか。俺は苗字になのに」

「じゃあ諏成(すなり)くんも入浪(いろう)くんって呼ぶ!」


 ……まあ、別に呼び方なんてなんでもいいんだけどさ。


 インフラ整備士だったころは苗字呼びが基本だったけど、今じゃ名前で呼ばれることの方が多いしな。


 クローリスだけは、彼女の推しキャラたる「イスナロ」と呼び間違えるからって苗字呼びしているだけだし。

 ……それでも時たま間違えるのはどうなんだろ。


 それはともかく、俺は頷いて承諾する。


「分かり――分かった。まどかさん」

「さん付け……もっと俺様っぽく呼んでくれても」


 部長――まどかさんが両手の人差し指をツンツンと合わせる。


 何かボソボソと呟いてるみたいだが……よく聞こえないな。


「まどかさん?」

「ひゃい!? な、なんでもないよ!!」


 ビクンと肩を揺らしてまどかさんが慌ててパタパタと両手を振った。


 なんでもないなら別にいいんだが……


 俺は咳払いをしてから一番の疑問を投げかけた。


「それで、まどかさん。会社がなくなったって言ってたけど、いったい何があったんだ?」

「う、うん。実は……社長さんが夜逃げしたらしくて」

『おおう……』


 それはまたヘビーな……


 というか、やっぱり他の皆も聞き耳を立てていたな?


 特に同じ社長であるラッカリカなんか苦い顔でお腹を押さえてるし……ゲームしに来たと言いながらタイトル画面から進んでないのはどうなんだ。


 建前だったとしても、せめてプレイ画面までは進めろよ……


 まあ野次馬の反応はともかくとして、俺は視線でまどかさんに先を促す。


「なんでも粉飾決済だー横領だーとか、詳しくは教えてくれなかったけど、それ以上のことも裏でたくさんしてたみたいで……部署のみんなの給料とかはどうにか手続きができたんだけど、その代わりあたしの給料が……残業代が……うわぁーん!」

「……それでヤケ酒をしてたってわけか」


 なるほどね……知らない間にかなりひどい状況になっていたようだ。


 自分の現状を思い出して再び泣き出すまどかさん。

 俺がせめて慰めようと彼女に近づくと、まどかさんは血相を変えて俺の肩をガシッと掴んできた。


「これからどーしよ!? またお仕事探さないといけないし……前に実家からいい年して恋人の一人や二人も作れないのかーなんて笑われたし! その上お仕事もなくなっちゃったら……うう、うえぇぇぇーん!!」

「待ってくれまどかさん。恋人は普通一人だろ」

入浪(いろう)くん知らない間に可愛い子に囲まれてるクセに―!!」

「みんなは恋人じゃなくて同僚です」

「じゃああたしも仲間に入れてよぉ! 一晩だけでもいいからぁ、あまあまに甘やかしてからポイっとモノみたいに捨ててよぉ!!」

「するわけないだろそんなこと!?」


 アンタ俺をどんな目で見てるんです!?


 うーむ、ダメだ……


 少しは酔いが醒めているかと思ったらそんなことはなかったな……


 いや、というよりは酔いが醒めてきた分、余計に自分の置かれている状況に自棄を起こしているといった状態だろうか……


「……いいのイロウくん? 彼女、しれっとすごいこと言ってるけど」

「いいんですよ。ヤケ酒で変な思考回路になってるだけだから」

「…………」


 トリントが何ともいえない表情で俺を見てきた。


 なぜ……?


 まどかさんがお酒の勢いでとんでもないことを言い出すのはよくあること。


 こういう場合は翌日になって「その気になってくれたらでいいから!」なんて弁明されてうやむやにされるパターンだろう。


 そんなのに一々びっくりしていたらこっちの身が持たないのだ。


「ああ……ご愁傷さま」

「あ、ありがとうございます……でもこれってあたしに魅力ないってことですよね」

「なんで二人で通じ合ってんです?」


 まどかさんほど魅力的な人はそうそういない。


 ちょっと抜けている部分はあるが、童顔で仕草が可愛いし、誰かのために何かを頑張る姿は俺もよく元気づけられたくらいだ。


 というか部署内でも人気はあったしなぁ……みんな口をそろえて「勝ち目のない勝負はしない」ってなんのアプローチもしてなかったけど。


 しかし、これはチャンスとも言える。


「とにかく……まどかさんは今フリーってことだよな?」

「フリーッ!? え、あ、うん! お手ごろだよ!!」


 ボン、と顔を真っ赤にしてブンブンと首肯するまどかさん。


 ならば好都合である。


「まどかさん」

「ひゃ、ひゃい!」


 背筋を伸ばして俺の言葉を待つまどかさん。

 そんな彼女に、俺は一つ提案をした。


「ウチの事務員になりませんか?」

「はい――え?」


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