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第18話 《騎士団長》のシキータ

「お、お恥ずかしい所をお見せしました……」

「そうだな。公衆の面前で女を泣かせたのは二回目だ」

「い、入浪(いろう)どのはとんだプレイボ――」

「ラッカリカに泣きつかれたんだよ」

「あ、そういうことでしたか」


 シキータが納得して頷く。

 いや納得しないでくれ……


 ギルド前から出ているバスに乗って、俺たちは事務所の近くまで戻ってきていた。


 買い出しはこっちの近所にあるスーパーで済ませた。

 いやはや、こっちは食材だけでなく生活用品もあるのは助かった。引っ越し当日だから足りないモノも多かったしな……なんで当日に働かされてるんだろ。


 そうしている内にも日が完全に沈み、夜となった。


 俺たちはそれぞれスーパーの袋を持って街灯に照らされた路地を歩く。


「「…………」」


 び、微妙な沈黙……


 どちらかが口を開くでもなく、沈黙と一定の距離を保ったまま歩く俺たち。

 シキータの方は時折こちらをチラチラと見てきていた。


 何か言いたいことでもあるのだろうか?


「どうかしたか、シキータ?」

「え、あ……いえ。その」


 視線を周囲に泳ぎ回らせて、シキータが意を決したように声を上げた。


「い、入浪(いろう)どのって――その、カッコいいですね!」

「――…………」


 話題の振り方がド下手すぎる……


 思わずジト目になって俺は言葉を詰まらせる。


 あまりにも露骨なお世辞だ。

 呆れた俺の反応から己の失敗を悟ったのだろう。シキータはスーパーの袋を持ったままごまかすように両手をバタバタと振る。


 おいやめろ、そっち発泡酒の缶とかあるんだから!


入浪(いろう)どのが的確に説明してくださったから事後処理もスムーズに終わりましたし、私のことも色々とフォローしていただいて……」

「インフラ整備士の時も何回かやったことがあったからな。慣れてるだけだ」


 視線があっちこっちに泳ぎ回ってぐるぐる目を回しながらまくしたてるように立て続けにお世辞を言ってくるシキータ。

 何か俺に聞きたいことでもあるのだろうが、本当にそれを問いただしていいのか決断しかねているといった様子だ。


 だからって唐突にカッコいいだとか言われてもな……


 俺は肩をすくめてシキータの方を見る。


 模擬戦の後、ずっとシキータは素面のままだ。

 酔っている時の彼女は距離の近いセクハラねーちゃんみたいな印象だったが、こちらはシャキッとしている分、思ったより……


「……い、入浪(いろう)どの?」

「シキータってやっぱり美人だよな」

「ぶっほげっほっ」


 シキータが大きくむせこんだ。


 彼女の顔つきは元々キレイめなタイプだ。

 凛とした華のある顔立ちに、すらりとしながらも出るところは出ているスタイルのいいプロポーション。立ち振る舞いもキリっとしているし「カッコいい」という言葉も俺なんかよりもむしろシキータの方がお似合いだろう。


 思わず口に出た誉め言葉だが、それに対しシキータはボンっと顔を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を振る可愛らしいギャップも見せてくれた。


「あ、あああああのあの入浪(いろう)どの? いけませんよ、私は姫様にお仕えする騎士なんです。いきなり褒められても……ああいや、入浪(いろう)どのが嫌だと言うわけでは決していえむしろ好み――」

「落ち着け。そんな口説いたつもりなんて」

「口説いてたのですか!?」


 だから違うと言っただろ。


「ダメですよ入浪(いろう)どの……ああ、そうな強引になんて! 暗がりとはいえここでは他の人に見られてしまいます! って、あれ? 入浪(いろう)どの? そのような真剣な眼差しでこちらに……まさか!」


 ハッとしたようにしてシキータが瞳を閉じで唇を差し出してくる。


 何を勘違いしたのか分からない、動かなくなったのなら好都合だ。

 俺はそのままシキータに歩み寄り、彼女の持っているスーパーの袋からチューハイを取り出す。


入浪(いろう)どの。は、ハジメテは優しく激しく……」

「ほら、これでも飲んでろ」


 優しくだか激しくだか分からないが、俺は差し出してきた唇へフタを開けたチューハイを押し付けた。


「むぐ!? ごく……んく、ごく……ぷはぁ! 生き返ったぜ!!」

「……そいつはよかった」


 チューハイを一口飲んだ直後、自分から缶をぶん取って豪快にラッパ飲み。

 ものの数秒で一缶を飲み切ると、すっかり元の(?)シキータへと戻っていた。


「ハッハー、兄ちゃんも罪な男じゃねぇの! アタシがあれだけその気になったってのにご褒美の一つもくれねぇなんて……あん? どーしたよ。鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔しちまって」

「……あぁ、うん。何でもない」


 さっきまでのシキータはどこへやら、豪快に笑うシキータ。


 それから何を思ったのか、自分の胸を強調するように両手で押し上げた。


「今日のお礼代わりに揉んでもいいぜ」

「いや揉まないけど……」

「なんだよ、アタシのこと好きなんだろ?」

「言ってないが……まあ、しいて言うなら素面の方がいいな」

「残念だが、どっちの時でもアタシはアタシなんだぜ?」


 度胸ねぇなー、とシキータが唇を尖らせる。


 まあ確かに両方とも彼女なのは事実だ。

 性格は正反対だが美人なのは同じだし。とはいえ元よりそんなつもりはない。


 俺にその気がないと分かるや「つまんねーの」と不満そうに空になったチューハイ缶を近くにあったゴミ箱へ投げ入れた。


「ま、荷物もあるからな。お楽しみは帰ってからにとっておくか」

「ああ。酒盛りは帰ってからだ」

「へへ、分かってんじゃねーの」


 シキータは笑って俺に肩を組んでくる。


 俺の首に腕を回し、柔らかい胸を押し付け、頬をくっつけてくるかのようにして至近距離から俺を見つめてくる。


 そして、シキータは言った。


「なあ、()()()()()?」


 俺もシキータを見た。


 キスできそうなほど至近距離でこちらを見るシキータ。

 すぐ近くで俺のことを見つめてくる彼女の瞳にあるのは――出会った時にも感じた、()()()()


 つまり……


「今日の配信は()()()()()()でもあったのか……?」

「正解だぜ、兄ちゃん」


 なるほどねぇ……


 書類審査も面接も色々とすっ飛ばして入社することになったが、まさか実戦テストをさせられていたとはな。

 それも試験管がクローリスやトリントではなく、酒を飲んでばかりのシキータが務めていたとは……とんだ食わせ者である。


 驚きを孕んだ視線でシキータを見返すと、彼女はニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「これでも元の世界(あっち)じゃお姫ちゃんを守る忠実な騎士団長だったんでね。いくらお姫ちゃんが兄ちゃんのことを気に入ろうとも、アタシたちまでホイホイと兄ちゃんを気に入るわけにゃいかねぇ」

「それで、俺は合格か?」

「いんや、まだ質問に答えてもらってねぇぜ」


 俺の首に回したシキータの腕に力が入る。

 そして、シキータは至近距離から俺の目を見た。


「アタシだって兄ちゃんのことは気に入ってんだ。もし――」

()()()


 シキータの言葉を俺が遮った。


「もしも、仮にだ。俺がその開拓者さまだったとしたら……お前たちはどうする?」

「いいや、どうもしないさ」

「……なんだと?」


 俺が眉を顰めると、シキータはパっと俺から離れた。


 あまりにも呆気ない幕切れだとばかりに、シキータが向けていた警戒の気配が消える。どういうことだと俺が疑問を浮かべると、シキータは肩をすくめた。


「悪いな兄ちゃん。クロの奴がどうしても確かめておけってうるさくてな。別に開拓者が嫌いってわけでもねぇんだ。アタシたちがこっちの世界に来たのも開拓者の誰かに救助されたからってとこもあるしな」


 ただし、一人だけ。

 シキータの言葉に怒気が孕む。


「一人だけ。アタシは生涯通して赦すことができねぇ奴が一人だけいるが、そいつはもうこの世界にはいねぇからな」

「いない?」


 ああ、とシキータが頷く。


「そいつは、アタシたちの国をクーデタで壊滅させた奴なんだよ」


 俺は絶句した。


 相槌を打とうとしていた身体が固まる。

 思いもよらない事実に俺の全身に電撃が駆け巡り、驚きが俺の吐き出そうとした息を逆流させた。


「最終面接だよ、諏成(すなり)入浪(いろう)。アタシたちが兄ちゃんに確かめたかったことは、この一点だけだ」

「――……」

「アンタは、()()()を知ってるな?」


 疑いではなく、確信を持ったシキータの言葉。


 ……つまり、そこまでは調べがついているのだろう。


 俺が提出した履歴書や職務経歴書などにそんな記載はなかった。

 つまり、ラッカリカたちも色々と俺のことについてしっかりと調べていたらしい。


 ま、知ってるやつは知ってるしな。


 それが知られた所でどうということでもない。

 前科持ちだとか、後ろ暗いモノがあるわけでもないんだ。


「……前にも言っただろ。俺の冒険はもう終わったんだ」

「そいつが答えか?」

「ああ、そうだな。お前たちの国をクーデタで滅ぼしたような奴が開拓者を名乗っていたとしたら……()()()は同業者でも仲間でもない」


 俺は平然を装いつつ答えた。


「俺の、敵だよ」


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