第35話 生き残れた
かの《氷冷の姫人》が駆けつけてきたのならもう安心だ。
確か俺と同じくらいに開拓者を辞して、今は配信者として有名になったはずの久良音がどうして救援部隊を率いて駆けつけてくれたのかは分からない。
だが、彼女を筆頭に続々とモンスターの掃討を始める他の連中も、面識こそないが未開拓エリアへ派遣されるほどの実力者ぞろいだ。
すぐさま始まった激しい戦闘は俺一人の助力など必要なく、恐ろしい速度でモンスターの軍勢が蹴散らされていった。
……あとは、本職の方々に任せるべきだ。
俺の冒険は終わった。
激しい戦闘の音を背に、俺はドロリーの元へ駆け寄った。
「ドロリーッ、容態は――って、血がこんなに」
「あ、アンタか! 聞いてくれ! この子の傷が――」
ホルモンの言葉を聞き終えるより早く俺はドロリーを抱き上げる。
足元はすでに血だまりになっていた。
その量からして最悪の可能性が脳裏をよぎるも、俺はかぶりを振ってホルモンたちへ指示を飛ばす。
「とにかく止血だ! お前ら回復魔法を」
「……んっ。イロ、ウ?」
その時、俺の腕の中でドロリーが身じろぎした。
よかった!
まだ意識があるみたいだ。
「気付いたかドロリー! まだ動くな、すぐ回復魔法を」
「イロウの、勝ち……?」
「勝敗なんて今はどうだっていいだろ!」
そんなことを論議している余裕はないのだ。
ぼーっとした表情でこちらを見上げてくるドロリー。
瞳の焦点が合っていないのは失血の証拠だろう。
やはり状況は一刻を争う。
俺も得意じゃないが回復魔法を唱えようとドロリーの腹部へ手を伸ばす。
だが、その手をドロリーが掴んで止めた。
「大丈夫」
「大丈夫だと? そんな傷で――」
俺が反論するよりも先に、ドロリーはおもむろに自分の腹部を触らせてきた。
それはつまり、今しがた彼女が受けた傷のある場所へ――
「あれ、ない?」
ぬめりとした血の不快感こそあれ、傷の生々しい手ごたえがなかった。
それどころか俺の手のひらに伝わるのはドロリーの柔肌の感触。
本当に傷が消えているのか彼女の腹部を確認していると、ドロリーがくすぐったそうに身をよじった。
「んッ……傷はすぐに魔法で治した。動けなかったのは痛かったせい」
「ほ、本当に大丈夫なのか……?」
「痛いモノは痛い」
それで済むなら上等だろうよ……
普通なら痛い思いをした上で死んでいた所である。
『本当は不老の呪いが作用した。不死じゃないけどけっこうしぶとい』
……流石は大魔女様だな。
念話による補足を聞いてもなんでドロリーが無事なのかさっぱりだが、無事だったのなら何も言うことはない。
俺がホッと胸を撫で下ろすと、身を起こしたドロリーが「あ」と声を上げた。
彼女が見ていたのは自分の身体だ。
身体そのものは無事だったが、流石に服まではどうしようもなかったらしく……腹部から鳩尾あたりにかけてバックリと切り裂かれたパーカーからドロリーの白い腹部や大きな胸の下側が――
「ホルモンは見ちゃダメ!」
「うそん!?」
ホルモンがふわんちによって目隠しをされていた。
……いや、アレは目隠しというよりも目潰しか?
後ろから覆いかぶさるようにして的確に眼球へダイレクトアタックを受けて「ぐおおおおおお!?」と悲鳴を上げるホルモンへ心の裡で合掌して俺はドロリーへ向き直る。
もちろん、際どい部分は見ないようにして。
「……服は仕方ないな。まさか下着も斬られて」
「ブラは嫌い。絆創膏だけ」
俺はすぐさま口を閉ざした。
ここでの詮索は藪蛇である。
ドロリーの事だ、下手に言及すれば「触る?」とか言い出しそうだし。
「さわってみたい?」
「やめとく」
案の定だった。
「むう、イロウは嫌い? 女の子のおっぱい」
「……ここらへんで勘弁してください」
「ぐおおおおお、ふわんち! まだ何も見てなかっただろ!?」
「あたしというものがありながらってやつですーッ!」
さっきまでは激しかった戦闘の音が小さくなっている。
もうすぐ久良音たちがモンスターの掃討を終えるのだろう。
極限状態の窮地を脱したからか俺たちの口は軽く、全員の顔には安堵からくる笑みが浮かび上がっている。
……ああ、今度は。
今度は、ちゃんと守れたんだ。
「イロウ」
「なんだ、ドロリー?」
「言ったはず。ドロリーは強い」
「……ああ。強いな」
「なら、勝負はドロリーの勝ち」
「は?」




