第114話 昔話もそこそこに
何はともあれ、今日の俺は一応、客人の身分である。
未代たちに謝罪をしに来たわけじゃない。
なので、俺が謝罪のために下げていた頭を上げようと――
「えい」
「ぶにゃ!?」
する前に、未代が両手で俺の頬を掴んできた。
ぐ、く、首が……
水をすくうような動作で俺の顔をぐいっと掴み上げる未代。
強引な姿勢を余儀なくされてうめき声を上げる俺を、未代はじっくりと見つめてから「うん」と満足げに頷いた。
「やっぱり、いい顔になった」
「は? どういう――」
「クローリスさん、でしたっけ?」
いったいどういうつもりなんだ?
困惑する俺をポイっと投げ出して、未代は俺の隣でそわそわと居心地悪そうにしていたクローリスへと視線を向けた。
まさか自分に話を振られるとは思っていなかったのだろう。
今の今まで「イスナロの生みの親」である未代と対面してガチガチに緊張していたクローリスがビクンと肩を揺らす。
「は、はい……?」
「入浪のこと、よろしくね?」
「……――はい。もちろんです。彼は大切な従業員ですから」
「うん。よかった」
即答だった。
想像以上に信頼のされたその返答に俺が内心でほっと胸を撫で下ろしていると、未代もまた安心したとばかりに元のソファへと戻っていった。
……というか、こういう話は俺のいない所でやるもんじゃないのか?
俺は気恥ずかしさを紛らわすように未代へジト目を向けた。
「お前は俺の母親かよ……」
「お生憎様、ママになるのはこれからなの。クリエイターとしてならママって呼ばれるのもやぶさかじゃないけど……母親代わりなら、他にいたでしょ?」
「…………」
「というわけで、お説教はこれでおしまい」
パン、と手を叩いて未代が話題に区切りをつける。
それから、手を合わせたままシームレスにクローリスへ謝罪に移った。
「ごめんなさいねクローリスさん。関係のない昔話ばかりしちゃって」
「い、いえ! そんなことは――」
「お詫びに昔の入浪の写真――んん、イスナロの製作資料とかを」
「彼のことは何とでも好きにお使いください!」
「おいッ!!」
大切な従業員を即行で売り飛ばさないでくれ!
……いや待て。
「未代。お前、今……昔の写真とか言い出さなかったか?」
「言ったわね」
あっけらかんと白状する未代。
せめて少しは悪びれてくれ……
「アンタはイスナロのモデルなんだから、資料として写真とか百枚や二百枚は用意しているに決まってるじゃない」
「百枚や二百枚……!?」
それはちょっと多すぎやしませんか?
え、待って……資料って言ってたけど、まさかそれを他の人にも見せたりしてるってことだよな?
マジかよ。
恥ずかしすぎる……
というか、そもそも……そんな数の写真を撮られた記憶がない。
「まさか、隠し撮り――」
「………………昔の思い出を使ったのよ」
言い訳のしようがない沈黙がそこにはあった。
俺たちは開拓者としてもかなりの古株、まだダンジョン配信の制度が始まるよりも前からいたメンバーである。
当時はまだ守秘義務やらなんやらが厳しかったし、そんな時期に撮った写真なんてせいぜい身分証明用のモノくらいだったはず。
つまり、叩けばホコリどころではないモノがボロボロ出てきそうなほど真っ黒な疑惑であった。
……訴えたら勝てそうだな。
まあ……下手に突っつけば逆にこっちが餌食にされそうな感じがするけど。
「ま、まあ今ある資料はともかくとして!」
俺が追求しないと見るや、未代がパチンと指を鳴らした。
それと同時に、いつの間にか秋水が壁のクローゼットから何かを取り出して……あれは、服か?
普通の服じゃない。
多数の装飾が目立つ一張羅である。
秋水がそれをこっちに掲げるのを背に、未代は笑顔で告げた。
「ここに前のイベントで使ったイスナロのコスプレ衣装があります」
「オーケー。それじゃあクローリス、後はお前だけで」
「入浪を逃がしたダメよクローリスさん!」
「分かりました」
「クローリスッ!?」
だから大切な従業員を大切にしてくれ!
立ち上がった俺を逃がすまいとクローリスが俺の腰に抱き着いてきた。
光の速さで変わり身しやがったよコイツ……!?
もはやイスナロの名前を出したら条件反射で要求を呑みそうだなッ。
「フフフフフ……観念しなさい入浪。クリエイターたるもの、せっかくナマの資料が目の前にいるというのに、それをみすみす逃すことなんてできないわ!」
「イスナロさま! あれは、去年のリアルイベントで公開されたイスナロさまの限定新衣装です!! しかもあの完成度は……ホンモノ――!!」
「だったらホンモノのイスナロに着てもらえ!!」
「諦めな、ニアリーイコール」
うるさい!
例えニアリーイコールでも二次元と三次元は全くの別物だろ!?
どうにか逃亡を試みる俺に半眼で秋水が言う。
「言っとくが、未代も仕事が詰まってんだ。いくらお客さまでも、わがままで社長のお時間を取らせるわけにゃあいかねぇ」
「だったら未代の方にやめさせろ! ダンナなんだろ!?」
「ワリィな――未代の尻の感触にハマっちまってよ」
……誰かこの変態野郎の座布団をどこかへ持っていってくれないだろうか。
したり顔で変態発言をする秋水に呆れていた隙を突かれ、クローリスが唐突に俺のズボンのベルトへ手を伸ばしてきた。
「さぁ諏成――いいえイスナロさま。イスナロさまになる時が来たのです!」
「待てクローリス! 言ってることがおかしいと――マジで待って! お前なら話せばわかるはずだ! だからせめて自分で着替えさせ――ぁ」
その時「スポーン」と。
何が脱げたのかは……俺の心の奥に仕舞わせてください。




