第87話 油断
ダンジョンで油断は命取り。
それはダンジョン配信であろうと変わらない。
初歩的なミスに俺はたまらず舌打ちをする。
シキータとドロリーのことで頭がいっぱいで、今の自分が女の身体になってチカラが出せなくなっていることを完全に失念していた……!!
『というか、トリントがTS薬なんか飲ませなければこんなことにはぁ!』
『ごめ――ん!!』
トリントの謝罪が念話で飛んでくる。
だが、こっちはそれどころじゃない。
上下がひっくり返った視界がぐんと高くなる。
俺の足を絡め取ったのは植物のツルだった。
おそらくモンスターだろう。
それが触手のように俺を捕らえて急成長。
同時に俺は足を引っ張られる形になり、瞬く間にモンスターによって逆さまに吊るし上げられてしまった。
『吊るされた男だ』『愚者だな』『男……?』『吊るされた女だ』
俺は男だっての!
しかし、今の俺が着ているのはアナの私物であるメイド服。
当然のようにスカートが重量に従ってめくれようとするのが、とっさに太ももでスカートの裾を挟むことでギリギリ放送事故を免れた。
……意識しないようにしてたけど、下着もトリントが用意した女物を履いているのだ。
『みえ』『見え!』『なぜ見せない!?』『きみは男だろう!?』
「BANされるからですー!!」
今の俺は女の身体だからですね!
ホンッット不本意だけど!
あと自分の喉からカワイイ声が出てくるのがすごい違和感!
配信的な窮地は免れたものの、戦えない状態でモンスターに拘束されている状況には変わりない。
クソ、たしかコイツの名前は……変態ツル野郎でいいや!
不意打ちを喰らって死ななかっただけでも幸いだ。
俺を吊るし上げたのは地面を突き破って生えてきたツルの集合体。
パッと見では食虫植物のように攻撃的な部位がないことから、コイツ単体での危険性はそれほど高くはなさそうだが……
しゅる……しゅる……
「――――ひゃっ!?」
自分のモノとは思えない上擦った声が漏れ出す。
ちょ、ま――コイツ、服の中に……!?
スカートを抑えた太ももや首元の隙間、そこからツルが俺の肌を這うようにして服の中に潜り込んできて俺の全身をまさぐる――うわ、そんなところ触るなよ!
これじゃ本当に変態ツル野郎じゃないか!!
『REC』『これは切り抜かれますね』『だがそろそろマズいか……?』
反撃すらできない俺はモンスターのされるがまま。
というか見えない服の中をまさぐられるせいで妙に敏感になって、うわヤバ――流石にそこに入れるのはダメ――
「――イロウどの!!」
そんな危険な状態に、真っ先に動いたのはシキータであった。
「《廻填武装》――獅子大剣!!」
ダン、と地面を砕くほどの勢いで蹴りつけて突貫。
シキータは呼び出した大剣を横なぎに振り払い、巨木の幹ほどの太さがあるツルの集合体を一撃のもとに両断してしまった。
「……なっ。お、落ち――!?」
おそらく、ピンポイントでこの変態ツル野郎のコア部分が破壊されたのだろう。
ツルたちの支柱たる部分をシキータに両断され、ツルの急成長に使っていたであろう魔力が霧散する。
同時にツルたちは急成長の対価だとばかりに勢いよくしぼんでいき、一瞬にして枯れてしまった。
それはつまり、俺を吊るし上げていたツタがなくなることを意味して――
「ご無事ですか、イロウどの!?」
落ちる。
俺がそれを覚悟した瞬間、飛び上がったシキータが俺をキャッチした。
いわゆるお姫さま抱っこ、という奴だ。
ピンチを切り抜けたことにホッとする俺へ、シキータが血相を変えて顔を近づけてくる。
「お怪我はありませんか!? 身体にどこか違和感は!? 申し訳ございません! すぐに安全な場所へ――」
「お、落ち着けシキータ! 俺は大丈夫だから!」
ギリギリ、トラウマになるのは避けられた。
ホントにギリギリ……
だから落ち着いてくれ、と説得する俺を抱えたままシキータは着地する。
ピシッ。
「「え……?」」
俺とシキータの声が重なる。
しまったと思った時にはもう遅かった。
足元の地面が崩れて、俺たちは二人仲良く足元に空いた大穴へ落ちていた。




