第90話 守れなかったもの
「クーデタの原因は国民の不満でした」
「……悪政でも強いてたのか?」
「そんなこと……いえ、今となってはもう分かりません。陛下――姫さまの父君は戦乱の世の中でもせめて自分の国だけは平和を貫こうとしていたお方でした」
触れ合った部分からシキータの震えが伝わってくる。
「平和を掲げ、自分から他国へ攻めず、攻めてくる国は撃退する――それによって長らく独立を保っていました。ですが、それは戦争で何も奪わないということ。戦い続きでは次第に国民が困窮していってしまったのです……」
「……それで、不満が爆発してクーデタが起きたのか」
重苦しい表情でシキータが頷いた。
「国民の不満の爆発に――おそらく外部からの奸計もあったのでしょう。組織的に暴徒化した国民が大挙して王宮を包囲し……私は、陛下直属の護衛として彼らと戦いました」
……苦しいな。
本来ならば自分たちが守るべき国民から攻撃され、それを倒さなくちゃいけないなんて。
「多勢に無勢とは、まさにあのことでしょうね。どれだけ倒しても敵は増えるばかりで、味方は一人、また一人と減っていく。……あの大魔女が間に合っていれば結果は違ったかもしれませんが」
「ドロリーが? まさか、それで……」
「……ただの八つ当たりです。あの人は、それを分かった上で付き合ってくれてるんです」
……その割には、向こうも本気でムカついて張り合っているみたいだったが……
しかし、これでハッキリした。
シキータとドロリーの不仲。
その原因はシキータに――この過去にあった。
自嘲するようにシキータは鼻を鳴らす。
「ドロリーは姫さまを救出し、しかる後に私たちと合流して王宮を脱出する手はずだったんです。彼女は自分の仕事を全うしていました」
あの女が駆けつけてくるまでは。
今度は俺の顔が曇る番であった。
「……麗依だな」
一瞬、シキータの唇がきゅっと結ばれた。
その沈黙が肯定という答えである。
「姫さまを救出した大魔女を足止めし、そして陛下をお守りする防衛線を軽々と撃破したのが、あの異世界人でした……」
「……それは」
俺のせいだ。
そう口にするよりも先に、シキータは続けた。
「いいえ。確かにあれが煽動したことでクーデタが起きたのは事実ですが、きっと遅かれ早かれ国民の反乱があったのは確実でした。私は彼らの反旗を止めることも、倒すこともできずに……最後には私以外の兵士が全滅して、私の目の前で――国民によって陛下が倒されるのを見ていることしか、でき――ッッ!!」
グッと奥歯を噛んでシキータが胸を抑える。
再び起こりそうになった発作を自分の意思で抑え込んだのだ。
大きな深呼吸を繰り返して、シキータは冷徹に締めくくる。
「……私は、陛下をお守りするという役目を果たせませんでした」
それがシキータの自責。
己を傷つけるだけの刃を言葉にして、シキータは己を傷つける。
「大魔女は妨害にあいながらも姫さまを助けました。姫さまでさえ、肉親の死を嘆くよりも先に王族として生き残ることを決意されました。アナ、クローリス、トリントだってそうです。役目を果たせなかったのは、何もできなかったのは……」
「そんなことはないだろ」
だからこそ、俺は否と告げた。
「話を聞く限りじゃ、シキータはよくやった方だ。王さまを守るために奮闘して、結果としてラッカリカは無事で、お前もみんなも生きてるんだ。最善でないにしても、何も果たせなかったなんてことはありえないはずだ」
……もしかしたら、俺が言うべきことじゃないかもしれない。
俺は――御識麗依の弟子だった。
そして、奴をみすみす異世界へ行かせてしまった。
直接の原因じゃなかったようだが、麗依がいたことでクーデタが勢いづいて結果的にラッカリカたちを国から追い出したことは変わらない。
けど、今の俺はシキータのプロデューサでもあるのだ。
ゆえに、これから告げるのは――プロデューサーとしての言葉だ。




