第122話 共同生活で油断は禁物
まったく、ラッカリカの奴は……
もうすぐライセンス試験だというのに、いったい何をやっているんだか。
試験まで残り三日。
いくら普段の活動や実績などをメインに考査されるからといって、最後の追い込み時期をおろそかにしては当日の試験で足元をすくわれるぞ。
異世界人と接触――つまり、ダンジョンが異世界へ繋がる可能性がある場所は決まってダンジョンの奥地にある。
ラッカリカの目的は『自分たちの世界へ帰る』こと。
そのためにはより上位のライセンスが必要不可欠だ。
クローリスには「諦めさせてほしい」と頼まれてはいるが、ライセンス試験に落ちることは彼女の望むところじゃないだろう。
もしそうだったらもっと端的に「夢を潰してほしい」とか頼んでくるはずだ。
そんなことありえないけど。
なんにしても、今は試験前のデリケートな時期なのは確かだ。
……これでやる気が下がったりしたら大変だからな。
結局、ラッカリカの作った俺のグッズたちを没収するのは諦め、「販売も頒布のダメ」とだけ約束してグッズたちは彼女たちの手中に収まることとなった。
彼女たち、というのはラッカリカや久良音たちだけではなく……エピライブの面々も含まれていた。
特にアナの奴なんかは「これ捨てるなんてとんでもない!」「ナマのイロウさまに手を出せないのに夜のお供まで取り上げるなんて……ガマンできなくなったらどうするんですか!?」なんて幕し立てるほど反対してきたからな……
と、まあ。
身の危険を感じたこともあっての采配である。
アイツらならリスナーたちみたいに呪いの人形を作るとか言い出すこともないだろうし。
……ないよな?
「まったく……長旅の疲れを取る暇もない……」
そうぼやいて、俺は大きな欠伸を一つ漏らした。
諸々の事態が収まったのがだいたい夕食の後。
シェアハウスであるエピライブにおいて、風呂は順番制となる。長旅の疲れもあったので今日は湯船につかろうと自室で順番を待っていたら……どうやら寝落ちしていたようだ。
時計を見らたすでに深夜の一時頃。
「流石にお湯は冷めてるだろうな……」
寝ていたのは俺が悪いし、わざわざ今から追い炊きするのも忍びない。
大人しく湯舟は諦めてシャワーを浴びようと俺は洗面所へと向かった。
「……ん?」
明かりが点いてる……?
洗面所は脱衣場も兼ねているので、誰かが風呂などを使う際は扉はちゃんと閉めることになっている。
それが開いたまま明かりが廊下に漏れているということは、誰かが寝る前の歯磨きでもしているのだろう。
と、俺は何気なしに洗面所の中を覗き込んだ。
そこには――
「あ」
「な――ッ!?」
洗面所にはトリントが立っていた。
――半裸で。
おそらく風呂上りに髪を乾かそうとしていたのだろう。
バスタオルを身体に巻いた格好で鏡をドライヤーを取り出そうとしていたトリントが驚いた顔で俺の方を見てきた。
今さらになって風呂上り特有のフルーティな香りが鼻孔をくすぐり出し、俺の視線は無意識にバスタオルで隠しきれなかったトリントの艶やかな肌へと――って。
「イロウく――」
「悪いッ!!」
トリントが何か言うよりも先に、俺は謝罪と共に扉を閉めた。
ピシャリと勢いよく扉が締まり、一瞬の静寂。
……ゆ、油断した。
とうとう、見てしまった……。
初日にシャワー上がりのシキータと鉢合わせて以来、こんな事故は起こさぬよう努々対策を講じてきたというのに……とうとうやってしまった。
しかも、相手はよりにもよってトリント。
初対面の時ですら、俺の弱みに付け込んできた女だ。
こんなに分かりやすい「弱み」を握られて、いったい何を要求されるか……
今すぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいではあるが、これは俺の不注意が招いたことである。
どんな叱責も要求も、甘んじて受け入れる他にない。
そう腹をくくって、俺は扉の前で正座をした。
待つこと数分。
ごそごそと物音が聞こえた後に、扉越しに声が投げかけられた。
「……イロウくん。まだいる?」
「あ、ああ。その、さっきは――」
「入って」
トリントの声と共に、洗面所の扉がわずかに開けられた。
さっきの物音は、どうやら俺と対面するために着替えていたのだろう。
こういうのは時間が経つほど気まずいモノだしな。
……なにか妙に引っかかる悪寒がするのだが、全面的に俺が悪い以上は拒否することもできない。
覚悟を決めて、俺は扉に手をかける。
瞬間、
「……え?」
ぬっと伸びた手が俺の腕を掴み、強引に俺を洗面所へと引き入れた。
ぐいっ、といきなり引っ張られた俺は転びそうになりながらも洗面所の中、奥側にある洗濯機までつんのめってしまった。
犯人はもちろんトリントだ。
強引に俺を洗面所へ連れ込んだ彼女は後ろ手で扉を閉めて、カチャリ。
そのまま扉の鍵をかけてしまった。
……というか。
「なんでまだ服を着てないんだよ!?」
「あら、着替えたなんて言ってないけど?」
トリントはまだバスタオル姿のままであった。




