第34話 また
鮮血が飛び散った。
空洞を照らす火球が揺らぐ。
俺が投げ放った直刀がカマキリ型のモンスターに命中し、その首を穿ち抜いて絶命させる。ホルモンとふわんちも無事だ。俺が指示した通りに展開された防御魔法もわずかに明滅したものの火球と共にちゃんと維持されている。
だが、しかし。
俺の視線の先で――ドロリーの小さな身体が倒れ伏せた。
「ドロ――」
「なに……あれ……」
すぐに俺はドロリーへ駆け寄ろうとするが、そんな暇は赦されない。
キシ、キシキシ……
ここは未開拓エリアだ。
仲間の負傷を気遣ってくれるモノはどこにもなく、こちらの事情など鑑みることなく事態は次へと――一片の容赦もなく、さらに悪い方向へと進んでいく。
「ウソ、だろ……?」
ふわんちに続けてホルモンが声を漏らす。
二人が見る先はちょうど俺の後ろ。大きく開けた空洞の中心部分で、俺もすぐに振り返柄って――その絶望を目の当たりにした。
「シャアアアア!」「キシャアア!」
「シャアアアア、シャアアアア!」
空洞の地面、壁、天井。
ありとあらゆる隙間を破って――カマキリ型のモンスターが大群を成して俺たちの前に湧き出てきたのだ。
「まさ、か――」
「ここって、カマキリの……卵の中?」
俺の推測を、顔を真っ青にしたふわんちが代弁する。
こっちの世界の動植物に近い外見のモンスターは、その生態も似ているというケースがほとんどだ。
カマキリは群れを成さない。
しかし、カマキリが産む卵からは時として数百匹を超える子供が生まれることは有名な話だ。
――このデカさで、生まれたばかりだって……?
あくま推測の域を出ない可能性の話。
断定はできない。
しかし、もしも、ここがカマキリの卵の中だったとしたら――
すでに俺たちの存在に気付いた個体が大鎌を振り上げて威嚇してきている。
群れを成す生態ではないにしても、自分たちの外敵がいるということは伝わるのだろう。
次々と俺たちに気付いてモンスターたちが臨戦態勢をとっていた。
絶体絶命とはまさしくこのこと。
……これを切り抜けるには。
「ホルモン、ふわんち。悪いがドロリ―を頼む」
決断に迷っている暇はない。
即座に俺はドロリーたちをかばう位置に立つ。
「はぁ? 頼むって……まさかアンタ」
「こいつらを止めないと生きて帰れないだろ」
――冒険の鉄則は「未知へ挑んで、生きて帰ってくること」だ。
無謀に挑んでそのまま帰ってこないなんてのはただの自殺と同義である。
ここは未探索エリアなのだ。
何が起きてもおかしくはない未知の世界で、
生きて何かを持ち帰らなければ、俺たちの意味はなくなる。
――手を抜いたつもりはなかった。
いくら冒険をしたくなかったとしても俺は自殺志願者じゃない。
全員で生きて帰るためにできることをやった。
そのはずだ。
なのに、ドロリーは傷ついた。
――ああ。
まったくもって、ドロリーの言う通りだった。
彼女の言う通り、俺は焦っていた。
『一刻も早くこの場を脱したい』
誰一人として欠くことなく、全員でこの場を切り抜けたい。
もう二度と、目の前で誰かを失うなんてことがないように。
「ムチャだ! いくら何でも数が多すぎる!」
「そーだよ! もうすぐ救助だって来るはずじゃん! みんなで逃げ回ればきっとすぐに救助が――」
ドロリーの元に駆け付けたホルモンとふわんちが声を上げる。
火球による照明が残っているのを見るに、ドロリーはまだ生きている。
ここからでも彼女の肩が大きく上下しているのは見て取れた。
まだドロリーの息はある。
だが、余談を許さない状況なのには変わりない。
応急処置は二人に任せていいだろう。
配信者たるもの、その手の講習はきちんと修めているはずだ。
その上で、一刻も早くちゃんとした処置をする必要がある。
だからこその無茶だ。
敵は一体でも苦戦したカマキリ型のモンスターが多数。
奴らの弱点は見つけたものの、大挙して押し寄せてくるモンスターを相手に俺の得物は直刀が一振りに小手先の魔法がいくつか。
二人からしてみれば自殺行為にしか見えないだろう。
しかし、やるしかない。
『――冒険はとっても楽しいものだよ。けど、それは全員無事に生きて帰ってはじめて冒険をしたと言えるってことを忘れちゃいけない』
――ああ、分かってるさ。
二度とあの時のようなへまはしない。
してたまるものか。
「だからッ」
バチッ――バチチッ!
言葉と共に、俺の周囲へ紫電が弾けた。
モンスターたちが大鎌を振り上げて俺たちに大挙する。
その絶望的な光景と対峙して、俺は弾ける紫電を掴んだ。
――さあ。
嫌いな嫌いな、冒険の時間だ。
「《選択武装》――」
「弱点は?」
しかし、その寸前。
俺がよく知る問いかけが、耳朶を叩いた。
――ああ、まったく。
「首だッ! 他の関節部とかはお前でも硬いぞ!」
「分かった」
彼女が相手なら「遅い」の一言でも文句を言いたかったが、そんな暇はない。
俺は握り締めた紫電を手放し、モンスターたちへ背を向ける。
「悪い、任せる」
「承った」
地面に降り立った女が応じた。
氷雪のような美しい銀の長い髪が特徴的な美女である。
すらりとした手足や顔は白く、ぞっとするほどに美しく整った顔立ちはまるで雪女とも思えるほど。相変わらずぱっと見は儚げな美女そのものである。
しかし、和装に身を包んだ彼女が纏うのは――武士の気迫。
スラリと腰から刀を引き抜いた彼女の名は、零姫久良音。
肩書は元開拓者で――
かつて、俺と肩を並べた戦友であった。




