第38話 一件落着――お酒の席での話はこじれる
ダン! とテーブルを叩いて異を唱えたのは、久良音の隣を陣取った女であった。
頭の左右でまとめた短いツインテールを揺らしたパンツスーツの女である。
童顔をこれでもかとしかめっ面にして、彼女はカシスオレンジのグラスをゴクゴクゴクとイッキ飲みしてから不満たらたらの視線を俺の方に向けてきた。
「なんでここまでの関係でゴールインしてないんですか!? 阿吽の呼吸で話が終わるのに何で結婚しないんです!? お姉さまはあなたのことをこんなにも――いらないならその股間のモノ含めてわたしが貰います! わたしがお姉さまと寝ます!!」
「待て、私の貞操はイロウのモノだ」
「ツッコむトコはそこじゃないだろ」
「分かっている。ツッコむのは私だけに――」
「そういう話でもない」
というか自分の連れがとんでもないこと口走っているのにスルーか?
――この女は深翌香流子。
開拓者を辞めてダンジョン配信者となった久良音の専属サポーターで、彼女を人気ダンジョン配信者にした立役者である。
俺たちの救助では技術者として未開拓エリアの外から協力してくれた恩人でもあるのだが……香流子は筋金入りの久良音ファンでもあり、彼女にこうして求婚を迫られる俺を目の敵にしているのだ。
「そもそもッ! お姉さまにここまで目にかけていただいていながら、いったいなんなんですかその態度は!? わたしなんていくら押しても押し倒せないのに……! うらやま――万死に値しますよ!!」
ところどころで欲望がダダ洩れになっているが、それはともかく。
……今の俺はエピライブのプロデューサーだ。
久良音のサポーターとして彼女のプロデュースも兼任していることで有名な香流子には色々と教わることができるかも……と期待していたが、この調子だと難しそうだ。
注文用のタブレット端末で早くも本日三杯目のお酒を注文し「ヒック」と頬を赤くしながら肩を揺らす香流子。
……ヤケ酒かってくらいにペースが早いな。
瞼もトロンとしているし、もう完全に出来上がっていた。
「うう~ヒック。もう~わたしならお姉さまが望むなら何だってしますのに~うう、どうしてこんな男なんかに~!」
「入浪を愛しているからだ」
「…………」
平然と答える久良音に俺は沈黙を貫く。
……久良音の方もペースが早いな。
もうビールのジョッキが空になっている。
彼女の場合は言動に大きな変化はないが、その白雪のような肌が赤くなるので分かりやすい。
まあ久良音の場合、元が白すぎるって所もあるんだろうけど。
「香流子。私のためなら何でもできるのか?」
「もちろんです! 例え火の中水の中草の中! 望まれるなら――入浪のやつを逆らえなくなるようあんなことや……こん、な、ことだって~……ッ!!」
「いや、そこまではいい」
今にも血涙を流しそうなほど歯噛みする香流子に久良音が首を振る。
……え、今のでコイツが何するつもりなのか分かったの?
「~ッ! 負けませんからね入浪!」
「何をだよ?」
さっぱり分からない。
いや、これは酔っ払いの言い分だ。
大した意味はないだろうし、ここは適当に話を聞き流しておく方が無難だろうな。
よし、そうしよう。
酔いが醒めた後に追及されても「俺も酔ってたから何も覚えていない」と言い訳もできるし。
やいのやいの言う香流子と久良音たちの騒がしい話声を肴に俺がビールをちびちび飲んでいると、不意に二人の視線がこちらへ向いた。
「――入浪をその気にさせるのを手伝ってくれ」
「わっかりました!!」
「いったい何があった!?」
いやマジでなんでそうなる!?
口に含んだビールを吹き出しそうになる俺をよそに、二人はゆらりと仄暗い光を宿した瞳で俺を見つめてくる。
――クソっ、誤算だった!
久々の再会で二人っきりになった久良音が何をしでかすか予想できなかったから保険として俺を目の敵にしている香流子も同席してもらったのに、まさか二人がかりでこっちに来るとは……!?
「おい香流子! お前、愛しの久良音が俺なんかに取られてもいいのかよ!?」
「お姉さまの幸せがわたしの幸せ! お姉さまが望まれるなら……ぐぐ、まああなたなら? 何があってもお姉さまを悲しませるような真似はしないでしょうし。ちゃんと責任とってちゃんと家庭を――子供を――裏切ったら殺す!」
「脈絡がぶっ飛んだな!?」
しかもついさっき来た新しいグラスをもう飲み切ってる。
まるでヤケ酒。
自分の妄想でヤケ酒をしてるよコイツ……
いくら飲みやすいカクテルだからって流石に飲み過ぎである。「ぷはぁ!」と酒豪のようにグラスをテーブルに置き、香流子は半泣きになって叫んだ。
「寝取られ! 寝取られですよこんなの! お姉さまが入浪のモノになってしまうのならいっそ――わたしも一緒に貰われます!! お姉さまとわたしが一緒になってあなたを百合の間に挟んでなぶり殺しにしてやります!」
「とんでもないことと恐ろしいことをいっぺんに言うな!」
「それ以前にまだ寝ていないぞ」
ツッコむのはそこだけじゃないんだよ久良音さん……




