第61話 メイドのアナさんは怖いもの知らず
人目もはばからずクネクネと身をよじらせるアナに肩をすくめて、俺はふと周辺を見回す。
ダンジョンの出入り口からしばらく歩いているうちに、気付けば初心者向けのエリアから離れて次の階層にまでやってきていたようだ。
初心者向けのエリアからそのまま地続きに洞窟の中なので情景的な変化はない。
そのためドロリーとの配信で訪れた扉の間みたいに特徴的な名前はないが、ここからは広大なダンジョン内でも比較的に安定したエリアとなり、ただ冒険するだけじゃなく色々な企画などをやっている配信者が多く集まる。
俺たちの周囲にもそんな配信者たちが各々の配信に集中している。
……もし、今ここでアナが俺に襲い掛かってきたとしても。
きっと、俺が彼女を撃退するよりも先に「変なモノを配信に乗せるな!」とまわりの連中に怒られるんだろうな……
アナは変態メイドであるが一般常識を備えた変態メイドであることは今日までの付き合いで分かっている。二人っきりにでもならない限りは、アナはただ「ハァハァ」と鼻息の荒いメイドさんのまま配信を――
「あれ……アナ?」
……どこ行ったのあのメイドさん?
周辺に意識が向いていて、気づけば隣にいたはずのアナが消えていた。
まさか、はぐれた――と俺は肝を冷やすが、配信主であるアナを追うはずのカメラゴーレムはまだ近くを旋回している。
どうやらはぐれたわけじゃないらしい。
ならば、と周囲を見回すと……いた。
コスプレっぽい格好も多いダンジョン内だが、メイド服で配信をする者は少ない。
すぐにアナのメイド服を視界にとらえた。
……なにやってるんだ、アイツ?
いつの間にか歩き出していたアナは、俺が声をかけようとするよりも先に彼女はスタスタと軽い足取りへどこかへ向かってしまう。
何か見つけたのだろうか。
せめて全年齢で映せるものがいいなぁ、とか考えながら彼女の行き先を追うと、その先にいたのは――
「こんにちは。どうかなさいましたか?」
「なッ……!?」
あいつ、いきなり誰かに声をかけたぞ!?
アナが向かった先にいたのは、一人の女配信者だった。
改造したセーラー服のような恰好をした配信者で、周囲をキョロキョロと注意深く見回している。特に目立った様子こそないが、どうも何か焦っているような……
『おいアナ、ひょっとして知り合いか?』
『いいえ? 知らない方です』
マジかい。
『他人様の配信に迷惑をかけるなよ』
『……もう、いくらわたしでも誰彼構わずに欲情はしませんよぉ』
俺に対しては所構わずセクハラするじゃん……
いや、そんな話ではなく!
遅れて駆け出した俺もようやくアナの隣へ合流する。
やはりというかなんと言うか、声をかけられた配信者は露骨に警戒する視線を俺たちに向けていた。
見た所サポーターも付けていない様子だしなぁ……
シキータと配信した時のナンパみたいな連中と勘違いされているのかもしれない。
「あ、あの。あなたたちは……?」
「通りすがりのメイドでございます。先ほどから何か焦っているご様子でしたので、どうしたのかとお声をかけさせていただきました」
そう言って、アナはスカートの裾をつまんで一礼する。
やはり外面は完璧なメイドさんである。
アナの場違いなほどに恭しい仕草に毒気を抜かれたのか、ゆっくりと警戒を解いた配信者が応じた。
「じ、実は……落とし物をしてしまったんです」
「「落とし物?」」
俺とアナが首をかしげる。
配信者がコクンと頷いた。
「はい……配信者になるってライバータウンに引っ越す際、おばあちゃんが作ってくれた大事なお守りなんです! でも、モンスターの群れと戦っている内に、どこかで落としてしまったみたいで……」
なるほどねぇ……それで必死に探しまわっていたと。
彼女とのやりとりは配信主のアナに任せ、俺は一歩下がって思案する。
ダンジョン内で落とし物をする、というケースは実際に多い。
そりゃあ配信者は多いし、モンスターとの戦闘など激しく動くことになるのだから落とし物が出るのは当然ではあるのだが、それを見つけられる可能性はかなり低い。
もちろん落とし物拾得用の窓口がギルドにはあるのだが、誰かが拾って届けてくれるのは稀だ。あまり言いたくはないが、モンスターが拾ったりする可能性もあるし、何よりダンジョンは時折その構造を変化させてしまう。
……ダンジョンへの持ち込み品は全て消耗品だって言うしな。
それはモンスターとの戦闘やトラップなどで破損してしまうことが多いという意味であるのだが『一度でも失くしたらもう戻ってこない』という意味でも使われる。
ダンジョンでの鉄則だ。
この配信者にとっては気の毒かもしれないが……アナの接近にも気付いていなかったあたり探し物のあまり周囲への警戒も薄まっているし、これ以上の捜索は危険だ。
仕方がない。
諦めるように諭そうとする俺に先んじて、アナが告げた。
「よろしければ、わたしたちにもお手伝いをさせてくださいませんか?」




