第118話 過去は過ぎ去り夜は更けていく
「いつまでいなくなった女の影を追ってやがるんだ?」
秋水の言葉に、俺もまた飲み切った空き缶をテーブルに置いた。
別に驚くようなことではない。
……コイツが兄貴風を吹かす時は、決まって何かを切り出す時だからな。
そして、現在の俺たちにはそういう雰囲気の中でしか切り出せないような話題が一つだけあった。
「御識麗依……クローリスさんたちのおかげでだいぶ持ち直したと見えるが、どーせオメーのことだ。まだ引きずってんじゃねーのか?」
「……根拠でもあるような言い方だな」
「クセの強い女に言い寄られては泣かしてきてそーだし」
「……泣かした憶えはないんだが」
「言い寄られてる自覚はあるんだな?」
それは揚げ足取りだろ。
むしろ俺は泣かされる側な気もするんだが……胃痛で。
げんなりと沈黙する俺に、秋水は「まぁ気持ちは分からんでもねぇんだが」と続けた。
「あの女とは物心ついてからずっと一緒だったんだろ? それも、やることしっかりやってたとか」
「……同意した記憶はない」
「経緯はどうあれ突っ込んで出したんなら男の負けだろ」
「それは経験談か?」
「バカヤロー。オレはアレだ……プロポーズは俺からしたっつの」
酒で赤くなった顔で秋水がそっぽを向く。
……どうやらコイツは未代に負けたらしい。
それをネタに話題を変えてやろうかと俺は目論むよりも先に、がりがりと頭を掻いてから秋水は声を荒げた。
「とにかく! オレのことはいいんだよ……オレが言いたいのは、その……アレだ。ハーレムみたいなシチュなんだから軽い気持ちでつまみ食いしたら新しい――」
「バカかお前。そんなことしたらアイツらのファンに殺される」
それ以前にラッカリカたちの信頼を裏切るような真似なんかできるわけがない。
「それこそ、冒険の醍醐味ってもんんじゃねーか」
「冒険はもうやめたんだよ」
「ケッ、波乱万丈な人生を歩んでる奴が今更――」
秋水の言葉を最後まで聞かず、俺は席を立った。
ふわぁ、と欠伸を一つ漏らす。
『よし! 今日からお前は入浪だ!』
……どうやら自分で思っているよりも酔いが回っているようだ。
こんな昔の記憶を思い返してしまうくらいには。
『そう! お前は今日から諏成入浪だ! 苗字はわたしのでもよかったが、せっかくだから死んだお前の両親から貰おうか!』
『アハハッ! 楽しいなイロウ! お前との冒険は心が躍るよ!!』
『イロウ。わたしのイロウ……お前がいてくれたから、わたしは』
『さよなら。わたしのイロウ。わたしたちの冒険は、ここで終わりだ』
――俺の冒険には、いつも彼女の姿があった。
天外孤独だった俺を連れ出し、酸いも甘いも苦いも辛いも入り混じった重厚な日々を過ごし、そして――最後には決別した。
俺はもう、今まで自分がやってきた冒険の《《正体》》を知ったのだ。
「俺はもう、冒険なんかゴメンだ」
「――ハッ、真面目ちゃんめ。ソイツはしかるべき時にはためらいなく冒険するって顔だぜ」
どんな顔だよそれ……
呆れながら、俺は自分の缶ビールを飲み切ろうと……あ。
「カラだ……」
「フッ……アハハッ! バカみてぇな顔になった!」
……ついさっき飲み切ったことをすっかり忘れていた。
自分の失態が恥ずかしくなって缶をくしゃりと潰す俺。
そんな俺の何が面白かったのか、秋水がケラケラと今日一番の笑い声を上げた。
「うるさいなっ。というか、俺は客人なんだからもっと高い酒を出せよ!」
「高っけぇ酒なら夕食時に出したろーが。けどいいぜ。こんな時のためにとヘソクリで買った酒が……」
なんて、残りはたわいもない話題に切り替わっていき。
俺たちの夜は更けていった。
我ながら真面目な話からどうしてこうなったとも思うが……しかし。
きっと、これでいいのだろう。
元より俺たちの間で結論が出るはずのない話。
いや、結論なんてモノに意味なんでないのだ。
全てはすでに過去となった話である。
失ったモノを取り戻すことはもちろん、それに抱いたあらゆる感情をぶつけることだってもう叶うことはない。
振り上げた拳をぶつける先がないのだから――
後は、むなしさを噛みしめながら空を切るか、大人しくひっこめることしかできないのである。




