第81話 女の子の準備は大変です
ちょっとした一悶着はあったが、それはそれ。
配信の手続きや告知も済ませているので、さっさと準備をしなければならない。
いつまでもグロッキーなシキータとドロリーにはとりあえずシャワーでも浴びせることにして、俺はその間どうしようかと思案していると……
「あ、イロウくんはこっちね」
なんて言うトリントに腕を掴まれた。
「トリント? こっちって、何か準備でもあったか?」
「そんなところよ」
……俺たちに準備するものなんてあったか?
なんて疑問を浮かべるも、その詳細を追求するより先にトリントは俺の手を引っ張ってさっさと歩き出してしまった。
しかも、その先にあるのは……
「……多目的更衣室?」
ギルドには配信者などのためにシャワールームや更衣室が設けられている。
当然それらは男女別となるが、配信者というのは多種多様だ。
様々な事情や理由のために男女別の更衣室が使用できない場合に借り受けることができるのが、この多目的更衣室というわけである。
要は多目的トイレみたいなものだ。
内部は六畳ほどの更衣スペースとシャワールームが設置された簡素なレイアウトで構成されている。
ちなみに事前予約制だ。
つまり、トリントはあらかじめ予約していたということだが……
「ほらイロウくん。入って入って」
「入れって……いったいここで何をするんだ?」
トリントにぐいぐいと背中を押される形で俺は更衣室に入る。
というかナチュラルに男女で入っていいのか……?
ギルドの規約では「男女での多目的更衣室の使用」は禁止こそされていないが、当たり前すぎる話ながらその手の行為は厳禁である。
もしホントにそのつもりなら俺は全力で逃げ出すのみなので問題はないが……
「ふふ……ひょっとしてエッチなことできると思ったの?」
「……お前が俺をからかうつもりで準備したって可能性は考えたな」
「残念。流石のあたしもギルドに迷惑がかかるイタズラはしないわ」
だから、と。
ニヤリと笑ったトリントは後ろ手に扉の鍵を閉めた。
「ここの利用は――その名前の通りのことをするためよ」
「――――ッ!?」
瞬間、俺は何者かに拘束された。
――ピン、と。
いきなり全身が硬直し、身動きを封じられる感覚。
まるで金縛りにでもあったかのような感覚は経験がある。
「……なんのつもりだ。ドロリー?」
「ん。頼まれた」
入口から死角となる位置からぬっと姿を現したのはドロリーだった。
……何を頼まれたのかは知らないが。
猛烈に、嫌な予感がする。
ここは強引だが、我が身大事で無理矢理にでも脱出を――
「おっと、ソイツだけじゃねぇぜ?」
「な、シキータまで!?」
ドロリーとは反対の死角から飛び出してきたシキータが、いきなり俺を後ろから羽交い絞めにしてきた。
いったい何のつもりなんだよ……!?
訳が分からず、拘束された俺は元凶であろうトリントを睨み付ける。
「……どういうつもりだ、トリント?」
「あら。それじゃまるであたしが犯人だって決め付けてるみたいじゃない」
トリントはこちらに近づきながら自分のカバンを漁った。
「でも。大正解♪ イロウくん、きっとこうでもしないと逃げちゃうだろうし」
「……な、それはッ!?」
目を見開く俺に、トリントはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「さっすがイロウくん。じゃさっそく飲んでもらおうかしら」
「やめろ! それは……それだけは……!!」
首を振って逃れようとする俺の眼前で、トリントはカバンから取り出した小瓶のフタを「キュポン」と開けた。
「は~い。大人しくお薬を飲みましょうねぇ」
「そんな子供に飲ませるノリでそんなモノ――いや、やめ、う、うわあああッ!?」
◇――――――◆
「はーい! 二人のリスナーさんたちこんにちは!」
……ドロリーとシキータのコラボ配信は定刻通りに開始された。
もろもろの準備をすませてダンジョンへと入り、ドロリーとシキータのカメラゴーレムの前に立ってトリントが明るく挨拶をした。
「今日は告知した通り、エピライブ初の内部コラボを――えウソ、メンバーみんな不仲説とか流れてたの。ヤッバぁ――んん、やっていこうと思います!」
「事実」
「だな」
「は~いそれアナタたちだけの話ねぇ~」
後ろで互いにそっぽを向くトリントとシキータに一言だけ振り返ってから、トリントは笑顔を崩さずにカメラの前へ向き直る。
「と、まあこの子たちに関しては見ての通りでーす。噂されてたのならいっそ全部出しちゃえってことで、今日はサクッと上下関係を決めてもらいます」
『草』『明け透けで草原』『まさか認めるとは』『シキ姐って酒カスなだけで根っこは真面目だしな』『ドロリー嬢は奔放だから相性は悪いよなぁ』『あん?』『おん?』
「はいは~い。ケンカはウチの二人でするから、コメントのみんなは仲良くね?」
おねーさんとの約束を守れなかったらBANだからねぇ~、と容赦なく言い放ってからトリントは「それじゃあ」と本題へ戻った。
「さっそく勝負内容を発表しちゃいます! その内容は――どっちがお姫さまを守れるでショー!」
わぁ~、パチパチパチ……
トリントの拍手が空虚に響いた。
「わぁ、反応わるーい。ま、細かいルールは後にして」
言いながら、トリントはカメラゴーレムの画角ギリギリで控えていた俺の手を取ってカメラの正面へと立たたせた。
「このメイド服を着たカワイイ女の子が、件のお姫さまでーす♪」
「………………ドモ」
満面の笑顔で紹介するトリントに対し。
メイド服のカワイイ女の子にさせられた俺は、彼女の言う『カワイイ顔』に渋面を浮かべ、ハスキーな声で短く挨拶をした。




