第89話 過去のトラウマ
「し、死ぬかと思いました……」
「わ、悪い……」
どうやら、ちょうど胸の谷間にうずもれて息ができなくなっていたらしい。
俺が手を離すと「ぷはっ」と声を上げてシキータが大きく呼吸を繰り返した。
……ま、まあ。
落ち着いてくれたようで何よりである。
「今はミュート中だが、リスナーに緊急通報してもらってる。救助が到着するまでもう少しかかるだろうからこのまま安静にしていよう」
「そ、そうですか」
簡単に状況を話すと、シキータは視線を泳がせた。
わずかな沈黙。
気まずさを感じたのか、シキータの視線が俺に向けられる。
「あ、あの。イロウどの、さっきは」
「謝らなくていい」
遮って俺は言った。
「これは俺のミスだ。シキータが気に病むことは何もない」
「しかし――いたっ」
「怪我してるのはお前の方だぞ」
それに、と呟くように言って俺は言葉を切った。
……これは、またとない機会だろう。
シキータとドロリーの不仲。
先ほどシキータが漏らしていたうわごとは異世界でのトラウマだ。
おそらく、それはクーデタでの出来事が関係しているはず。
そして、二人の不仲はクーデタでの行き違いが原因だとラッカリカは語っていた。
思い返せば、何かと突っかかっていたのはシキータの方だったしな……
ドロリーもドロリーで相当なのだが、彼女の場合はシキータと張り合っているだけというのもあるだろう。アレは根っからの負けず嫌いだからな……
まあドロリーのことはいい。
今はシキータのトラウマのことだ。
触れられたくないものなのは分かっているが……
「なあ、シキータ」
「はい……?」
「お前は何を後悔してるんだ?」
だが、そこへ踏み込まなければ何も始まらないのだ。
俺が切り出すと、再び沈黙が漂った。
「…………」
「ああ、もちろん嫌だったら話さなくていい。そういう事情に関して言えば俺は部外者だからな。無理に答える必要はどこにもないよ」
「そ、そんなことは決して……」
「だけど……ラッカリカたちじゃないからこそ、話せるモノがあると思うんだ」
俺が言うと、シキータはぱちくりと瞳を瞬かせた。
それから少しの間をおいて、クスっと小さく笑った。
「フフ、イロウどのは優しいですね」
「所属配信者のメンタルケアをするのもプロデューサーの仕事だろ?」
「確かに」
頷きながらシキータは肩をすくめた。
「まあ、ほぼ初対面で裸もお見せしてしまいましたし、今さらそこに加えて恥部を見せたとしても変わりませんか」
そ、それを蒸し返さないでくれ……
薄暗い中でシキータのしなやかな裸身を思い出しそうになって慌てて俺は目をそらした。
大穴の底は狭い。
俺の上には馬乗りになったシキータがいて色々な所が密着している状況である。
この時ばかりは女の身体でよかったと思うよ……
そんな俺の焦燥に気付くよしもなく、シキータはゆっくりと息を吸ってから語り出した。
「私は……元いた世界では王国守護の要である近衛騎士団の団長を務めていました」
「……ああ。アナがお前を騎士団長さまって呼んでるな」
「これでも最年少で団長になったりしていたんですよ? 姫さまとはその頃から何かと目を付けて頂いてまして……」
なるほどねぇ……ラッカリカとはその頃から知り合ったって訳か。
「他の連中も同じ位に知り合ったのか?」
「いえ、アナはすでにメイドとして住み込んでいましたが他の面々とは姫さまほど深い付き合いはありませんでしたね。トリントはこちらの世界での期間を含めても、知り合ってから三年も経っていないはずです」
……そう考えると、シキータたちって相当なエリート出身だよな。
お姫さまに騎士団長、大魔女に医師……アナも性癖以外は優秀なメイドだし、クローリスも国の高官とかを務めていたって前に聞いた気がする。
だが、それは全て過去の話だ。
ごくりと生唾を飲み下して、シキータの表情が曇った。
「ですが……あの日、その全てが終わりました」
「……クーデタ、か」




