第116話 予定の時間を過ぎてしまったのなら
肩をすくめてから俺はイスナロの象徴たる伊達メガネを外した。
「いい加減にしろよ未代。いったい何のつもりで」
「ウチの会社の福利厚生」
だったらコスプレイヤーにでも任せるんだな。
「でも、まぁ。アンタが嫌がるなら仕方がないわ。撮るモンはもうたくさん撮ったし、脱ぎたいなら脱いでもいいわよ」
「言われなくとてもそうさせてもらう」
ヒラヒラと手を振る未代に応じつつ、俺はさっそくとばかりにジャケットを脱いだ。
……この衣装、ジャケットに装飾が色々と付いてるから重いんだよな。
クローリスが「ああ、もったいない……」とぼやきながら、名残惜しそうにスマホのシャッターを鳴らしている。
もう伊達メガネも外しているしイスナロじゃなくなってると思うんだが……
当人も憶えているか定かじゃないが、今回の目的はここムーンプレックスの見学である。
時間が大幅にずれ込んでいるなら少しでも遅れを取り戻さなければ……
と、俺はさっさと着替えようとして、はたと気付く。
「おい待て、俺の服は?」
「残念だったな。こっちの手の内だぜ」
答えたのは秋水だった。
その手には、綺麗にたたまれた俺の服が……
「脱いでもいいけど、着替えていいとは言わないわよ?」
「――――」
コイツマジでぶっ飛ばしてやろうか。
「……あ、あの。諏成さん……」
「いいよクローリス。俺は大丈夫だ」
ようやく現実に戻ってきたクローリスが申し訳なさそうにしてくるのを、俺は首を振ってフォローする。
願わくばもう少し早く戻ってきてほしかったな……
それはともかく、俺はこれ見よがしに嘆息を吐いて未代に向き直った。
「……未代。今日のメインはこっちのクローリスだ。俺に関して好き勝手するのはいいが、メインを忘れられるのは困るぞ」
「もちろん。それじゃさっそく――」
「あのぉ~。もう予定から四時間はズレてます」
「「え?」」
満面の笑みで頷く未代。
それが、部下の一言によって瞬く間に崩れた。
「今からでも見学は始められるとは思いますが、流石に元々の予定をそのまま……というのはむずかしいかなぁ、と」
結構時間が経ってるのはなんとなく分かってはいたが……
え、四時間も……?
ホントに?
言われて俺たち全員が壁の時計を見ると、たしかに。
すっかりお昼の時間も過ぎていた……
「……未代?」
「ハハハッ! こりゃオメーの逆転負けだな未代」
「うるさい秋水! 今考えてるから!」
ケラケラと笑う秋水に牙を剥いてから未代は顎に手を当ててぶつぶつと思案を始めた。
「全体の予定は……ホテルはもう一泊……明日ならアレもできるし、急ぎの予定もなかったはず――よし! これだわ!」
パチンと指を鳴らして「これは名案を思い付いたぞ」とばかりに未代は俺たちへこう告げた。
「一日じゃ無理なら、二日目を作ればいいのよ!!」
◇――――――◆
開発現場見学――二日目。
そんな暴挙がまかり通るのかとも思ったが、社長である未代の言葉ならまかり通るらしい。
今回の旅程は元々二泊三日――今日一日をムーンプレイス見学に使い、再びDGLのコラボルームに泊まって翌日に少し観光をしてから帰る、という流れだった。
なので、旅程的には調整ができる範囲だ。
開発チーム側も急ぎの予定がないこともあってオーケーしてくれたので、俺たちは未代たちの好意を受け取って、二日間にわたる見学を満喫することになった。
開発資料や実際の現場、そして翌日にはどうやらイスナロのボイス収録があるとのことでその見学までさせてもらえた。
……まさか俺がイスナロ役の声優からサインを求められるとは夢にも思わなかったが、それは置いておくとして。
他にも新バージョンの開発環境を先行プレイ(という名のデバッグ体験)やボイス収録体験など至れり尽くせりの時間を過ごさせてもらい、さらには非売品グッズなどをお土産にもらったりもした。
しかし、未代はそれだけでは飽き足らず――
「未代さん、今日は本当にありがとうございました。見学だけでなく、ご自宅にまでお招きいただけるなんて……!」
「いいのいいの! 住んでるのはまだアタシと秋水だけだし、部屋はたくさん余ってるもの!」
DGL開発現場――ムーンプレックスの見学を終えた俺とクローリスは、未代の招待を受けて彼女の自宅へと招かれていた。




