第45話「ウェへへ……もうガマンできません!」
キランと瞳を輝かせてアナが告げる。
「なので、わたしとイッパツ実戦してみませんか?」
「お断りします」
「そんなぁ!?」
アナは愕然とテーブルを叩いた。
「なぜですかイロウさま!? あ、ひょっとしてわたしが誰彼構わないタイプだと誤解されてますか? ご安心ください! 今まではご主人さまの迷惑にならぬよう妄想とゲームプレイだけで済ませていますので身体の方は――」
「そういう話ではありません」
常識的な対応というものです。
思わず敬語で答えながら、俺は内心で頭を抱えた。
初対面が初対面なだけに一癖あると思っていたが、とんだ変態メイドだ。
それ以前に……こんな奴をダンジョンへ入れていいのだろうか。
本人の口ぶりではちゃんとガードは堅そうだが、気を抜くと悪い男に引っかかってしまいそうな危うさがあった。
……ここはプロデューサーとしてちゃんと釘を刺しとかないとな。
ゆっくりと深呼吸をして動揺を抑え、俺は諭すような口調でアナへ告げた。
「あのな、アナ。そういう誘いをするならもっと段階を踏んだ方がいいぞ。お前たちの世界だってそんな奔放な価値観はなかったはずだろ? 俺たちはまだ初対面なんだ。もう少しお互いを知ってからでも――」
「ですが、トイレの中だとまんざらでもない反応を」
「トイレの話はやめろ!」
まじまじと見せられて反応しないほど俺は老いちゃいな――という話じゃなく!
ゴホンゲフンと咳払いをする俺に、アナはニヤリと不敵に笑う。
「安心しました。つまり――わたしの身体でイロウさまは興奮できるのですね?」
「…………ごちそうさま」
……魅力的な美人には違いないんじゃないか?
喉から出かけた言葉を飲み込み、俺は食事を終えて手を合わせた。
俺はいたって健全な男である。
魅力的な異性を前にしてノーリアクションを貫くことはできない。
……節操なしに聞こえるかもしれないが、それはみんながびっくりするぐらいの美人ばかりだからだ。
しかし、俺はこの事務所のプロデューサー。
言い寄られただけでコロッと手を出してしまうような真似はできない。
冷静になるんだ俺。
クールにこの場を凌ぐのだ……
「いいえ、イロウさま。まだお食事は終わっていません」
「……全部食べ切っただろ?」
テーブルの上に乗った食器は全て空っぽ。
米粒一つ残していない。
完食。
とても美味しかった。
だというのに、アナは「ハァハァ」と鼻息荒くジッと俺を見つめて――
「もう我慢できません!!」
いきなり飛び掛かってきた!?
ガバっと両手を広げてこちらに飛び掛かってくるアナ。
俺はとっさに彼女をソファの方へ投げ飛ばすが、アナはすぐに起き上がって俺の方を狙ってくる。
「イロウさま! 添え膳がここまでお膳立てしているんですよ! ご立派なモノをお持ちなのですから、しっぽりいただくのが男の甲斐性というものでしょう!?」
「何が甲斐性だ変態メイド! 膳ならちゃんと食べたじゃないか!」
「いいえ、まだデザートが残っています!」
「和食要素をかなぐり捨てるな!」
「ええい――食べてくれないと廃棄処分です! フードロスしていいんですか!?」
「冷静になれ! お前はまだ人間だろ!?」
お前がなっているのは料理じゃなくて変態だよ。
ジリジリと間合いを詰めてくるアナに対し、下手に避けて彼女が怪我してしまわぬようギリギリの距離を保つ俺……いったい何なんだよこの攻防戦?
「同じ屋根の下、他の皆さんは出かけていて二人っきり……ゲームでなら回想シーンの一つや二つ出ていますよ! メイドさん個別ルート確定ですよ!?」
「確定するわけないだろ! ここは現実だ!」
「こんなおいしいシチュエーションでもしもイロウさまに断れてしまったら……わたしはもう女として、いいえメイドとして失格です! ですから、どうか……どうか、おちん――」
「せめて慈悲をねだれ!」
「スキありです!」
「なッ、しま――」
眼前にいたアナの姿がかき消える。
ツッコミにかまけて油断していた。
とっさに俺が逃れようとする前に、アナは流れるような動きでこちらに肉薄。
瞬く間に俺を床に押し倒してしまった。
仰向けに倒れた俺に馬乗りとなったアナが内股をこすりつけてくる。
「ハァハァ……うぇへへ。さあ、これで逃げられませんよ」
「そいつはどう――」
「イロウさま、いただきまぁーす!」
「添え膳の話はどこいった!?」
なんで食べるはずの膳に捕食されなくちゃならないんだ。
それ以前に、みすみすアナに捕食されるつもりもない。
これはさすがに緊急時だ。
一応アナもダンジョン配信者だし少しくらい乱暴に扱っても問題ないだろう。
俺は暴走する変態メイドへお灸を添えようと――
ピロリロリン。
スマホが通知音を鳴らした。
ぴたっ。
瞬間、強引に俺の服を脱がしにかかろうとしていたアナがぴたりと硬直する。
何事かと俺が彼女の動向をうかがっていると、やがてアナは残念そうに小さな嘆息を漏らして俺の上からゆっくりと立ち上がった。
「……残念ですが、時間切れのようですね」
「時間切れだと……?」
いったい何の話だろうか。
さっきの通知はメッセージを受信した音だ。
アナはどうやら、それが誰からのものか見当ついているのだろう。
起き上がりながらスマホを取り出す俺に、アナは佇まい直してメイドらしく優雅な仕草で一礼をした。
「わたしはご主人さまのメイドです。イロウさまが望まれるのでしたらいついかなる時でもどんなことでもお相手する所存ではありますが、それはそれ。主が望まれることを最優先とさせていただきます」




