第43話 四人目の配信者
ちょろちょろと水音が響くトイレの中。
……なんなんだこのメイドは!?
とんだ伏兵である。
確か、配信をサボっている引きこもりは二人だと言っていた……ドロリーのインパクトが強すぎてすっかり忘れていたが、このアナというメイドがその時に言及された《《もう一人》》なのだろう。
メイドというからには主人はおそらくラッカリカだ。
「どうぞご覧ください。そして我慢できなかったら、その時は誠心誠意ご奉仕をさせていただきます♪」
……なんで俺がご奉仕されなくちゃいけないんだ?
「ささ、イロウさま。この生娘の身体をしっぽりじっくりずっぽり」
「見るだけでどうしてそんな擬音が出てくるんだ?」
というかコイツも話を聞かないタイプかよ。
いったい誰に似たんだか……「私こんな恥ずかしいことしません!」と脳内のラッカリカが反論してくるが、それはスルーするとして。
「……むう。添え膳喰わぬは、というのはこの世界の言葉ですのに。まさかぎゅっと目を瞑られてわたしを見てくれもしないなんて……わたしのこと、お気に召しませんでしたか?」
好きか嫌いかの話になるのか……?
「別にそういう話じゃない。せめてトイレ以外で会いたかったってだけ――」
「つまり、ご自分でわたしに出させたいと」
「違います」
マジで違います。
ちょろちょろ――ぴちょん。
目を瞑ったまま首を振ると、ここまで聞こえていた水音がようやく収まった。
どうやらやっと終わってくれたらしい。
シャーという水洗の音に続けて、がさごそと衣擦れの音が聞こえてきて俺はほっと胸を撫で下ろす。
……そろそろ俺の我慢も限界が近い。
終わったというならさっさと出て行ってもらって――
「それではイロウさま。このままどうぞ」
「…………はっ?」
何を言っているんだこのメイドは?
思わず目を開けてしまった。
先ほどと変わらずトイレの中。
眼前の便座には先ほどと同じ格好でメイドのアナが鎮座している。
いや――より正確には、足をガバっと開けて俺の何かを待っているように見えた。
「まさか、イロウさまはわたしにだけ恥ずかしいことをさせるおつもりですか?」
「つもりもなにもお前が勝手にしていただけじゃないか?」
「わたし、殿方がする所を見たことがないんです」
「話を聞いてください」
いい加減、俺も我慢の限界だった。
俺はここにトイレをしにきたのだ。
断じて初対面のメイドの痴態を見るためでも、ましてや彼女に自分に痴態を見せるためでもない。
というかなんで朝一(いや今は昼か)でこんなことになってしまうのか。
……もう、我慢の限界だった。
「ささ、イロウさま」
「……ええい!」
次からは何があってもノックをしよう……
そう心に決めて、俺は――
◇――――――◆
「ふふふ……人の身体って不思議ですね。イロウさま」
「……ノーコメントで」
つい数分前の出来事をもう思い出したくはなかった。
あれは犬に噛まれたようなものだ。
犬に、噛まれ……うう。
「もうお嫁に行けない……」
「ご心配には及びません。アレから大きくなることを考えれば、イロウさまの虜になる女性はわたしも含めて大勢いらっしゃいますよ」
「そういう話じゃない……」
トイレでの攻防戦を終えて、リビング。
ダイニングテーブルに着いて顔を覆う俺に、キッチンから戻ったアナがほくほく顔で俺の対面に座ってきた。
彼女は食器の乗ったお盆を持っていて、それらを俺の前に並べてくる。
「……昼飯?」
「はい。本当は自己紹介を兼ねてご用意していたのですが……お礼とお詫びを兼ねることになりました」
いったい何のお礼なのだろうか?
そんな疑問はともかくとして、アナが持ってきたのはごはんに味噌汁、鮭の塩焼きと卵焼きにキュウリの浅漬けといった和食メインの献立だった。
「もともと、皆さまの朝食として用意したものでして、昼食としては……」
「いや、ありがたい限りだよ」
空腹の虫が鳴ってしまう前に俺は「いただきます」と両手を合わせた。
さっそく味噌汁を一口……
「美味い」
「お口に合ったのならよかったです」
思わず呟いた俺にアナがホっと胸を撫で下ろした。
それに対し俺は頷きながら料理を食べ進める。
……本当に美味い。
俺も自炊はするが基本的にズボラなので簡単な料理で済ませるので、こういった和食系は久しぶりだ。ごく一般的な和食だが、今時ここまで手が込んでいる朝食を用意してくれることは稀のはずだ。
……メイドというのは伊達じゃないってわけか。
俺が無心で食べ進めている間、アナはじっと俺を見つめている。
「……どうかしたか?」
「お味噌汁、毎日飲みたくなったりしませんか?」
「……これだけの腕があれば結婚相手は引く手数多だと思うぞ」
「いえ、結婚願望はそこまで」
ただ、とアナは恍惚な表情を浮かべる。
「イロウさまなら、ていよくお世話しがいがありそうだなぁと思いまして」
「どんな欲求不満だ」
しれっと語るアナにたまらず大きな嘆息を吐き出した。
……これまた、とんでもない奴が出てきたものだ。
初対面がトイレの中だったというだけでもとんでもないのだが、こうしてメイドとしての仕事を全うしているというのに……ダンジョン配信をしていないときた。
俺はプロデューサーだ。
ダンジョン配信をしない配信者がいるのなら、それをするように仕向けるのも仕事のうち。
なぜ配信をしないのか一目瞭然だったドロリーの時とは違い、まずはその理由を突き止める必要がありそうだな。
これまた骨が折れそうな配信者だよ……
俺が内心で対策を案じていると、佇まいを直したアナがペコリと頭を下げてきた。
「イロウさま。まずはご主人さま――ラッカリカさまのメイドとしてご挨拶が遅れてしまったことを謝罪させてください。つきましては次回のダンジョン配信において、他の方々と同様にまずはわたしのサポーターとして」
「――え?」
配信するの?




