第96話 飲み過ぎにはご用心!
ダンジョンの管理をするギルドは何枚もお国が噛んでいるお役所的な組織だが、実を言うとインフラ整備士は民間の仕事である。
イメージとしては公共事業に近いだろうか。
たしか十社くらいがギルドから担当エリアを振り分けられてそこを管理する、とかだった感じだ。
なので業績が悪かったりしたら倒産したりなんなりするというのは当然の話ではあるんだが……インフラ整備士の会社が倒産したってのは初めて聞いたな。
「ん……あれ、諏成くん?」
「起きましたか、部長」
ソファに寝かせていた部長が身じろぎする。
俺が声をかけると、気だるげに身体を起こした部長は寝ぼけ眼のまま首を傾げた。
「あれ、お店じゃない……?」
「……色々あって追い出されたんですよ」
ここは居酒屋ではなく、事務所のリビング。
部長が衝撃のカミングアウトをした直後……まあ、部長の名誉のためにも端的に音声だけで回想するとだいたいこんな感じだ。
『部長! 会社がなくなったっていったいどういうことですか!?』
『う、うう……』
『う?』
『うげぇぇええええ』
『ぎゃあああああ直撃いいいいぃいッッ!?!?』
すでに泥酔していた部長が色々とぶちまけてしまい、俺たちは追い出されるようにして居酒屋を後にしたのだった。
「……部長の服が汚れちゃったんで、勝手に着替えさせてもらいました。服の方も洗濯している最中ですので、ひとまずはそのままでお願いします」
「汚れた……ホントだ。え、じゃ、じゃあ……」
「念のため言っておきますが、着替えはウチの――」
「あたし、諏成くんに汚されちゃった?」
「汚したのはアンタです」
ついでに言うと汚されたのはむしろ俺の方です。
部長がぶちまけたもので汚れた上に、そんな彼女を事務所まで運んだのも俺だ。
なので俺もすでに服を着替えた後で、ひとまず部長にはオーバーサイズのTシャツを着てもらっていた。
……なまじ中々に胸が豊満なせいでシャツの裾が押し上げられて、ふとももはおろかお尻まで一部が垣間見えてしまっている。
寝起きで無防備なのはそうなのだが、あまりにも目に毒だ。
俺は際どい場所を見ないように目を逸らした。
ちゃんと着替えさせたって聞いたからリビングに戻ったんだけどな……
そんな俺の反応で、部長も自分の格好に気付いたらしい。
自分の身体を見下ろして、はたと首をかしげる。
「え、あれ……下着が――それにイロウくんのお家に連れ込まれたってことだよね? これってもしかして……お持ち帰り?」
「……部長の家よりウチが近かったので」
「知らない間に諏成くんがオオカミになったんだ!」
「なってません」
そもそもここは事務所ですよ。
俺が首を振ると、部長は「がーん」と肩を落とした。
「……おいしく食べてくれないの?」
「なんで食べられようとしてるんですか」
というかメシは食べた後でしょ……
寝かせたから少しは酔いも醒めているかと思ったけど、どうもそんなことはなかったらしい。
酔っ払いの戯言をのたまう部長をあしらっていると、キッチンの方からトリントが声を投げかけてきた。
「そういう意味じゃないでしょ、イロウくん」
部長の被害をこうむったのは俺だけなので、トリントは私服のまま。
その上からエプロンを付けてキッチンから出てきた。
「え、あ……お店で諏成くんと一緒にいた」
「はい、お水とシジミのお味噌汁。インスタントだけど」
そう言って、持っていたお盆からローテーブルに並べるトリント。
部長は佇まいを直してペコリと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……」
差し出された水と味噌汁を順番に飲んでいく部長……味噌汁が熱かったのか「あちっ」と舌を出してからふーふーと冷ましはじめていた。
……とにかく、ようやく落ち着いてくれたみたいだ。
俺はテーブルの方からイスを持って来てそれに座った。
「ここは今俺がお世話になってる配信事務所――まあ、シェアハウスです。俺以外にも事務所のメンバーが住んでて、部長の着替えはこっちのトリントにやってもらいました」
「そういうこと。部長さんが着ていた服は洗濯してるから、急ぎの用事がないなら今晩は泊まっていくといいわ」
「ま、まどかで大丈夫です」
ありがとうございます、と部長がトリントへ頭を下げた。
それから俺の方にも。
「諏成くんもごめんね……その、色々と。そうだ! お店の代金も後で……」
「別にいいですよ。色々の部分も、この通り食うに困ることにはなってませんし。クビの件だって、アレが社長の横暴だってのは聞いてますから」
「うう……ありがとう」
瞳を潤ませて部長が胸を撫で下ろす。
……ひょっとして気にしてたのか?
確かに、アレだと部長が俺をクビにしたと思われても仕方ないからな……
俺も言われた直後は「マジかぁ」と驚いたし。部長が俺のために色々と手を回してくれていたってのは後になって知ったことだ。
まあ、すでに終わった話はここまでにするとして……
背後からの視線を感じ、俺は振り返る。
「……で、お前たちは何してるの?」
「仕ご――日課の周回です」
「ゲ、ゲームをしに来ました!」
「つきそい」
「右に同じだぜぇ~」
クローリス、ラッカリカ、ドロリーにシキータ。
俺たちが話しているリビングに、いつの間にかエピライブのメンバーが勢ぞろいしていた。
ちなみにアナだけは不在だ。
ちょうどゲームが良いところだったようで「エッチなことをするなら呼んでください!」とスマホにメッセージがあった。
エッチなことはしないので呼び出すことはないだろう。




