第37話 一件落着――旧友と杯を交わさず
その後、俺たちは無事にギルドの救助隊によってダンジョンを脱出した。
しかし、どうやらホルモンたちが調べた直後にあの通路は侵入規制がかけられていたらしく、帰還を果たした俺たちを待っていたのはギルドからのお説教と取り調べであった。
……そりゃ、ダンジョン配信者は「未探索エリアへ続く入口を探させる」ための制度でもあるが、実際に未探索エリアへ足を踏み入れていいのは開拓者だけ。
命からがらでも無事に生きて帰還できた、ということもあって永久BANにされることはなかったが、サポーターである俺も含めてドロリーたちは数日間の配信活動禁止を言い渡された。
まあ、言ってしまえば少し長い休息期間というものである。
ダンジョン配信に消極的なドロリーにとっては喜ばしいことだろうが、彼女は念のためギルドお抱えの医療機関で検査入院が待っている。念のためのモノなので一晩で退院することになるだろうが、それもあって俺はドロリーと別行動になった。
とはいえ俺も久しぶりの死線を潜り抜けた直後だ。
今日はそのまま家に帰って休もうとしたのだが――
「……では。私たち夫婦の再会を祝って」
「誰がそんな音頭で乾杯するか」
差し出されたジョッキを無視して、俺は一人で乾杯してビールを飲んだ。
……こうなるとは思ったけどさ。
ギルドから解放された俺がいるのは、ギルドの近くにある個室居酒屋。
ちょっとお高めの店で、久良音に呼び出された俺はここの座敷で彼女と卓を囲んでいた。
未探索エリアでの再会は予想外だった。
そのまま事後処理をしてハイさよなら――なんて彼女が許すはずもなく、俺はこうして彼女に呼び出されたのだった。
誘いを断って帰ってもよかったのだが、今の久良音は曲がりなりにも界隈トップクラスのダンジョン配信者である。
誘いを無下にしてエピライブを目の仇にされても困るしなぁ……久良音がそんなことするはずがないのは分かっているんだけど。
彼女の周囲がそれを良しとしないのは容易に想像がつく。
「むう……せっかくの再会なのにつれない奴だな。入浪」
俺が乾杯に応じないと見るや、久良音はその綺麗な頬を膨らまして不満をあらわにして自分のジョッキへ口をつけた。
「もう少し色々あるんじゃないか? その、こう……一緒に暮らしていないとはいえ、私たちは夫婦」
「いつ俺たちが結婚した?」
「何を言う。婚姻届ならちゃんと――」
「不受理申出はちゃんと出してるぞ」
「なッ!? やはりお前の仕業か!?」
「同意してないのに届け出ようとしてる奴がいるんだから当然の対策だ」
目の前に実行犯がいるというのに対策を講じない方がおかしい。
しかし、当の久良音は悪びれる様子もなく眉を寄せて呻いた。
「く、むう……やはりプロポーズは自分からしたいと」
「そんなこと誰も言ってないぞ」
「では何が不満なんだ? 自慢ではないが、今の私はたとえ子供ができたとしても養っていける稼ぎもあるし、入浪に気に入ってもらえるよう身なりにも気を使っている。家事――は、そこまでだが、それでもだ。身体の相性なら今すぐにでも確かめれば――」
「やめろ! 出禁になる!」
服を脱ごうとした久良音を慌てて止める。
居酒屋はそんなことをする場所じゃありません。
……まったく、コイツは相変わらずだな。
久良音とは開拓者になる以前からの付き合い。
言ってしまえば昔馴染みである。
お互いに似たような身の上で、開拓者を辞めるまでは一緒に暮らしたこともあったので互いのことは家族のように詳しい。久良音は当時からびっくりするぐらいの美人だったが、当人の言葉通りその美貌はより一層磨きがかかっていた。
……久良音のことは嫌いじゃない。
それは本当だ。
あれから何事もなかったとしたら、きっと――俺たちは彼女の望んだ通りの関係になっていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
それが、俺と久良音の関係なのだ。
「……まだ、気が変わってくれないか?」
「ああ……もう冒険はこりごりだし、身を固めるつもりもない」
「そうか」
久良音の返答は短かった。
残念そうに呟いて、彼女は自分のジョッキをあおった。
彼女も分かっているのだ。
言葉で説得できたら、俺はきっと……まだ《《あの場所》》にいた。
……だからってあの手この手で既成事実を作ってくるのは困りものだが。
まあ、そんなことはともかくとして。
それからは特に会話もなく、俺たちは静かに食事を進めた。
結婚うんぬんを除けば久良音はあまり口数が多い方じゃない。
俺も自分から積極的に話題を出す方でもないので、俺たち二人っきりだと決まってどこかで会話が沈むタイミングが生まれるのが常だった。
……こういう所も、昔から変わらないな。
俺も久良音も、大人になって立場は変わっても、俺たちの関係が途切れてしまうことはない。
そういう点で言えば俺たちはもう家族のようなものだし、そこは久良音も同じことを思っていることだろう。
だから、俺たちはこのままでいい。
そんなことを考えながら、俺は料理に舌鼓を打つ。
しかし、
「って、熟年夫婦か何かなんですか!?」
この場にいるもう一人がそれを良しとしなかった。




