第94話 前職の思い出
……座敷を選んでよかったよホント。
むにゅんたゆんとそれぞれの大きなおっぱいを両手で持ち上げて迫って来ようとするシキータとドロリー。
そんなことで張り合わないでくれよ……
少し酒も回ってきたところでこの誘惑は心臓に悪い。
俺は乳比べを始めたシキータとドロリーから逃げるように、視線をトリントの方へと向けた。
「ほら二人とも。そういうことは家でやりなさい」
トリントは二人と張り合うような真似はせず、大人の余裕を見せつけるように腕を組んでシキータとドロリーをたしなめていた。
……よかった。
トリントまで二人と張り合い始めたら俺一人では収拾をつけられなかった……
というか、正直な所トリントの大きなおっぱいまで迫ってこられたりしたら流石の俺も我慢できなかったことだろう。
無防備で距離の近い姉御系のシキータに合法ロリ巨乳のドロリーときて、エッチなお姉さん感マシマシなトリントにまで迫られたらと思うと――
……俺もけっこう酔っているみたいだな。
あんまり飲んでないはずなんだが……と俺が水でも頼もうか思案していると、自分のお酒を一口飲んだトリントがポツリと言った。
「そういえば、イロウくんの昔話ってあまり聞いてないわよね」
「…………」
一安心かと思ったら違った。
ニヤニヤと色っぽく火照った顔で俺を見据えるトリント。
男を手玉に取るような蠱惑的な姿に思わずドキリとする。
そんな俺を見る彼女の瞳には――こっちへの好奇心がこれでもかと輝いていた。
……つまり。
コイツは俺自身じゃなく、俺の過去を酒の肴にするつもりだったな!?
「……詳しい経歴はお前も知ってるんじゃないのか?」
「そーいう話じゃないって分かってて言ってるでしょ?」
小首をかしげながらトリントがこちらの逃げ場を潰してくる。
……ついさっきまで「どっちの胸が大きか」とか言い合いをしていたシキータとドロリーまでもが興味津々といった様子でこちらを見てきた。
い、いつの間に……
「例えば――一緒によく着ていた同僚って女の子だったり?」
「……ノーコメント」
俺はビールのジョッキをあおる。
「ふーん。違うって即答しないんだ」
「プライバシーの侵害だぞ。別にお前が思ってるような関係は――って、テーブルの下で足を絡めてくるな! びっくりするだろ!」
「チッ……後少しだったのに」
舌打ちしながらもトリントはさらにテーブルの下で足を伸ばしてくる。
危ないからやめなさいって……
胡座をかいていた俺の股のあたりを足でつつこうとするトリントから逃れると、俺はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「まったく……人の過去を根掘り葉掘りと……」
「ほぉ~? 兄ちゃん。アタシたちの過去にはズケズケと踏み込んでくるクセに、自分の昔話となるとだんまりするのかよ?」
「それは……アレだ。業務上必要な……」
「つまり、イロウは浮気したの?」
「ドロリーさんッ?」
どうしてそんな結論になるんですか⁉
思わず声が上ずってしまった。
その反応を三人は図星と判断したのだろう。
「これは面白い話が聞けそうね」
「洗いざらい吐いてもらう」
「だな。これはお姫ちゃんらも呼び出した方がいいかもしれねぇ」
「あいつらも混ぜて何するつもりだ!?」
……で、なんでみんなの目が据わるんですかね?
背中に冷や汗を流す俺に、トリントが満面の笑みで答えた。
「尋も――んん、ただの恋バナよ♪」
可愛らしく言っても「尋問」って単語は誤魔化せないぞ!
「で、じっさいのトコどーなんだよ?」
「お持ち帰りしたりお楽しみしたり?」
「できるか!」
「と、言うことは女の子もいたのね」
「……いや、別に男だけの場合だって」
「じゃあ女の子はいなかったの?」
「…………いました」
さ、酒の席で誘導尋問は反則だろ……!
とはいえ、別にやましいことなんて何もないのだ。
シキータが「面白いオモチャを見つけた」とばかりにキラーンと瞳を輝かせるので、先んじて俺は白状した。
「言っておくけど、飲んだくれによく付き合わされていただけだぞ。まあ、確かに可愛い人だったけど、酒癖が悪くってな。よく仕事でミスしたもんだから俺がフォローすることになって、お礼でここに連れてきてもらったくらいだ」
「その後はホテルでお楽しみ?」
「俺と飲むと決まって泥酔するから家に送ったくらいだ」
もちろん送り狼をした、なんてこともない。
悪い人じゃなかったんだけど、とにかくもう大変な人だった……
他の人もいる飲み会だとそうでもないのに俺との時だけ決まって絡み酒で、その上で泣き上戸だもんで――
「うええええぇぇええぇぇぇぇぇぇえええぇぇんんんッッッ!!!!」
そうそう。
よく愚痴に付き合っては最終的に泣き出すあの人を――って。
「なんだぁ?」
「……うるさ」
「イロウくん?」
首をかしげるシキータに、露骨に眉をひそめるドロリー。
思わず立ち上がった俺をトリントが見上げてくる。
……まさか。
「ちょっと大丈夫かいお客さん! 流石に飲みすぎだよ!」
「うえぇぇんん!! ごめんなしゃいいいいいぃぃ!」
騒音の出どころは、座敷を出て少し先にあるカウンター席だった。
うつ伏せに顔を突っ伏したスーツ姿の若い女がわんわんと泣き喚いているのを、店の大将が困り顔でなだめている。
暖色のショートボブと童顔が特徴的な人だ。
シャツの胸元が少し開いていて、泥酔でとろんとした目元は可愛らしくもありどこか色っぽい雰囲気があった。
まさかとは思ったが……
やはり、間違いはなかった。
ホント、相変わらずな人だよ。
「…………何してんですか、部長?」
「うえぇ、え――諏成くんッ?」




