第125話 お風呂上りにご用心
『あの、イロウさんですよね?』
俺の正面。
トリントの背後にある洗面所の扉。
トリントが俺を逃がさないために鍵がかけられたそれをコンコンと叩くラッカリカの声が、扉越しに俺たちへ投げかけられた。
『さっきから物音が聞こえてきたんですが……ひょっとしてお風呂でしたか?』
「……あ、ああ! 悪い、起こしてしまったか?」
冷や汗を流すトリントに目配せをしながら俺がラッカリカへ返事をする。
『い、いえ。ただ話し声が……』
「さっき風呂から出たばかりだったんだが、ちょっと電話が来たんだ。きっとそれが聞こえてきたんだろう」
……今のトリントをラッカリカに見せるわけにはいかない。
俺と全裸のトリントが二人っきりなんて場面に遭遇して誤解されないわけがないし、トリントの胸パッドの事だってある。
いや胸パッドは別にいいかもしれないが。
やはりこんな場面をラッカリカに見せるわけにはいかない。
できることならすぐに服を着せてやるべきなんだが……
扉越しに話せていることからも分かる通り、洗面所の扉は薄い。
まだラッカリカはトリントの存在に気付いていないようだが、着替えの物音など簡単に聞こえてします。
そうなってしまっては一巻の終わりだ。
なんとか誤魔化してラッカリカを引き返させないと……
「こ、これから服を着る所なんだ。もう遅いし、何かあるなら明日――」
「へくち」
「――――」
ピシリ。
とても可愛らしいくトリントのしゃみが、何かにヒビを入れる音がした。
『……………………イロウさん?』
「待て。待ってくれラッカリカ。今のはアレだ。湯冷め――そう! スピーカーにしてたから電話先の奴の――」
『へぇ。今日トリントが外泊するとは聞いていませんよ。どうして電話先のトリントが湯冷めしたって分かるんですか?』
「そ、それは……」
『トリントがいるんですね?』
核心を突くかのようにラッカリカの冷たい声が追求する。
バ、バレてる……
さっきのくしゃみだけで声を判別するとは、流石お姫さま……じゃなくて!
『なにしてんだトリント!』
『ごめーん!』
申し訳なさそうな口パクと共に、手を合わせてくるトリント。
致命的なタイミングで湯冷めって、コイツは……
だからさっさと服を着ろと言ったのに……
なんて怒りたい気持ちはあったが、事態はそんな暇をくれなかった。
ガチャガチャ。
『イロウさん? 開けてください』
「ま、待て。さっき風呂から上がったからまだ服を――」
『裸でトリントと一緒なんですか!?』
「違う!」
トリントは裸だけど!
ラッカリカが扉を開けようとするが、鍵のかかった扉はガチャガチャと音を立てて抵抗するのみで、扉が開く様子はない。
……しめたっ。
そういえばトリントが俺を洗面所に引きずり込んだ時に鍵を閉めてたんだ。
鍵がかかった扉を開けることはできない。
そうだ!
鍵がかかっている限りラッカリカが洗面所へ立ち入る手段はなく、子の隙にでもトリントの身柄を風呂場にでも押し込んでしまえばまだ最低限の体裁くらいは取り持つことができる!
よし、そうと決まればすぐにトリントを……
『……へぇ。開けてくれないんですね』
なんて、俺の浅はかな思惑は――カチャリ。
小さな物音と共に呆気なく瓦解してしまった。
『じゃあ、自分で開けます』
「……――!?」
か、鍵が開いた……!?
なぜだっ、鍵は確かにかかっていたはずだ!
ラッカリカが鍵を取りにその場を離れた様子もないし、そもそも洗面所の鍵なんて見たことも……ぁ。
『……イロウくん、ここのは外からでも開けられるわっ』
そ、そういえばそうだった……!?
トリントに言われて愕然とする。
シェアハウスといっても、ここは一般の賃貸物件である。
この手のモノは安全上の理由から鍵がなくても外部から開けられる設計になっているのをすっかり失念していた……!
一縷の可能性はすでに霧散し、すでに俺たちを隔てる扉は風前の灯火。
……万事休す。
だが、それは俺自身の名誉の話だ。
「トリントッ……」
「え、きゃ――」
最終防衛ラインが突破される寸前、俺はトリントを引き寄せた。
グイッ、ガコン、ドシン!
引き寄せた勢いでバランスを崩し、洗濯機にぶつかるが構うものか。
俺の名誉はもはや手の施しようがないが、トリントのヒミツはまだ間に合う。
――とにかく、トリントの胸が見えないように。
引き寄せたトリントを全力で抱きしめ、足元のタオルを蹴って床に転がった胸パッドに被せる。
刹那の隠ぺい工作。
それは見事に功を奏し――
「……イロウさん。トリント」
扉を開け放ったラッカリカが目にしたのは――
洗濯機に頭をぶつけて床に倒れ込んだ俺と、倒れた俺の胸に全裸で抱き着いたトリントの綺麗なお尻だけ。
トリントの胸だけはラッカリカに見られない体勢で、俺たちは彼女の前に姿を現したのだった……
「何を……して、いるんですか……?」




