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第95話 部長

「お客さんいつもこの人と一緒に来てくれてたよな? 悪いんだけどさっきからずっとこの調子でよ。どうにかしてくんないか?」


 ……どうやら、大将は俺のことも憶えられていたらしい。


 大将は俺を発見するや否や、有無を言わさぬ物言いで俺に部長を押し付けてきた。


 しかも部長の支払いも俺持ち。

 なぜ……


 だが、泣きくじゃるほど泥酔した部長をそのまま見捨てるのも気が引けるので、仕方なく俺は彼女を自分たちの座敷へ連れ込むことにした。


「……というわけで、これが件の元同僚です」

「「「これが」」」

「……うへへぇ~久しぶりの諏成(すなり)くんだぁ~♪」


 シキータ、ドロリー、トリントの冷ややかな視線が俺に突き刺さる。


 ちなみに、件の部長は泣き止んでこそくれたが、代わりにべったりと俺に抱き着いて離れてくれないのでそのままだ。


 部長の名前は香出井(かでい)まどか。

 俺がインフラ整備士だった頃に勤めていた会社で直属の上司だった人だ。


 元々事務として入社したのに社長の強引な人事でインフラ整備士たちの部長になったという中々な境遇で、同い年だったりしたことからよく俺が仕事のフォローなどをすることになり、そこからよく飲みに行ったりする関係になったというわけだ。


 ……クビになった時も直接俺に通達するまでずっと異を唱えてくれたみたいだし。


 まさか、こんな所で再会することになるとはな……


 あの時の部長、だいぶげっそりとした顔だったからなぁ。

 上が決めた解雇宣告を俺に伝える時だって、今にも死にそうな顔で申し訳なさそうに言われたら流石に「はい」としか答えられなかったもんだ……


 それが今やだいぶマシに……まし……


 い、生きてるならマシば方だ!

 ……泥酔してるから幸せそうだけど。

 

 死にそうな顔になるのはきっとこの後のことだろう。


 それはともかく、だいぶキナ臭い噂もあったからなぁあの会社……俺が知ったのは入社してからの事だったけど、それでも死んだ奴はいなかったはずだ。


 逃げ出す奴はけっこういたけど。

 ……そう考えると、俺も()()()()()側だな。


 うん。

 それをふまえると、今の部長はちょっと心配になってくるぞ……


「まったく……いつの飲み過ぎるなって言ってたじゃないですか。ホラ部長、まずは水を飲んで落ち着いてください」

「んく、ありがと~諏成(すなり)くん……やさしい、好き~」

「はいはい。ありがとうございます」


 ひしっと抱き着いては頬ずりしてくる部長。


 他のメンツと一緒の時はあまり変化がないのに、俺といる時だけこんなふうにべったりしてくるんだよなぁ……昔どうしてか尋ねたら「諏成(すなり)くんは愛用の抱き枕みたいなものなの!」と力説されたっけ。


 とはいえ、部長が酔って抱き着いているのは抱き枕じゃなくて人間だ。


 アルコールの匂いに混ざって彼女特有の甘い匂いがするし、シャツ越しに伝わるやらかい感触は……って


「……部長。前にも言いましたけど、苦しいからって外でブラのホックを外すのはやめてください。まったく……ホラ、せめて着け直しますから動かないでください」

「えぇ~ラクでいいのにぃ……」


 頬を膨らませる部長の胸がたゆんと俺の腰にのしかかる。


 この大きさで無意識に押し付けてくるんだよな……


 すでにブラウスの首元のボタンが外れているので、その隙間から手を突っ込んで手早くホックだけ付け直す。


 ……バストの形が崩れるとかそのあたりの文句は「なら最初から外すな」ということで。


「ん、んん……ありがとぉ」

「はぁ……気を付けてくださいね」

「……で。アタシらは何を見せられてるんだ?」


 そんな俺たちを見て、対面の席へ移動したシキータが言った。


 自分のジョッキすら持たずに、神妙な顔でこちらを見ていた。


 酒を前にしているのに珍しい反応だな。

 いわゆるチベットスナギツネみたいな顔だった。


「……イロウが、ドロリーの頭を壊しにきてる」

「|あたしの方が先に好きだったのに《WSS》……う~ん、この場合は後かしら?」

「つまり兄ちゃんにとってアタシたちは遊びの関係だったってわけか」

「いやどういうこと?」


 遊びの関係じゃなくて仕事の関係だろ。


 シキータが「コレか?」と小指を立ててくるのに対し「違う」と首を振る。

 というかよくそんな表現を知ってるな。


「うう~頭いたい……もうやだぁ、会社員ムリだよぉ……もう家庭に入るぅ。お家に引きこもって諏成(すなり)くんを毎日お迎えするぅ」

「落ち着いてください部長。アンタは立派な社会人だよ」


 あとその言い方だと家事はどうするつもり……まさか俺がお世話するんです?


 呻くように世迷言をのたまう部長の背中を優しく撫でてやる。


 ……これはかなり重症だ。


 こういう場合は、だいたい会社で何かしらトラブルが起きたって所だ。


 まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。

 もうクビになった以上、部長の助けにはなれないが少しくらい鬱憤のはけ口にくらいはなれるだろう。


「もう俺は部外者ですが……まあここで会ったのも何かの縁です。よかったら会社の愚痴くらい聞きますよ。いったい会社で何があったんですか?」

「かいしゃ――そう会社!!」


 バッ、と部長が起き上がった。


 わなわなと顔を青くして俺の肩を掴む。


「部長?」

「どうしよう諏成(すなり)くん! 会社がなくなっちゃった!!」


 ……なんですって?


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