第59話 メイドのアナさんはガマンの限界
「……ただいま」
「おかえりなさいませイロウさまご主人さま。さてイロウさま、さっそくではございますがお話がございます」
何かを察したのかあらかじめ示し合わせていたのか。
アナの主であるにも関わらず、ラッカリカは俺が持っていた買い物袋を引き取って一人さっさとリビングへ行ってしまった。
残されたのは玄関に立ち尽くす俺と、その正面で腕を組んで仁王立ちするアナ。
……さりげなく、彼女が自分の形のいい大きな胸を俺に対して強調しているように見えるのは気のせいだと思うことにしよう。
「……夕飯の後でもいいか?」
「聞いてくださるまでトイレでもお風呂でもご一緒しますがよろしいですか?」
「…………なに?」
短い葛藤の末に、観念して俺は首をかしげた。
「おや? どうして身構えているのですか?」
「自分の胸に聞いてみるといい」
「柔らかいですよ。ぜひ心ゆくまで揉みしだいてください」
「そういう話じゃない」
いや、そういう所ではあるのだが。
……まったく、アナはいつも通りだな。
俺は彼女に気付かれないよう内心で嘆息を吐く。
「まあいい……それで、話って?」
「はい。それはもちろん――」
一呼吸の間をおいてアナは告げた。
「明日こそ、わたしと一緒にダンジョン配信をしましょう!」
◇――――――◆
……まあ、そんなことだろうとは思ったよ。
「イロウさまとはじめてお会いしてしばらく経ちましたし、わたしも一介のダンジョン配信者でもあります。なのにご主人さまはもちろん、騎士団長さまや大魔女さまを優先してわたしのことは放置プレイなさるばかり!」
「放置プレイをしたつもりはないんだけど」
玄関からリビングに場所を移して。
夕食時だということもあり(すでにアナが用意してくれていた)俺はそのままリビングのテーブルに着き、夕食を頂きながら正面に座ったアナの訴えを聞いていた。
「そろそろわたしにもおこぼれ――んん、わたしのことをかまってくださってもいいのではありませんか?」
「…………」
ちなみに、全員同郷のシェアハウスと言っても全員揃って夕食を取ることは少ない。
今日の夕食時にいたのは俺とアナ、そしてラッカリカとシキータだ。
トリントは外出中で他の二人は在宅だが、クローリスはプレイしているソシャゲの公式配信があるとかで自室に、ドロリーも昨日のダンジョン配信での疲れが取れないのかまだ寝ているらしい。
俺の隣で一人晩酌をしていたシキータがきょとんと首をかしげる。
「……なんだ、まだ兄ちゃんと配信してなかったのか?」
「はい! イロウさまってば他の女性にかまけてぜんぜんお相手してくれなくて……」
よよよ、とわざとらしく泣き真似をするアナ。
……まるで俺の浮気を責め立てているようだ。
浮気とか以前に、寝てすらいませんからね?
寝かされそうにはなったんだけど。
「まったく兄ちゃんは奥手だねぇ! サクッとイッパツ、ヤっちまえばいいのによ」
「イッパツ……?」
「あ、それはですねご主人さま」
「ダンジョン配信のことだろ」
あるいは缶ビールですっかり出来上がってる酔っ払いの戯言である。
妙なニュアンスで誤解を招きかねないことを言うんじゃありません。
あらぬ知識を自分の主へ植え付けようとするメイドの解説を遮り、俺は「まったく」と嘆息を漏らしながら自分の食事を進める。
ホント、料理はおいしいんだけどなぁ……
それはそれとして、別にアナも間違った要求をしているわけじゃない。
俺はエピライブのプロデューサーで、アナは所属ダンジョン配信者。
人手不足もあって配信のサポーターを持ち回りでやっているとはいえ、いつまでもアナの配信だけ関わらない、というわけにもいかないのは事実だ。
ただ、なあ……
正直に白状すると、俺はアナのことがほんのちょっとだけ苦手なのだ。
悪い奴じゃないのは分かっている。
料理は美味いし、リビングや水回りなど共用部分の掃除は彼女に任せっきりだし。
セクハラまがいの発言はあるものの、それを補って余りあるほどの魅力がアナにはある。それは心から思っている。
しかし、考えてみてほしい。
俺との初対面でいきなりこちらを押し倒してきたのもまた、ここにいる淫乱メイドであるのだ。
あれ以降は彼女も反省してか、俺の自室には近づかないなど一定の距離を保っているものの、ダンジョン配信は基本的に二人きりでの行動となる。
配信中なので当然ながら視聴者もいるし、ダンジョンには当然だが他の配信者もいるんだが……それでも。
アナが何をしでかすか分からない不安が、俺に二の足を踏ませていた。
……けれど、まあ。
「いつまでもアナの配信だけノータッチ、って訳にもいかないか」
「はい! いつでもどこでもお好きな所をタッチしてください!」
「そういう所だぞ」
流石にそれはツッコミ待ちすぎる……
口に出すとまた揚げ足を取られるので黙っておこう。
「分かったよ。次の配信はサポーターとして一緒に行こう」
「イロウさま……!!」
不安要素はあれど、アナの方も初対面のことを反省してくれたのかそれ以降は俺との距離は一定を保ってくれているしな。
そうじゃなかったらとっくに俺の寝込みを襲ったりしていただろうし。
……単に俺が自室に鍵を増設したから入れなかっただけかもだが。
それに……
『はぁ、エピライブの成長に必要なものですか?』
『ふむ……なら、あのメイド服を着た配信者を参考にするといいでしょう』
これはつい昨日、たまたま会った香流子から言われたことだ。
彼女は久良音のサポーターとしてプロデューサーも兼任している。
毛嫌いされているのは分かっているが、俺からしてみれば数少ない伝手のある同業の先輩となる。
そこで無理を言ってアドバイスをねだったらこう言われたのだ。
『アーカイブのタイトルは少々アレなモノですが、彼女の配信にはエピライブ全体に足りないモノがありますよ』




