第119話 旅の終わりに物思うこと
旅先で予想外のことが起きる、というのは俺の昔からのセオリーである。
しかし、まあ――クローリスが熱中しているゲームを作っているのが旧友で、しかも俺をモデルにイスナロを生み出したとは夢にも思ってなかったが。
旅行最終日は少し観光する予定で、後はライバータウンに帰るのみ。
さすがにこれ以上のことは起きないだろう。
むしろ起きないでくれ……
そんな俺の願いが通じてくれたのか、予想外のトラブルが起きることはなかった。
半休を取って一緒に観光までしてくれた未代と秋水に別れを告げて、俺たちは帰路へとついた。
クローリスは未代から直筆サインを貰ったり記念撮影したりして号泣していたが、俺は得にこれと言って別れを惜しむようなことはしなかった。
……ま、二人との別れは二回目だしな。
代わりに未代からは「ちゃんと連絡返しなさいよ?」としっかりクギを刺されたけど……
皆切夫妻から持たされたグッズなどやお土産で重たくなった荷物を(主に俺が)持って電車や新幹線を乗り継ぐこと数時間……
「ああ……もうすぐ旅が終わってしまうんですね……」
残すところはライバータウンへ向かう特急のみ。
行きと同じ森の中ばかりが映る車窓をぼんやりと眺めていたクローリスがぽつりと呟いた。
「とっても、とっても楽しい旅でした。こんなに楽しい時間はいつ以来のことでしょうか――限定のイスナロさまを十連で引いたりメインストーリーでイスナロさまが活躍したり、それくらいの感覚です」
「……ワリとあるな?」
しかもイスナロ関連ばかり……
今までは「あぁいつものね」とスルーしていたが、そのイスナロが俺をモデルにデザインされていると知った今では……なんというか、むずがゆいな。
背筋のむずがゆさを意識しないようにしつつ俺はクローリスへ続ける。
「そこまで感傷的にならなくても、これからはまどかさんもいるんだ。スケジュールを調整すればこれくらいの旅行はできるだろ」
「はい。確かに仕事だけであれば十分調整できますね」
……仕事だけ?
妙に引っかかる言い方をする。
俺が訝しむと、クローリスは車窓から視線を外して俺を見つめてきた。
「お忘れですか諏成さん。社長――ラッカリカ王女殿下の目的は、私たちの世界へ帰ることです」
「…………」
「……忘れてましたね?」
「はい……」
……すっかり忘れていました。
ジト目を向けてきたクローリスに俺は大人しく頭を下げる。
そういえばそうだった。
俺の知るラッカリカたちは個性的(お世辞)な美少女たちだと言った印象しかないが、そんな彼女たちは異世界のお姫さまと重鎮たちなのだ。
崖っぷちだった配信事務所を立て直したり、日頃のダンジョン配信活動などでドタバタしていたせいもあってすっかり失念していた。
現在のラッカリカたちは「自分たちの世界に帰る手立てのできない」難民という扱いだ。
しかし、もしも。
元の世界へ帰る手立てが見つかったのだとしたら……
きっと、ラッカリカは帰ることを選ぶ。
ラッカリカは異世界のお姫さまだ。
たとえ、自分がクーデタで国を追われた立場だったとしても。
それが王女の責務だとして、ラッカリカはどんな手段を講じたとしても自分の生まれた世界へと帰るだろう。
ラッカリカはそういう奴だ。
王女という立場がなくなった現在は少しおっちょこちょこいな女の子であるが、そんな中でさえ王族としての責任を全うしようとしている。
以前レスピタル森中で起きたテロ事件がいい例だ。
だから、ここで俺が気になったのは……
「クローリス。それは本当にお前たち全員の総意なのか?」
「…………」
俺の問いに、クローリスはすぐに答えることはしなかった。
……分かりやすいな。
その沈黙こそが肯定である証であった。
酒にゲーム、そして推し活――このクローリスをはじめ、事務所の面々はみんな何かしらの趣味などを持ってこの世界に順応している。
――ただ一人。
ラッカリカを除いて。
別に趣味がないと世界に順応できないなんて言うつもりはないが、それでも俺を趣味にするだなんてトンチキなことを言うくらいだ。
ラッカリカ自身も自覚していることだろう。
それに何より。
俺はラッカリカ以外の誰からも「元の世界に帰りたい」と聞いたことがなかった。
それらの考察をつらつらと語ることはできたが、俺が答え合わせをしようとするよりも先に、クローリスは「ふう」と肩をすくめた。
「……やっぱり、イスナロさまはいい人ですね」
「諏成ですけど」
話の腰を折るような発言はやめてください。
俺のツッコミはスルーしてクローリスは続けた。
「諏成さんが考えている通り、私たち――姫さま以外の面々はみな元の世界へ帰りたいと思ったことはありません」
「……理由は、あるのか?」
「はい。考えれば当然のことではあるかと」
言葉を切って、クローリスは車窓に視線を向ける。
それが見据えるのは、この地平線には存在しえない場所。
「この世界は、多少のいざこざはありますが平和そのものです。私たちの生活も裕福とは言えませんが安定しています。私たちはこの安定を捨ててまで、クーデタによって自分たちを追い出した国に帰りたいとは思えません」
「…………」
「それに姫さま自身だって……あの方が目に見えている不幸へ進もうとしているというのに、止めない理由はありません」
確かに、至極当然の回答であった。
俺が内心で納得していると、再びクローリスはこちらに視線を合わせた。
「だからこそ、諏成さんにお願いがあるんです」
「俺に……?」
はい、とクローリスがあらたまった表情で告げた。
「姫さまに、異世界へ帰ることを諦めさせてほしいのです」




