第20話「ん、ドロリ―は大人」
……どういう、ことだ?
俺の服の裾を掴んで引っ張る少女の力は弱い。
全裸の少女は胸――と後ろから見えた尻が大きいものの他は華奢そのもので、本来なら俺が彼女を振りほどくことくらい容易なはず。
なのに、俺はそれができない。
全裸の少女がなすがまま、俺はされるがまま。
俺は全裸の少女の言いなりが如く歩かされていた。
少女の裸身に見惚れてしまった、は流石に無理だ。
華奢な体躯とそれに似合わぬアンバランスなプロポーション。確かに彼女は魅力的だと言えるが、状況が状況なだけに邪な感想は出てこなかった。
まるで俺の意志に反するように俺の身体が勝手に少女の意に従っているかのようにして、彼女に服を引っ張られてキッチンを後にする。
まるで操り人形にでもされた気分だ。
スマホもないし、この感じ……こっちの世界の技術じゃないな。
その正体を探っている間に、俺はまんまと少女の先導する部屋へと連れ込まれてしまった。
「……ここ、は?」
「ドロリ―の部屋」
全裸のまま少女が顔色一つ変えずに大きな胸を張る。
……扉の表札にもあったし、どうやら「ドロリ―」は少女の名前らしい。
そして、ここはそんなドロリ―の自室。
だが、その……なんと言うか。
「? どうか、した?」
「…………散らかっているな」
第一印象で言うなら、『薄暗く、雑多な部屋』だ。
ベッドや冷蔵庫など共通の備品はあるが……謎の調度品に怪しい壺、不審な書物に奇妙な杖などなど。所謂オカルトグッズが部屋の奥に散乱している。
まるで魔女か何かの部屋かと思えば、その反対側には大仰なPCデスクが設置されていた。部屋の光源はデスクトップと複数あるモニターで、冷却ファンの回転に合わせてカラフルに光るゲーミング仕様だ。どうやらスリープモード中らしい。
古今両極端な部屋の境目あたりに、おそらく脱ぎ散らかされた服とゴミであろうモノが山となって積まれている。うん、オカルトグッズとPCガジェットよりこの散らかった場所が部屋の大部分を占領していた。
……同居人として掃除はちゃんとしてほしいなぁ。
部屋の中を見回している間にも俺の身体は未だ自由になることはなく、ドロリ―の指示に従ってエナジードリンクを冷蔵庫へ納めていた。
こんな状況にも驚かなくなった自分の感性が悲しいよ俺は……
「……まったく。それで、今度は何をすれば?」
「そこに座って」
ドロリ―が指示したのはゲーミングチェアだった。
どうせ抵抗できない俺は彼女の言葉通りにそこへ座る。
牛乳をぶっかけられた腹いせに記憶を消す拷問でもするのかと思ったが、ドロリーはおもむろにモノの山(一応ゴミとそれ以外の区分はあるらしい)から使えそうなタオルを取り出して俺に渡してきた。
濡れたのはドロリ―の方なのに、なんで俺に渡すんだ?
自分の意志で動かない首を内心で傾げる俺へ、ドロリ―は何を思ったのか――
「よろしく」
「何をだ?」
短くそう告げて、俺の上に座ってきた。
いや、より正確に言うなら膝の間――俺が開いていた足の間に尻を挟むようにしてドロリ―が座る。
彼女の小さな身体がすっぽりと間に収まり、彼女の柔らかい感触がぷにっと俺の身体へ押し付けられると共に牛乳の匂いがした。
いつの間にか身体が自由になっていたが唖然として硬直する俺に、ドロリ―はむすっとした顔でこちらを見上げてきた。
「ドロリ―に白いのをぶっかけたのはイロウ」
「白いのって、牛乳だろ……いやたしかにそれは俺が悪いけどさ」
「なら拭くのはイロウの役目」
「それくらい自分でやれよ!」
「めんどう」
言って、ドロリーはパソコンへ向き直った。
どうやらゲーム中だったらしい。スリープ状態を解除した画面には……俺も詳しくないがオンライン対戦のジャンルだろうか。あ、マッチング画面になった。
「ドロリ―は忙しい」
「……ゲームしてるようにしか見えないんだが」
「ゲームに忙しい」
それくらい拭いてからやれよ……
たまらず俺は嘆息する。
ドロリ―の小さな身体を押しのけて脱出することは容易いが、また謎の拘束で身動きを封じられては意味がない。
これで風邪を……いやそうなったら全裸でいるドロリ―が悪いのだが、それを俺のせいにされても面倒だ。
ゆっくりと深呼吸をして俺は身体の熱を吐き出す。
それに何より――相手は子供だ。
いくら胸や尻が大きく、身体つきも明らかに二次性徴期を過ぎていようとも。この童顔と背丈はどう見ても子供のソレ。これだけ俺に密着していても平然としていられるのも情緒が発達していないからだろう。
そして、俺は大人だ。
大人である俺が、子供のワガママを相手に何をためらうことがあるだろうか。
いいや、そんなモノはない。
「コドモ……コイツは子供……ガキ……」
「しんがい」
俺が意を決するよりも先に、ドロリーが動いた。
ムスッと頬を膨らませた彼女が、おもむろに俺の手を掴む。
「ドロリ―は大人の女」
直後、ドロリ―は俺の手を自分の胸に押し付けた。
ぎゅう、と俺の手がドロリ―の胸を鷲掴みにする。
それは俺の手でも余るくらいの大きさで、その重量感がありながらも柔らかな感触がズッシリと手のひらに広がる。
――いきなり何しでかすんだコイツは!?
と、俺が驚きの声を上げそうになった寸前。
ビクンッ!
「――ッ!?」
「……ドロリ―?」
彼女の全身が跳ね上がった。
まるで電気ショックでも受けたかのようにドロリ―の身体が引きつり、彼女の手によって俺の手がもにゅと胸を揉むと、再びビクンッビクンッとドロリ―の肩が激しく上下する。
……なんだ、いったい?
「ド、ドロリ―は、大人。身体だって、もう、んん。こんなに大きい」
「いや、それは分かったから! いいから手を――」
「ダメ」
熱を帯びた息を吐くドロリ―が遮る。
「もっと触って」
「ダメに決まってるだろ!!」
他人の手を一人遊びの道具にするな!
というかこれ以上は俺も変な気を起こしてしまいそうだった。
いくらドロリーが相手でも流石に限界である。
俺はドロリ―の隙を突いて彼女を脇の下から抱っこする要領で抱き上げ、そのままゲーミングチェアから脱出。これ以上は付き合っていられないとそのまま脱兎のごとく部屋を後にしようとして――
「もっと」
ドロリ―に拘束された。
ピンと何かが張り詰めるような音がして、俺の身体が硬直する。
……ここにきて、ようやく俺の身体を操っていた正体が分かった。
俺の身動きを封じ、ドロリ―の意のままに操ったモノは――糸だ。
それも普通の糸ではない。
魔力で生成した非実体の糸、ドロリ―が伸ばした魔力の糸を俺の身体に絡みつかせ……あるいは身体の神経系などに作用しているのだろう。
とはいえ、カラクリを見抜いたところで窮地には変わりないのだ。
……ドロリーは何か変なスイッチが入ってるし!
魔力の糸で俺を操り「フーフー」と荒い息を繰り返すドロリ―。
頬は暗がりでも分かるくらい上気し、マッチングが成功したゲーム画面は完全に放置だ。無表情なのに瞳だけが怪しい輝きを持って俺の両手をじーっと見つめてくる。
「……おっぱいだけじゃ足りない。もっと、もっと他の所も触って」
「いや待ってくれ! こんなこと誰かに知られたら……!」
「ドロリ―もイロウも大人。問題はない。それとも、ドロリ―は、いや?」
「べ、別にそういうわけでは」
「なら大丈夫」
だから何も大丈夫じゃないんだって!
ドロリ―の意志に操られ、俺の身体が勝手に彼女へ近づいていく。
まずい、まずいぞ……
今日は入居初日である。
俺に間違いを犯すつもりはこれっぽっちもないが、この状況は旗から見れば俺がドロリ―へ迫っていると見られてもおかしくはない。
こんな所をラッカリカあたりに見られた日には――
「何を、しているんですか?」
俺の終わりを告げる声。
……一番見られたくないラッカリカの声が、聞こえた。




