第55話 イロウの「冒険」
「後は――俺の冒険しだいだ」
短く呟いて、俺は立体駐車場の外壁から飛び出した。
一瞬の浮遊感が俺の全身を包む。
それが重力によって地面へ引き寄せられてしまうよりも早く、俺は自分が飛び出した外壁へ着地する。
「《選択武装》――」
垂直の外壁を足場に俺はぐぐっとしゃがみ込み、己の腰に手を回した。
――バチ、バチバチッ。
イメージとしては居合、抜刀術の構えだ。
俺は実体のない刀の柄を握り締めるように己の周囲で弾ける紫電たちを手のひらで掴み取り、一息。
紫電の刃を抜刀する。
「――《神鳴切》」
俺が引き抜いたのは、一振りの日本刀。
――勝負は一瞬。
一刻を争う事態で、すでにラッカリカの身に危険が迫っている。
冒険だろうと何だろうと、出し惜しみはナシだ。
己が得物を手に、俺は一気に外壁を蹴飛ばす。
そうして、俺は稲妻となった。
俺の全身を雷が駆け抜け、そこから溢れ出したモノが迅雷となって俺の行く手を阻む空気の層を押しのける。
轟く雷鳴すらも背後へ置き去りにして、迅雷の加速を得た俺はその全力を乗せて手にした刃を振り抜く。
ゆえに、俺に必要だったのは一瞬だけ。
「え……ッ!?」
その一瞬で、俺はホールの檀上へ降り立った。
――光の世界を前にして、音速程度の銃撃など止まって見える。
ラッカリカとテロリスト共の間に割って入り、激昂したリーダー格の男が撃ち放った銃弾を切り払う。
そのまま返す刃で男の銃を断ち斬り、続けて人質たちをぐるりと取り囲んでいたテロリスト共を斬り伏せる。
もちろん峰打ちだ。
ここまでが、奴らにとっての一瞬の出来事。
この一瞬をもって、俺はテロリスト共を鎮圧した。
「お前たちのおイタはここまでだ。カルトのテロリスト共」
「なッ……!? なんだ貴様、まさか異世界人の仲間か!?」
「生憎だな。俺は純粋にこの国産だよ」
刹那の内にこの場の全員を無力化し、俺はあえて残したリーダー格の男へと《神鳴切》の切っ先を突きつける。
連中からしてみれば、雷鳴と同時に自分たちが制圧されたのだ。
まぁ、連中が驚くのも無理はないだろうな。
だからどうしたって気分だが。
「クローリスは警察に連絡を頼む。シキータは、残ったテロリストを任せた」
「……わ、分かりました」
「ああ――承知した」
俺の指示にクローリス、そしてシキータが頷く。
シキータも主であるラッカリカに危険が迫ったことで、すっかり酒の酔いも醒めている様子であった。
……ドロリーが使う異世界の魔法のように、シキータもアプリの制限を無視して戦うことはできそう(素手でも強そうだし)だが、おそらく他の人質たちの安全を考慮して大人しくしていたのだろう。
今までのうっぷんを晴らすかのように倒れたテロリストと軽々と一か所に投げ飛ばして連中の山を作っていた。
……投げる前に一人一人の腹を殴るのはいいが、過剰防衛はとられないようにしてくれよ。
クローリスもスマホで警察に通報しつつ、他の場所にテロリストの仲間がいるかもしれないからと他の人質たちをなだめている。
助かる。
ここで蜘蛛の子を散らすように人質が逃げ出して、もし他のテロリストがいたりしたら俺一人では手に負えなかった。
そして、肝心のお姫様はというと……
「……イロウ、さん?」
「悪い、待たせたな。ラッカリカ」
いきなり現れた俺を夢か幻でも見るかのように目を瞬かせるラッカリカに、俺は簡潔に事実だけを告げる。
「もう大丈夫だ」
「――……」
ラッカリカの返事はなかった。
代わりに安堵の吐息がラッカリカから溢れ出し、彼女はペタンと地面に座り込む。
きっと緊張の糸が途切れたのだろう。
気持ちとしてはすぐにでもラッカリカを労いたいのだが、俺は一人残ったテロリストのリーダー格の男へと向き直った。
「じきにここを包囲していた警察連中が来る。下手に抵抗しようとなんか思うなよ。俺の前で、誰かを傷つけさせたりなんか絶対にさせない」
「ぐッ……こ、この! 貴様も同じくこの世界の生まれでいながら」
「そりゃそうだろ。こんな薄汚い手段しか取れない野郎どもの手なんか、いったい誰が取ろうとなんて思うんだよ?」
「なんだとッ!?」
――正直、俺も連中の言論にはムカついている。
確かにダンジョンは危険な場所だ。
いくらギルドによって管理されていようともモンスターの脅威はあるし、未開拓エリアに迷い込んでしまったら命の保証だってない。
下手に迷えば外国はおろか、異世界にだって繋がってしまう――そんな不思議な場所である。
ただ、だからって。
「冒険に出る勇気すらない奴が、うわべだけのモノだけを見て冒険に出る奴らの足を引っ張っていいわけがない」
「――――クソッ、こんなチカラに」
「もう一度だけ言ってやるが」
激昂し懐へ手を伸ばすリーダー格の男へ俺は刃を振るう。
ガシャン!
男が取り出したスマホが、俺の一撃を受けて真っ二つになった。
……大方、違法改造のアプリでも使おうとしたんだろうな。
このテロリスト共が危険視するくらい魅力的なダンジョンの技術だ。
もしものためにと隠し持っているかも、と思っていたが……やはり最後の最後で使ってきた。
まったくもって、思想も理念も半端な見下げ果てた連中だったな……
返す刃で男へ峰打ちを叩きこみ、気絶させる。
「俺の前で、誰も傷つけさせない」
それが、今回の冒険の終わりだった。




