第85話 今日は出る幕がないようだ
『っておい! 変なトコを触るな!』
『おお、ずっしり……柔らか~い……』
……ッ、人の胸を無遠慮に揉まないでくれませんか?
トリントの胸もかなり大きいんだから、それを自分で揉んでおけばいいのに。
こちらに押し付けられる柔らかい感触と、自分にあるはずのない胸を鷲掴みにされる奇妙な感覚から逃れるようにトリントを引き剝がして俺は嘆息する。
言われずとも分かっているとも。
今回のコラボはシキータとドロリーの対決。
ここで護衛対象である俺が助太刀をすれば勝敗のジャッジが怪しくなってしまう。
それに……まあ、自分の身体に起きた異変だからな。
『ふふ……でも驚いたわ。まさかTS薬でチカラが出なくなるなんて』
『……そういう体質なんだよ』
再び抱き着きながら頬ずりしてくるトリントに、俺は頷いて返す。
……そう。
今の俺は、戦いたくても戦えないのだ。
『ホント、あたしも想定外だったわ。念のためあたしの護衛要員としてイロウくんにTS薬と飲ませたのに、まさかTS薬と相性が悪かったなんて。なんで言ってくれなかったの?』
『お前が勝手に飲ませてきたらだろ!』
なんで俺が悪いみたいな言い方をするんですかねぇ……?
いちおう言っておくが、普通ならTS薬を飲んで弱体化なんてすることはない。
動画配信における「バ美肉」のように、普段からTS薬を服用してダンジョン配信をする者もいるしな。
アレは手続きの関係で基本的には公言しなくちゃいけないはずだし、俺のこともすでにリスナーへ説明している。
『サポーター同士のてぇてぇ……ふう』『やめろ』『片方男なのに……男なのに……』『ついてる分お得だろぉ?』『今ついてないんですがそれは』
……コメントたちの言い分はともかく。
普通に受け入れられるくらいにはTS薬というものは一般的で、ダンジョンで危険にさらされるような効果など存在しない。
もちろん男と女の体格差などで身体を動かすことへの違和感があったりなど、慣れていない場合は危険になるケースもないわけじゃないが……俺の場合は別だ。
『……大丈夫なの?』
『戦えなくなる以外には、単純に効果が利きづらかったり、効果が続く時間が短かったりするくらいだ。副作用も後遺症も問題ない』
俺が答えると、トリントは「よかったぁ」と言って俺の胸を撫で下ろした。
……ッ、だから自分のでやってくれませんか?
『あたしのお薬でイロウくんに何かあったらみんなに会わせる顔がなかったし……』
『……それが一番の不安要素なんだけどな』
とはいえ、すでに飲んでしまった薬のことは無事を祈るしかないので、俺は皮肉を漏らすだけに留めて戦況を見守ることに戻った。
「オ――ラァッ! これで五体目ェ!」
シキータの雄叫びが轟く。
彼女が相手するのはハウスゴーレムたちだ。
家屋に擬態するハウスゴーレムの体躯はゆうに数メートルを超える。
まるで大人と子供の体格差はあろう岩石の拳を、シキータはなんと真っ向から殴り返して打ち砕いていた。
『さすが!』『やってみせろよシキ姐!』『なんとでもなるはずだ!』
ハウスゴーレムをはじめ、ゴーレムの巨体は基本的に脅威となる。
そのためダンジョン配信者たちは真っ向勝負を避けて魔法攻撃で撃破するのがセオリーとなるのだが、普段は見られない直接対決にコメントたちも盛り上がっていた。
『……異世界じゃ、騎士さまの戦い方はああなのか?』
『普通にあっちでも武器はあるわよ……単純に使うまでもないってことよ』
俺に密着しながら観戦するトリントが続ける。
『騎士団長シキータ。史上最年少で最高位の騎士になった彼女の戦いは攻めれば勇猛、守れば鉄壁を誇るわ。特に護衛がいる戦いにおいて、シキータの右に出る者はいなかったの』
『いつもの飲んだくれた姿とはまるで別人だな……』
『こっちでは昼行燈とか言うでしょ?』
……今も酔ってる状態みたいだけどな。
しかも「武器を使うまでもない」ってことは、あれでもまだシキータの全力じゃないってわけだ。
実力者だとは思っていたが、まさかここまでとはな……
しかも、昼行燈なのはシキータだけじゃない。
「ハッ、まだ出てきやがる……おい、そっちはもうヘばっちまったのか?」




