第19話 夜中に見る夢は悪い予感
開拓者。
それはダンジョン探索の最前線――インフラの一つも確立できていない通称「未開拓エリア」を文字通り開拓する者たちの総称だ。
ダンジョン配信のような「整備された冒険」などではない。
本物の冒険、未開の地を切り拓く者。
それが開拓者である。
……まさか、今になってその名前を聞くことになるなんてなぁ。
ダンジョンのインフラ整備士をはじめ、バイトや何やらと色々な職を転々としてきた俺であるが……開拓者の名前は、俺の職歴の一番上に記載されるべきものだった。
それは、誰に見られることもなく。
苦しく、危険で。
当然のように命の危険にさらされる。
……まさか、そんな過去が、今になって絡んでくるとはな。
だが、俺のそれはもう、とっくの昔に終わったモノ。
『さよなら、わたしのイロウ。わたしたちの冒険は、ここで終わりだ』
俺たちの冒険は過去。
冒険は、もう終わったんだ。
◇――――――◆
暗闇の中で俺は目を覚ました。
「……うぐ、ああぁ~……」
うつぶせの状態から寝返りを打って天井を見上げる。
そこは知らない天井だった。
「……そう、か。そりゃそうだな……」
ここは配信事務所エピライブであるシェアハウス。
ラッカリカたちが暮らす物件で、ここは俺にあてがわれた部屋である。
今いるベッドや近くにある机などの家具類は部屋の備品で、俺の私物は未だほとんどが隅っこに積まれている段ボールの中で眠っていた。
「ええと……うわ。午前二時かぁ」
枕元のスマホで現在時刻を確認しつつ、俺はぼんやりした頭で記憶を探る。
シキータによる尋問の後、俺は何事もなく彼女と事務所へ帰ってつつがなく俺の歓迎会が開かれた。
その間、シキータの様子に異変はなく酒に酔っては俺に飲ませたりセクハラしたりのやりたい放題。それに付き合わされた結果、ロクに荷解きもできないままベッドに倒れ込んで寝落ちしてしまっていたようだ。
……まったく、面倒な過去もあったものだ。
開拓者という経歴は、俺にとってすでに終わった冒険の話。
つまりは履歴書に書くまでもない過去である。
ラッカリカたちが異世界人だということからどこかで絡んでくるかもしれないと覚悟はしていたが、まさか入社当日だとは思いもしなかった。
泳がされているのかどうか分からないが、シキータが何もしないというのなら俺から何かすることはない。
そのせいで昔の夢を見たような気もしたが、それも彼女にこれでもかと飲まされたアルコールによってすっかり記憶の彼方へと追いやられていた。
「というか、思い出したら頭痛くなってきたな……」
ズキズキと二日酔いを訴えだした頭を抑えながら俺はベッドから降りる。
心配事よりもまずは水だ。俺は部屋に備え付けられた冷蔵庫を開けた。
中身は空っぽだった。
「……あ、共用の方にまとめてたのか」
歓迎会用の買い出しと一緒だったので、後で取り分けようと食材類をまとめて共用キッチンの冷蔵庫へ押し込んだ記憶がある。
仕方ない。
俺はあくびを一つ噛み殺してから部屋を出た。
他の面々もすでに自室へ戻って休んでいるのだろう。
共用部であるキッチンは暗く、他に人の気配はない。
こんな真夜中なのだ。
誰かが出てくるにしてもトイレやシャワーとかだろうし、わざわざ照明を点けるのも面倒だし俺はそのまま冷蔵庫を開けた。
庫内灯の明かりで視界を確保し、そのまま適当に小さな牛乳パックを一つ取って乾いた喉を潤す。
きいぃ……
どこかの扉が開閉する音が聞こえたのは、そんな時だった。
きっと誰かが目を覚ましたのだろう。
ぺた、ぺた、と近づいてくる足音を聞きながら俺は牛乳を飲みながら振り返る。
「――ブフォオオォッ!?!?」
知らない全裸の少女が立っていた。
ラッカリカたちじゃない。
面識がない全裸の少女で、幼い顔つきに華奢な体躯とそれに似合わぬ大きな乳房がアンバランスな印象を与えてくる。
……小さいのに、デカい。
サイズとしてはシキータたちよりも大きいんじゃ……いやそんなことより。
そのあまりにも予想外な姿で知らない少女がいたものだから、俺はたまらず口に含んでいた牛乳を噴き出してしまった。
しかも、間が悪いことに。
俺が噴き出した牛乳が、そのまま眼前の少女にかかってしまった。
量こそ少なかったが、牛乳を頭からかぶったような形だ。
服を着ていなかったのは幸か不幸か、すっかり濡れ鼠となった彼女の髪から滴った白い液体が胸の谷間へと流れていく。
え、絵面がマズい……!
「……ぶっかけられた」
「ゲホ、ゴホ……ご、ごめん――じゃなくて!」
「だれ?」
「それは俺の……いや、アンタの方か」
よくよく考えれば俺は今日が入居初日。
俺の歓迎会に参加したのはラッカリカとシキータ、そしてトリントとクローシスの四人だ。残る二人の配信者とは未だ面識がない。
彼女はそのどちらかなのだろう。
俺が内心で納得して自己紹介しようと少女を見ようとして、そういえばコイツ全裸だったと慌てて顔を背けたのとは裏腹に、全裸の少女は何事もなかったかのように開けっ放しの冷蔵庫からエナジードリンクをいくつか取り出した。
「ちべた」
缶を抱えようとしたが彼女の柔肌には冷たかったらしい。
全裸だからそりゃあそうだろ……と俺が思っていると、少女は何を思ったのかおもむろにエナジードリンクの缶を俺に押し付けてきた。
「持って」
「はあ……?」
あまりにも自然に押し付けられたのでそのまま受け取ってしまう。
それから少女は勝手に冷蔵庫を閉じて、俺の服を掴んだ。
「来て」
「はあ?」
「ぶっかけたのはイロウ」
びしょびしょ、と少女はぼやきながら服の裾を引っ張る。
いや確かにそうだけどさ……飲み物を噴き出すくらい俺が驚いたのはお前が全裸で部屋から出てくるからだろ!
牛乳をぶっかけたのは悪かったが、だからと言って初対面の相手にいきなり顎で使われるのは心外である。謝罪や自己紹介だってまだなのだ。
まずはそれからだろうと俺は少女の手を振り払おうとして、しかし。
俺の身体は動かなかった。




