第36話 それで、勝敗は?
はて、勝負……?
「あ、ひょっとして配信の」
「そう。まだあの勝負は終わっていない。イロウはさっき、勝敗なんてどうでもいいと言った。それにドロリーが強いと認めた。負けを認めたと同義」
「いやいやいやいや」
それとこれとは話が違うだろう!?
ブンブンブンブンと俺は勢いよく首を横に振る。
『モンスターをより多く倒した方の勝利』
……配信中にドロリーが持ち掛けてきた勝負のことは憶えている。
確かにあの時はホルモンとふわんちの登場で勝敗はうやむやになっていたが、だからってこんな時に蒸し返さなくてもいいだろうに。
ドロリーの無事で安堵したのもつかの間、俺の背中に冷や汗が流れる。
「これでイロウの手はドロリーのおっぱい置きになった」
「待ってくれ。いや待て」
それ本気だったのか……というのはさておき。
……断じて俺の手をドロリーのおっぱい置きになんてさせるわけにはいかない。
ウチの事務所はただでさえ女所帯で肩身が狭いというのに、そんなことになってしまえばラッカリカたちが何を思うか――
内心でゴクリと生唾を呑んで俺は必死に思考を巡らせる。
「あれって配信――扉の間での話だろ?」
「場所も制限時間も設定はしてなかった」
「……まあこんなことになるとは思ってなかったしな。というか勝敗を決めるならまずスコアをまとめるべきだろ。ええと、お前が倒した数は……」
「ドロリーは三十四」
「いや、二十七だった」
しれっと数を盛ったドロリーに訂正を加える。
油断も隙も無いなコイツ……
「むう……」
「俺の方は三十一だ。これで俺の勝ち――」
「イロウも盛った。あそこには三十も残ってなかった」
「ダンジョンゴーレムがいただろ。ボスモンスタ―なんだから小型よりも多くカウントしてもいいじゃないか」
「アレはドロリーが捕まえた」
「魔法機関を破壊したのは俺だ」
「なら、ここのモンスターも数に入れるべき」
「だったらなおさら俺の――」
「ううん。ドロリーが――」
「ちょいちょいちょーい!!」
「二人ともストップ! ストーォップ!!」
むむむ……と俺とドロリーが顔を突き合わせて言い合っていると、ホルモンとふわんちによって止められてしまった。
「もう! ここはみんなでホッと安心するとこでしょ! なんで喧嘩してるの!」
「ホントだぜ……こんなやべー状況を生き抜けたんだぜ……もっと喜ぼーぜ」
俺をホルモンが、ドロリーをふわんちが引きはがし、すぐに俺たちが文句を言おうとするよりも早く二人して怒ってきた。
……あ、ドロリーに気を取られてすっかり忘れていた。
「すまない……アンタたちもケガはないか?」
「ああ、せいぜい転んで擦りむいたくらいだ」
「……二人のおかげだよ」
俺たちが落ち着いたのを見計らって、ホルモンとふわんちが俺たちから離れる。
それから俺たちの前まで移動して――いきなり二人して頭を下げてきた。
「「ごめんなさい!!」」
「「何が?」」
こちらは二人して首を傾げた。
いきなり謝ってこられても……こちらにはその謝罪を受け取る理由が分からない。
何か悪いことをでもされたのか? なんてドロリーと共に疑問符を浮かべていると、二人はおずおずと言葉を続けてきた。
「何って……オレたちのせいで、こんな危険なことに巻き込んじまったしさ」
「そうだよっ。フツーなら見捨てられてもおかしくなかったのに、それどころかあたしたちまで守ってくれたし」
……ああ、なんだ。
そんなことか。
「気にすることはない。ドロリーはドロリーのやることをやった」
「そこは俺たちってことにしてくれないか……?」
「……ん、それはイロウがドロリーの一部になるって」
「違う」
誰もそんな話はしていない。
俺は咳払いしてからホルモンたちに続けた。
「とにかく、おおむねドロリーの言う通りだよ。これはただのアクシデントだし、誰が悪かったかなんて話でもない。誰かを責めるよりも、今はみんなで生き残れたことを喜ぼう」
そう。俺たちは無事に生き残った。
今はただ、それだけでよかった。
俺の言葉に「そう言うなら……」と二人が顔を上げる。
それから少しの間を空けてからドロリーが「仕方がない」とばかりに小さな嘆息を漏らした。
「ん、今回の勝負は引き分け」
「……まあ、冷静になれば俺も意地になっていたしな」
俺としては自分の手がドロリーのおっぱい置きなんてモノにさえならないのなら特に文句はない。
しかしドロリーの方は自分で宣言しておいてなお未練があるらしく、俺の両手を名残惜しそうに見つめながらフンスと鼻息を鳴らした。
「次はドロリーが完勝する。イロウの全身をドロリーのモノにする。ドロリーのお世話係としてなんでもしてもらう」
「またお前は……というか、俺が完勝したらどうするんだ?」
「その時はドロリーがイロウのモノになる。責任をもってちゃんとお世話してもらう」
「俺が面倒を見るのは確定なのか……」
どうにかしてやり過ごさないと……いや待てよ?
俺が勝ってドロリーにちゃんとダンジョン配信をさせるって手段もあるか。
……俺の人権を掛け金にするだけのモノかは疑問だがな。
「入浪」
と、そんなことを考えている内に向こうも一段落付いたようだ。
俺の名を呼びかける久良音の声。
それに振り返ると、おびただしいカマキリ型モンスターの残骸を背に銀髪の剣士が俺たちの近くへ降り立った。
「久しぶりだな、久良音」
「ああ。だが再会を喜ぶのは後だ。ここはどうやらあのモンスターが孵化を待つ卵の中であったようだからな。すでにここへ繋がる扉を技術者が用意している。新たなモンスターが出てこない内に脱出を――」
「「ひょ――《氷冷の姫人》!?」」
え、今さら?
ホルモンとふわんちの声に俺も驚いてしまった。
いや、よく考えれば無理もない。
どうやらドロリーの救助に集中していて誰が救援に駆け付けてくれたのか気付いていなかったらしい。
二人が感激とばかりに久良音を取り囲む。
「ま、ままさかあの有名配信者がオレたちを助けに来てくれたのか……んん?」
「あの、あのあの! ファンなんです! 後でサインとか……あれ? でもなんでサポーターさんの名前を? ひょっとして――」
「イロウの、何?」
感激しながらも当然の疑問を浮かべる二人に続き、ドロリーが問う。
それに対し久良音は涼しい顔で答えた。
「婚約者――いや、彼の妻だ」
そんなわけがあるか。




