第120話 大変なお願い
昔から「大変なお願い」というのはよくあった。
やれ「ヤのつく大人の事務所を壊滅させろ」だの、やれ「悪の秘密結社に潜入しろ」だの「未開の地へ冒険に行こう」だの……
おそらく学校へ行くよりもそう言った大変なお願いのために奔走していたことが多い幼少期だった。
ダンジョンが見つかってからは言わずもがな。
荒事、とつくようなことは一通り経験済みと言える。
しかし――
『姫さまに、異世界へ帰ることを諦めさせてほしいのです』
諦めさせる、というのは初めてであった。
クローリスの言い分は理解できる。
彼女たちはクーデタによって国を追われこの世界に逃げてきた身の上だ。
いわゆる追放モノよろしく、クローリスたちは心機一転とばかりにこちらの世界で新しい生きがいなどを見つけてちゃんと順応している。
異世界の頃よりも裕福ではないだろうが、それでも現状の生活に不足はない。
インフラ整備士をクビになった俺も似たような境遇だしな。
彼女たちの想いは共感できるものがある。
しかし、同時に。
ラッカリカの気持ちもまた、俺は理解できるのだ。
王族としての責務、責任。
普段は何かとポンコツなラッカリカであるが、その一点に関してだけは揺らぐことのないモノが彼女の中にあった。
レスピタル森中で巻き込まれたテロ事件もそうだし、アイツは普段でもたまに強情な所があったりするからな……
……何かの計画を挫くというのは簡単だ。
その要になるモノを徹底的に破壊して、二度とそれを実行できないようにしてやればいい。
けれど、何かを諦めさせるというのはとても難しい。
ラッカリカの信念は本物だ。
言葉で説得した所で彼女が大人しく引き下がるとは思えないし、下手なことをすればラッカリカたちが仲違いするきっかけになってしまいかねない。
だからこそ、大変なお願いなのであった。
◇――――――◆
「ただいまぁ……」
交通機関を駆使すること数時間。
すでに日も沈んだ頃になって、俺たちはようやく事務所へと帰ってきた。
や、やっと帰って来れた……
だいたい四日ほど離れただけなのにやけに懐かしく感じるな……
「おかえりなさいませクローリスさま。イロウさま。ごはんになさいますか? お風呂になさいますか? それとも……」
「そうですね。私はお風呂で」
「俺はアナ以外で」
「そんなぁー!!」
きっと、それだけ俺もここでの生活に慣れたのだろう。
すぐに出迎えてくれたアナにお土産を渡しつつ、アナの本気か冗談か分からない文言をスルーしてひとまず自分の荷物を自室へ。
クローリスが大量に買いあさったグッズなどを彼女の部屋へと運んだ。
……片づけは後でやるとして。
「あ。おかえりなさいイロウさん」
リビングで一息つこうと部屋を出ると、同じタイミングで自室から出てきたラッカリカと鉢合わせた。
「ただいま。ラッカリカ」
「……えへへ。なんだか久しぶりですね」
ラッカリカはパタンと自室の扉を閉めてから俺に向き直る。
……ん?
「ク、クローリスに付き合っていただきありがとうございました。長旅でお疲れですよね?今、アナに頼んでお茶でも用意し――」
「ラッカリカ」
「は、はい!?」
自室の扉を背にして首をかしげるラッカリカ。
わたわたとしながら俺をリビングのテーブルへ移送させようと俺をぐいぐいと押してくるが、体格差もあるせいかびくともしない。
……怪しい。
「何か隠してるな?」
「ぴょッ!?」
ラッカリカが素っ頓狂な声を上げた。
カマをかけただけなんだが……こりゃクロだな。
「な、にゃな……いきなり何を言うんですかイロウさん。ここっ、ここは私のお部屋なんですよ? 別に私が中で何をしていても――」
「やましいことがないなら、別に中を見るくらいなんてことないだろ」
「お、乙女のお部屋です!」
「男の部屋には何度も勝手に入ってきたじゃないか」
「――(ダラダラ)」
「入るぞ」
「ダメですううううぅぅぅぅううッッ!!」
冷や汗をダラダラと流したラッカリカを押しのけてドアノブを回す。
そのまま部屋に押し入ろうとすると、ラッカリカが抱き着いて止めてきた。
「ま、待ってください! 今は、というかイロウさんだけは……! あ、そう! 今は下着が……その、そう! さ、散乱してるんですよ! エッチなやつとか!」
「ますます怪しいことを言う……別に下着が散らかっていようと俺は構わないぞ」
「私は構うんですよー!!」
まあそりゃそうだろうとしか。
実際に下着が散らかっていたら困るけど、明らかに「今慌てて思いついた」言い訳にしか聞こえないからな……
……捨て犬とか、拾ってなかったらいいんだが。
俺たちの暮らすこのシェアハウスはペット禁止だ。
こういうのは早めに対処しておくに限るので、俺は抱き着いてくるラッカリカを引きずったまま、少し強引に扉を開けて彼女の部屋へと押し入った。
「あっ――……」
「…………」
ラッカリカの自室は、簡素ながらも少女らしい内装をしていた。
白やパステルカラーを基調とした雰囲気で、丸テーブルや作業机、ベッドにクローゼットなどの家具が一通りそろっている。
しいて挙げるとすれば、雑貨などの小物類が少ないように感じるくらいか。
もちろん、ラッカリカの下着が散乱しているなんてこともなかった。
その代わりとばかりに丸テーブルの周辺に並んでいたのは――無数のグッズたち。
アクリルスタンドにポストカード、キーホルダーから大判のポスターまで。ざっとファンアイテムと考えられるようなモノがずらりと。
……全て、俺の写真が使われているグッズが、並んでいた。
「ラッカリカ」
「あ、あああああのですねイロウさん! こっ、これは前にレスピタルでお話していたいつか私たちエピライブのグッズが出せたらなぁという思惑の具現化というか試作サンプルというかちょっと作ってみたかったというか――」
「正座」
「はい……」
ラッカリカは責任感の強い異世界のお姫さまである。
そんな彼女の…………ええっと、何をどうするんだったっけ?




