第124話 ベルト線上の攻防戦
トリントの胸から零れ落ちたのはもちろんホンモノの乳房ではない。
胸パッド。
いわゆるバストサイズを盛るために使うアイテムで、あの手この手で理想のバストサイズやバストの形を手に(胸に?)するため様々な商品があるらしい。
それを、まさか……トリントが使っていたとは。
エッチなおねーさんだとか言って、よくボディタッチなどして俺をからかってきたトリントにまさかこんな秘密があったとは思いもしなかった。
……よくよく思い返せば、シキータやドロリーなんかと違ってむやみやたらに肌を晒したりしなかったな。
そういう一線を引いてくれている分ある種の安心感があったりしたが……
それも今や……すべてが無に帰した形になった。
「――見たわね?」
「い、いやっ。あれは見たというか落ちたというか」
「見・た・わ・ね~ぇ?」
「…………はい」
それはもうバッチリと。
パッドはもちろんだし、そもそも現在進行形でバスタオルもはだけたトリントがいるのだから、もう何から何まで丸見えであった。
流石に隠してほしいとは思うがトリントにそんな余裕はなく、据わった目でじっと俺を見つめてくる。
俺は大人しく頭を下げた。
「悪かった。ごめん」
「……感想は?」
感想?
思わず俺は顔を上げた。
むすっと拗ねた子供のような顔で腕を組むトリント。
今の方が腕を組みやすそうだなとか思ったが、それを口にすると確実にぶん殴られるどころの話じゃないので大人しく正直な感想を口にした。
「そりゃ、今までムニムニ押し付けられていた感触がパッドのものだったのは少しだけショックだったが、それでお前の魅力が損なわれることはないと思うぞ」
「うーん、赤点」
「なんでさ」
本心からの感想だったのに……
「うわべだけのなぐさめで乙女の傷心をいやせるわけないでしょ! どーせイロウくんはおっぱいが大きい子が好きなんだし!」
「――何を根拠に」
「あたしが押し付けた時にまんざらでもなさそうだったもの」
……ぐうの音も出ないほど的を射た根拠だった。
それは……そりゃ、ねえ?
俺は男である。
誰彼構わずに、なんていうほどのモノはないが、トリントのような美人が相手で何も反応しないほど悟ってはいない。
しかし、トリントはそれだけでは満足いかないようで……
「男っていっつもそう! ちょっと胸が小さいからってやれ政略結婚には使えないだの男と混ざっても気付かないだの好き勝手~……! 何回その粗末なモノをちょんぎってやろうかと思ったか!」
「俺は胸の大きさでそんなことは言わない!」
思ってないから俺の股間を注視しないでくれ!
今お前に見せられるような状態じゃないから!
「他の皆にだってヒミツにしてたのに……イロウくんのヒミツも暴かないと気が済まないのよ!!」
「ヒミツってどこ――おい顔を上げて話せ!」
トリントの視線から逃れようと後ずさるが、俺の後ろは洗濯機のみ。
ガン、と洗濯機にぶつかって退路を失った俺に、全裸のトリントが笑顔で迫る。
というか、そろそろ身体を隠す努力を――
「目をそらしちゃダメよイロウくん」
「は……?」
なんで自分から見せつける?
……恥ずかしがって太ももをこすり合わせているのに。
「魅力的だなんだって口ではどうとでも言えるもの。本当かどうか、ちゃんと証拠を見せてもらわないとね」
「証拠……?」
そう。頷いたトリントの視線が下に向かう。
「おちん――男性器を見せてもらうわ」
ガシッ、パシッ、グググ……
トリントが俺のベルトを掴み、それを止めようと俺がトリントの腕を掴む。
――結局、振り出しに戻っただけかよ!
「もう! いいから大人しくおち――男性器くらい見せなさいよ! あたしなんか隅から隅まで見られちゃってるんだから! 不公平じゃない!」
「断る! 俺だって好きで見せられたわけじゃないんだ!」
「なら見たくなかったの!?」
「――――」
「見たいものを見せたんだからお代金はちゃんと払ってもらうわ!」
「だったらせめて金でせびれ!」
まるでベルトの上の攻防戦であった。
その金具はまだ固定されたまま。
つまりズボンをずり下げようとするトリントの方が不利と言えるが……コラッ。
顔を俺の股間に押し付けてくるな!
「というか、お前はコラボ配信の時に見たことあるだろ!」
「あれは女の子になった後だからノーカンでしょ! イロウくんのおち、おちん――男性器はまだ生で見たことはないわ!」
「恥ずかしいなら最初から名指しをするな!」
「おっぱいで……は、が、頑張ればきっとできるわ! 手でも口でも、イロウくんがシたいなら足でだってヤってあげるわよ!」
「俺にそんな特定部位に対する性癖はない!」
「実際に触って、出させて、その濃さでジャッジするの!」
「具体的な行為まで言わなくていい!」
トリントが言うとなんか医療行為っぽく聞こえるんだけと、ソレ別のモノだよな!?
だが、俺とトリントでは力の差が歴然だ。
口で器用にベルトの金具を緩めたトリントであったが、流石に腕力では俺に勝るはずもなく。
体重をかけてまで俺のズボンを引きずりおろそうとするがびくともしない。
「ぐ、男の子ぉ~!!」
「……そろそろ落ち着いてくれ。トリント」
勝負はすでに決した。
最終防衛ラインは死守したと判断し、俺は諭すように語り掛ける。
「ずっと裸のままだと湯冷めする。お前のヒミツは誰にも言わないと約束するし……これだけ密着してるんだから、その……反応してるのは分かるだろ? こんな強引な手段に出なくても別に――」
トリントも勝敗は察しているのだろう。
俺が持ち出した和平交渉を受け入れるように、トリントの腕から力が抜けていく。
……ようやく落ち着いてくれた。
ホッと俺が安堵の息を吐き出す。
その時だった。
『イロウさん?』
「「――ッ!?」」
コンコン、と。
洗面所の扉の向こう側から、第三勢力の声が聞こえた。




